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第12話.怪傑ロロ

 2.明日は土煙のように淀んで


『快盗エレーラ・ド・シンの便乗犯? 快傑ロロ現る!』
 ワッデルタイムズの『三面』にでかでかと踊る見出しにリジィは大きなため息をついた。
 記事はコグバーンという街で、快傑ロロという男がとある商人の家に予告状を出したこと、そしてそれがエレーラの予告状によく似ていることをあげている。
 リジィのいるヘイドンからコグバーンまではおよそ二日半。予告された日の昼にはコグバーンに着く計算だった。
(ま、急げば間に合うだろ)
 リジィは大急ぎで荷物を詰め込むと、新聞と姉からの手紙を持ったまま道場へ向かった。
「サミーさん」
「あら、リジィちゃん」
 目の前にはぐったりと倒れているゼインと、汗を拭いながらも涼しげな顔で立つサミー。そして何人かの弟子がいた。
「これ、お返しします。あと、手紙もどうぞ。……たぶん、一週間ぐらいで戻って来ると思います」
「はいはい、行ってらっしゃい」
 サミーは封筒と新聞を受け取ると、にこやかに手を振った。
 リジィはサミーやゼインを含む弟子達に一礼をするなり、道場を足早に離れた。
「……あれ、リジィのやつ、なんか身内の不幸でもあったんスか?」
「うーん、ほら、彼ハンターだから。前に追ってた賞金首の便乗犯が出たから、ね」
「へー、まだハンターだったんだ。って、そりゃそうか」
「追ってた賞金首って? 便乗犯が出るからには、有名なヤツなんスよね?」
「快盗エレーラ・ド・シンよ。ほら、この記事」
「……」
「……」
 ランクAの賞金首の名前に、それまで彼をこっそり見下していた面々が表情を凍りつかせた。


「なんだ、いまはこんな場所にいたのか」
「ハイ、そうデス。ハイってクダさい」
 シーアに手招きされるがままに、フェリオは正義新聞の出張所へ足を踏み入れた。
「社長は?」
「ショヨウでデカけていマス」
 ぱたぱたと台所に行き、お湯を沸かすシーア。少しなりともお礼がしたいということで、特製のケーキをごちそうしてくれるらしい。
 立っているのも落ち着かないので、手近にあったイスに腰かけるフェリオ。目の前でちょこまかと動くシーアを見て「こんなのもいいな」とこっそり思った。
「おユ、ワくまでマッてクダさい」
 シーアはそう断ると、園芸用のじょうろを取りだし、ベランダに出た。どうやら何かを育てているらしい。
「オジーぎ、ジギじぎ、ジギタリスっ」
 鼻歌が聞こえた。水遣りは楽しいらしい……が。
「どんな? ドンな? ベラドンナ?」
 歌詞の違和感に気づいて、フェリオが苦々しい顔をした。
「ケシズミ、けしけし、ケシのハナー!」
「ちょっと待てっ! なんかおかしいだろ、それ!」
 とうとう耐えられなくなったフェリオの制止の声に、シーアは首を傾げた。
「オカシい、でスカ?」
 無言でうなずくフェリオ。
「でも、ショクブツにウタってアゲる、ヨいとキいたデス。ハナしカける、ホウがヨいでスカ?」
「いや、そういうことじゃなくて、問題は歌詞だよ、歌詞!」
「デも、ナマエをヨんでアゲる、ヨいとオモいマス」
 名前、と聞いてフェリオがイスから立ち上がり、ベランダに立つシーア越しにそれを見た。
「……」
 彼の目には、確かに毒草として有名すぎるジギタリス、ベラドンナ、そしてケシが並んでいるのが映った。
「カワいいハナ、サくでスヨ。でぃあなサンからモラいまシタ」
 シーアが微笑む。確かにベラドンナなどは毒があるとは思えないほど可愛らしい花が咲くが、だからと言って、ここまで毒草を―――
「あ、おユ、ワくしまシタ」
 シーアがぱたぱたと動き始める。フェリオは疲れた顔でイスに戻った。
(ディアナよう……、シーアをどこまで非常識にしたいんだ、お前はっ!)
 もちろん、答える声があるはずもなかった。


