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第12話.怪傑ロロ

 1.木に寄る虫も好き好き


「あ~、ちくしょう。もちっとマシなのいねぇかな」
 フェリオがぶつぶつと呟きながら市場を歩いていたのは、昼下がりのことだった。不機嫌なオーラを出して歩く黒髪の大男に、客を求める商人ですら声をかけようとはしない。
(……ったくよ、ランクDしかいねぇのかよ) 
 つい先ほどまで、この街のハンターズギルドで情報収集をしまくっていたのだが、この付近にはランクD以下の獲物しか見かけられないと知って、落胆したところだった。
「……だいたい、あの社長があれ以来、何にも寄越さねぇのが悪い」
 意味もなく手を突っ込んだポケットの中で、コインがぐにっと歪んだ。
 二週間前、エレーラに軽くあしらわれた上に、一週間前の正義新聞でエレーラの活躍が書かれていた。事前の情報もなく。
(まぁ、ありゃ、大したもんじゃねぇのは分かるんだけどよ)
―――一週間前、とある貧民街の家にエレーラの予告状が届けられた。
 文面は「娘さんの病気を盗みに参ります」というものだった。もちろん家の者がヤードに通報することもなく、どこからともなく現れたエレーラが娘の病気の特効薬を渡しに来て、さらに「滋養のあるものを食べさせるように」と、金まで置いていったということだ。
(まぁ、警備に来られても、ってこともあんだろうけどな)
 さすがにそこまで鬼にはなれないが、もし情報を事前に渡されていたら、エレーラ=ディアナとニアミスしたかもしれないと思うと、どうにも納得がいかないのだった。
 そんなワケで、彼のイライラ指数はぐいぐい上がっていた。あと一押しで爆発するのが分かるからこそ、市場の商人たちの誰もが彼に声をかけないのだろう。
 だが、そんな気遣いを踏みにじるように、あっさり臨界は訪れた。
「この、クソアマぁっ!」
 市場中に響くかという男の声。その直後に小さく聞こえた女の悲鳴に、彼は笑みを浮かべた。そして、迷うことなく、その騒ぎの方へ足を速める。
 居合わせた人間が首を伸ばしていたが、騒ぎの中心となる男達に、ギロリとにらまれて、すぐさまそっぽを向いた。
 そして、現場に到着したフェリオが見たものは―――
「……シーアじゃねぇか」
 フェリオと同じぐらいか、それ以上にデカい男達数名に囲まれていたのは、白い仮面に黒髪のおさげ、紛れもなくシーアだった。
「ブツかる、シてまセン」
「あぁ? 聞こえねぇなぁ。ほれ、発音ワリぃから」
 シーアは両手で仮面を押さえたまま、上を見上げている。元々、背は高くないので、男達に囲まれるとすっぽりと隠れてしまう。
「チャんと、アヤマる、したデス」
 シーアが果敢にも反論を言い連ねるが、こればかりは相手が悪い。明らかにぶつかったことをエサにして無理難題をふっかけるような人種である。
「……ナニが、イいタイのでスカ?」
 シーアの声のトーンが一段低くなった。ふと、フェリオの脳裏に怒りで冷めきったディアナがよぎった。そして、前回の痛い失敗も同時に呼び起こされる。
(また、見てただけでした~、なんてチクられたくねぇしな)
 それに、あれだけディアナに懐いてしまっているシーアだ。いったい何を教えこまれているか分かったもんじゃない。チンピラどもの命が惜しいわけではないが、みすみす見逃すのも哀れだ。自分がやった方が傷も浅く済むだろう。
「ちょい、待ちな」
 シーアを取り囲む男達に良く見えるように、フェリオがヤジ馬の群れから一歩踏み出した。
「あぁん? なんだぁ?」
「! へりおサン!」
 彼らがフェリオに気を取られている隙に、シーアが囲みを抜けてフェリオの後ろに隠れる。
 それを確認し、フェリオが男達全員の顔を一人一人にらみつけた。
「……おんやぁ? どっかで見たことあるツラがいるな。ギルドにいたなぁ、あんなヤツ」
 そう言ったフェリオがゆっくりと一人に視線を定めた。
「ギルド? あぁ、ハンターか。……そういや、今日、確かにヨソモンが来て……た―――」
 何かを思い出して、その男が口を閉ざす。すると、別の男が声をあげた。
「おいおい、こちとらランクCのハンター様だぞ? その女を渡してもらおうか」
 殴られ変形しても『困らなそうな』顔の男に、フェリオは笑みを浮かべた。どこぞで「自分はまだランクCだから」と嘆いていた男とは大違いだと。
「渡さなかったら、どうする? 腕づくか? なぁ、お山の大将さんよ」
 フェリオは丁度いい、と思った。
(こいつらぶちのめしてストレス解消だ)
「どうせ、ランクD以下のハンター取り巻きに従えてナンバーワン気取ってんだろ? ちょうどいいや、かかってこいよ」
 自分の荷物をシーアに渡すと、フェリオはくい、くい、と指を曲げて誘った。
「ふん、お前なんぞにくれる拳もないわ。ほれ、ドレグ、ちょいとひねって来い」
 大将に名指しで呼ばれたのは、巨漢の……というより、単なるデブだった。歩くたびにアゴや腹の肉が震えている。
「うわ、最悪。……つーか、てめぇが来いよ」
 フェリオがぶつぶつと文句をたれる間にも、ドレグと呼ばれたデブがどっどっどっどっと地響きを立てて迫ってくる!
「ちっ!」
 突進してくる肉の塊に、フェリオは身をかわしざまに、蹴りを入れる。やたらに弾力のあるてごたえだったが、そのままドレグという男は勢いそのままに転がって倒れた。
「おいおい、たったあんだけでおねんねかよ。―――んで、どーすんだ、大将?」
「……な、なんなんだ、お前は! おい、誰か行けっ!」
 大将が後ろの取り巻きを見渡す。
「……エース、ありゃやばいッスよ。ランクBって、ギルドのオヤジが言ってたヤツッス」
 その注進にエースと呼ばれた大将が、ぴしり、と動きを止めた。
「ランク、びぃ、だと?」
 エースがギシギシッとぎこちない動きでフェリオの方へ向き直ると、フェリオはここぞとばかり満面の笑顔で見返してやった。
「ようやく分かったか? それじゃ……」
 フェリオがまっすぐにエースに向かって駆ける!
「ひ、ひぃっ!」
「あいつと一緒におねんねしとけっ!」
 ぼぐっ、という鈍い音と共に、フェリオの放った右ストレートがエースの顔を潰した。
 ゆっくりと倒れ込む大将の身体を、取り巻き連中が呆然と口を開けながら見守る。
 どさり、という音に、全員が我に返った。
 思わず、フェリオを上目遣いで見る者、逃げ腰になってそろそろと後退する者。
 意外にも、一番素早く動いたのは、フェリオの後ろに倒れていたシーアだった。
 トタトタとおさげを揺らしながら倒れた大将のところへ来ると、げしっっと一蹴りする。それをなまあたたかい目で見つめつつ、フェリオが口を開く。
「……さて、とっととそれらを持って」
 すぅっっと息を大きく吸った。
「どっかに行けや、オラァ!」
 威嚇の怒鳴り声に、男達が我先にと逃げ出す。と、一人がくるりと舞い戻って倒れたままの大将をひきずるようにして連れて行った。同様に倒れているドレグについては完全にほったらかしである。
「へりおサン、アリガト、ゴざいマス」
 シーアがぺこり、と頭を下げる。
「まったく、あんまり手間かけさせんなよ? ……だいたい、何でからまれたんだ?」
「ウデが、ブツかっテしマイまシタ。ソレで、カタがハズれテしまッタそうデス」
 まるで博物館級の当たり屋の手口に、フェリオは思わず眉間に手をやった。
「まぁ、……相手が悪かったよな」
「ソノようデス。カタがハズれたヒトも、フツウにハシる、シまシタ」
 たった今、彼らが逃げていった方角を見つめ、シーアが呟いた。
「タイしたコト、なクテ、ヨカったデス」
 彼らを上回る天然記念物に、フェリオはその頭をくしゃくしゃと撫でた。
「……デナいと、でぃあなサン、ヤるトコまでヤる、コトにナル、でシタ」
 ぴたり、とフェリオの手が止まる。やはり、結果的には彼らを助けたことになったのかもしれない、とそう思った。
「へりおサン」
「なんだ?」
 ぼんやりと返事をしたフェリオの鼻先に薄い紙束が突き付けられた。安物のインクの香りが鼻につく。
「あぁ、そうだな」
 正義新聞を受け取りがてら、ポケットから出した硬貨を渡す。と、それをしまうシーアのカバンから、何か封筒がこぼれ落ちた。
「あっ!」
 慌てて拾い上げるシーア。
「……今の字は、ディアナのか? つーか、リジィ宛てかよ」
 ほんの一瞬で丸文字と宛名までを読み取ったフェリオが声を出した。
「ハイ。そうデス」
「文通はできてんのか。……あぁ、そういや、兄弟子のところとかどうとか言ってたっけな」
「ハイ。さみサンのトコロで、デス」
「……次に会うときにゃぁ、ちっとはマシになってんかな」
「……」
 シーアは同意はせずに、うるさいぐらいの沈黙で返した。目はフェリオの方に向いている。
「なんだ?」
「りじサンは、へりおサンよりマシなヒト、デス」