「……あー……」
 コグバーンで乗り合い馬車を降り、まっすぐに問題の商人の邸まで来たリジィは軽いめまいを覚えた。
 目の前にそびえ立つ邸は、「成金です」と看板に掲げるのと変わらないぐらい、むやみやたらと派手さを強調する正視しがたいものだった。
 とりあえず、門に立つ警備員にこっそり同情しながら、今晩警備に雇(やと)って欲しい旨とハンター証を見せる。
 募集をかけていないにも関わらず、やって来たハンターに驚いた顔の警備員だったが、すぐに取り次いでくれた。たぶん、ランクCのハンター証がモノを言ったのだろう。
「……」
 邸の中はやっぱり似たような趣味だった。成金趣味という一言で済ませていいものか迷うぐらいの金ピカぶりに、リジィはできるだけ目を逸らしつつ、案内された部屋へ向かった。
「こちらでお待ちください」
 通された部屋で、イスを見つけるなり倒れるように座った。さすがにクタクタだった。
 新聞を見せられてすぐに道場を飛び出し、乗り合い馬車を乗り継ぐこと二回。馬車の中で置き引きに気をつけながら軽い仮眠をとったものの、蓄積した疲れはとれなかった。
(警備始める前からこんなんで、いいのかなぁ)
 座ったままでぐぐっと背伸びをして、首をならす。と、廊下に複数の人間の気配がした。慌てて、イスから立ちあがって姿勢を正すと同時に、リジィの耳にノックの音が響いた。
「……どうぞ」
 ためらいがちに返事をすると、入って来たのはヤードの制服に身を包んだ二人組と、二人の後ろに控えた背の低い男だった。
「ふむ、ランクCのハンターにはとても見えないが」
 背の低い男が一歩踏み出し、リジィを値踏みするように眺めた。
「それに、快傑ロロという輩には、まだ賞金はかかっていないはずだが。……どうかね?」
 小男がリジィに返答を求めた。見れば彼の指のうち八本には、ごつい宝石のついた指輪がはめられている。つまり、この人間が快傑ロロの被害者(予定)のアルドリッチ氏ということだろう。
「はい。おっしゃる通り、僕がここに来たのは快傑ロロを捕らえたいという理由からではありません。快傑ロロの手口が僕の追う快盗エレーラ・ド・シンに似ていることから、もしかしたら何か関係があるのか。また、便乗犯だとしたら、エレーラが逆に来るかもしれないと考え、こうしてぶしつけにも伺った次第です」
 アルドリッチ氏はその解答に笑みを浮かべた。
「アンダースン警部。あなたと同じことを考える人間もいるものですな」
 話を振られたアンダースンは、「そうですな」と短く答える。
「よろしい。……やってきた警備希望者は残念ながら君だけだ。ヤードの方々と協力して警備にあたってもらおう。日当五千イギンでもよければ、の話だが」
「はい、もちろん構いません。ありがとうございます」
 実際その金額はここに来るまでの交通費にすら足りていないわけだったが、それでも押しかけで日当をもらえるとも思っていなかったため、リジィにはありがたい申し出だった。
「では、あとは警部と話を詰めてください。―――警部、わたしは彼女のところにおりますので」
 アルドリッチ氏はリジィに背を向けると、そのまま部屋を出ていった。
「……」
「……」
 部屋の中に微妙な沈黙のカーテンが降りる。
 アルドリッチ氏が廊下の絨毯をさくさく踏みしめていく音が聞こえなくなるまで、誰も一言も言葉を出さなかった。
「……ふぅ、行ったか?」
「そのようですね、警部」
 アンダースン警部とその隣のピエモフ巡査がお互いうなずき合った。
「えぇと、お久しぶりです。アンダースン警部、ピエモフ警部」
 おそるおそる挨拶をするリジィ。
「あの、何か警戒すべきことでも―――」
「いえ、今回の快傑ロロに関わる話ではないんですよ。ただ―――」
「ワシの口調が荒いっちゅう苦情が来おってのう。できるだけプレッシャーを与えん言葉遣いをするよう言われたんじゃわ」
 アンダースン警部がぽりぽりと頭をかいた。どうやら、彼にとってはかなりツラい『お達し』らしい。
「はぁ、心中お察しします。……それで、先ほど話があった快傑ロロですけど」
「弟キーズも、気づいたようじゃのぉ。どうじゃい、ピエモフ巡査」
 話を振られてピエモフ巡査――スワンが考え込んだ。
「ですが、正義新聞のあの人が来ていないのが気になります。自分の考えは―――」
「あぁ、えぇわい。正義新聞とエレーラがグルかもしれんちゅう話じゃろ」
 アンダースン警部の言葉に、リジィが一瞬だけ身体をこわばらせた。
 幸いにして二人は気づいていないようだ。
(す、鋭いよ。……この人が本当にウォリスさんのところに付いたらどうするんだろう)
「キーズさんはどう思いますか。少し大胆すぎる発想になってしまったとは反省しているんですが。エレーラに『寄生』して大きくなった新聞社ですので。実はそれが『共生』だったと考えても―――」
「そうですねぇ。まぁ、僕らもエレーラの動向を掴んで動くことが出来ているんで、それほど正義新聞を気にすることもないとは思いますけど」
(姉さんがエレーラだったから、当たり前に動向を掴んでただけなんだけど)
「……そうですね。ハンター間の情報でもエレーラを追うことができた。アンダースン警部、やはりヤードとハンターの連携をもっと強くする方法を―――」
「あー、分かった分かった。それはお前が本部に行ってからじゃい。それにあんまり弟キーズの前で内部事情を口にするな、ぼっけもんが」
「はぁ、申し訳ありません」
(こっちとしては、もっとヤードの内部事情も聞きたかったんだけどな)
 リジィはこっそり嘆息した。

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