 この言葉に、フェリオが怒ったか、それともディアナへの告げ口を恐れて堪えたかは―――
「イタっ! ナニするデスか!」
「だぁほ。真の男の余裕ってもんが分かんねぇお前が一番まだまだだ」
 あっさりツッコミを入れていた。


「リジィちゃん。お手紙届いてるわよー」
 サミーの自宅隣に建てられた道場で横になっていたリジィは、ゆっくりと身体を持ち上げた。
「あ、別に立たなくてもいいわよ。はい」
 スカートにエプロンをかけたまま、道場に入ってきたサミーはぺしっとリジィの顔に封筒を叩きつけた。何げにひどい仕打ちである。
「差し支えなかったら、あとで読ませてねー。マックスが何かやらかしてたらオシオキしなきゃ」
 横になったままのリジィにうふ、と笑いかけると、すぐさまパタパタと道場を出ていく。
 サミーが二児の『父親』であることは、彼ら夫婦の経営する道場に通う者ですら大半が知らないことである。彼が一日の大半をスカート姿で過ごすことにしている上、ヤードでばりばり働く妻に代わって家事を一手に引き受けていることもあるのだろう。そして何より、真実を知る者は、誰も他言したがらないのである。
(まぁ、あれだけの若奥さんっぷりだもんね。しょうがないよ)
 リジィは、サミーが口止めしているというよりは、むしろそれを知った周囲がこっそり知らない人間の行動を笑っているのではないかと思っている。事実、彼女に憧れて道場に入る者も少なくない。妻のいない平日は彼の稽古であるだけに。
(詐欺と言えば詐欺かもしれないけどね)
 考えながら、封筒の頭をピリリと破いた。姉から手紙が来るのは初めてではないが、やはり近況を知ることができるのは嬉しい。
『リジィちゃんへ』
 いつも通りの書き出しに、ほっと心が和む。
『今日はアニキと久しぶりに武器持ちで打ち合いしたのよ。やっぱり、自分の武器を持つと心が引き締まる感じでいいわね。でも、それに気をとられてつい足運びとかおろそかになっちゃうらしくて、また怒られちゃった。
 リジィちゃんの方はどうかしら、最初はコツが掴めなくてイライラしちゃうかもしれないけど、基礎はあたしがみっちり叩き込んだはずだから、ちゃんと思い出してね♥』
 わざとらしい丸文字はドールハウスの専属広報塔になったときに仕込まれたものだったが、本人は自分の書くかわいらしい字をえらく気に入っているらしく、こうして今も使っていた。
『さて、サミーお姉ちゃんには、ちょっと無理を言っちゃったんだけど、大丈夫かしら? サミーお姉ちゃんは、頑張り過ぎちゃうところもあるから、リジィちゃんが時々助け舟だしてあげてね。こっちはまだ、周辺で時間を稼げるからって伝えておいてくれるかな』
 リジィは、そこまで読んで、手紙を閉じた。誰かが道場に近付いて来る足音が聞こえたのだ。
 リジィはぐったりと倒れていた自分の身体を無理やりに起こし、手紙をふところに隠すとぴしっと正座をした。
「おぉ、リジィ」
「おはようございます」
 朝イチでやってきた通い弟子のゼインが軽く挨拶をしてくる一方、リジィは座礼をもって挨拶とする。
―――リジィが世話になっているサミーの道場は決して上下関係に厳しいわけではない。むしろ、家族経営の道場であるせいもあるのか、いたってフレンドリーな雰囲気がある。
 だが、リジィについては少し事情が違った。
 道場のアイドル的存在であるサミーが連れて来たことも、また住み込みであることも、サミーに憧れる弟子達からは嫌われる要因となっていた。さらにランクCのハンターが『いまさら』道場に通うことに反発を覚える者も少なくない。リジィは朝イチでサミーから稽古をつけてもらい、なおかつ道場の人と共に昼の稽古にも姿を見せている。
 ……昼の稽古はリジィにとってはあまり益にはならなかったが、リジィという存在を怪しくないものにするため、サミーが昼の稽古に出ることを義務付けたのだ。
「まだ、オレが最初か?」
「はい、ゼインさん」
 リジィは先ほどまでへばっていた自分の身体を、なんでもないことのように動かした。実は立ち上がるだけでも身体中が悲鳴を上げているのだが、それを外には出したくなかった。
「……じゃぁ、ちょっくら手合わせしてくんな。すぐ着替えっからよ」
 ゼインは道場の端に自分の荷物を置くと、言葉通りすぐさま上衣を脱いだ。
「いやぁ、お前みたいな使えるヤツが来ると助かるぜ。実践ならではのギリギリの攻撃とかよ」
「はぁ、おそれいります」
 リジィは、このゼインが決して嫌いではなかった。それはサミー目当てでもなく、純粋に自分を鍛えるために来ているせいもあるのだろう。
「ま、これで、相手に合わせた組み合いしてなきゃもっといいんだけどな」
「! ……知ってたんですか」
「そりゃそうさ。オレがてこずる相手に、グエンごときが互角に闘えるわけないだろ。……まぁ、お前も休んでるんだろうけどな」
「……」
「別に隠さなくてもいいさ。毎朝か毎晩か知らねぇが、サミーとやり合ってんだろ? そりゃ疲れてんだろうよ」
 ゼインは動きやすい服装に着替えるなり、くるっと振り向いた。
「どんなウラがあるかは知らねぇが、オレはオレを強くしてくれる、お前みたいなヤツが大好きだよ」
 リジィは答えることはせずに、ゆっくりと構えた。それに呼応してゼインも構えをとる。
「……お願いします」
「おうよ」
 がらんとした道場が二人だけの世界になる。
 お互いの呼吸、そしてささいな眼球の動きまでも捕らえるために口はいっさい動かさない。
「……」
「……」
 二人は半身で構えたまま、ぴくりとも動かない。
 往来の井戸端会議までもが聞こえてきそうな静寂の中、ぱたぱたと無遠慮に近付く足音があった。
「……」
「……」
 二人は耳を傾けるものの、動くことはしない。
 パタパタと近付いてくる足音。どうやら道場に向かっているらしい。道場に通う弟子だろうか。
「ちょっと、リジィちゃんっ!」
 男同士の闘いに乱入を果たしたのは、この道場主の一人、サミーその人であった。
「……あら、おじゃまだった?」
 口に手を当てて尋ねるサミー。構えあう二人は彼が男であることを知っているため、特に動揺もなにもない。
「サミーさん。できれば、終わってからに―――」
「それどころじゃないのよ、リジィちゃんっ!」
 ずかずかと歩み寄るなり、べしっと地方新聞を突きつけた。それは首都セゲド周辺でしか発行されていない地方新聞「ワッデルタイムズ」だ。
「ゼインにはアタシが付き合うわ。リジィちゃんはそれを読む!」
 リジィを新聞ごと道場の隅に押しやると、サミーはリジィの立ち位置そのままに構えた。スカートにエプロン姿のままで。
「……選手、交替か?」
「そうよ、アタシじゃ不満かしら?」
 二人のやりとりを聞きながら、リジィは渡された新聞を手に取った。
 ……そこには、リジィが目をむくほどの見出しが載っていた。
「サミーさん!」
「なぁに?」
「ちょっと、でかけてきます。しばらく、帰りませんから!」
 リジィは新聞を読みながら、道場を出ていった。
「……あら、早い行動」
「おいおい、オレの相手を忘れんなよ」
「はいはい……分かってますってばっ!」
 道場の中で繰り広げられる組み合いを背中で聞くことすらせずに、リジィは足早にその場を去った。

<<11-5.蜃気楼を目に焼き付けて >>12-2.明日は土煙のように淀んで


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