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第12話.怪傑ロロ

 3.沈黙は金、雄弁は銀


「おや、珍しい顔ぶれですね」
 そう言って入って来たのはダファー・コンヴェルだった。正義新聞のロゴの入った上着をたたみながら二人がお茶しているテーブルにつく。
「そういや、今回はエレーラの記事はないんだな」
「そりゃもちろん。毎週毎週エレーラが出没するわけじゃありませんから。……それにエレーラ以外の記事を書かないと発狂しちゃう人もいますからね」
「……あぁ、それもそうだな」
 ここの社長の顔を思い浮かべてフェリオはうなずいた。紅茶をすすりつつ、シーアの作ったというパウンドケーキを口にする。
「それはそうと、シーアさん。サミーさんから手紙が来てましたよ。『速達』みたいでしたけど」
「ア、ハイ。アリガト、ゴざいマス」
 受け渡された封筒をぴりぴりと破るシーアを見て、フェリオが素朴な疑問をぶつけた。
「速達って、移動しまくってるのに、どうやって来るんだ?」
「サミーさんには、ディアナさんから逐一報告がいってますからね。ほら、社長の暴走を止められるのはあの方ぐらいですから」
 ねぇ、と同意を求めようとシーアに視線を移し、ダファーが言葉を切った。
「……?」
 違和感に気づいてフェリオもそちらを見る。
 この上なく真剣な表情で――と言っても、顔の上半分が白い仮面で覆われているため、きりりと引き結んだ唇と、瞬きひとつしない瞳が見えるだけなのだが、それでも見ている方まで緊張させる空気がにじみ出ていた。
「……シーアさん。何か分からない単語でもありましたか?」
「ダイジョブでス」
 脇目もふらず一心に手紙を読みふけるシーア。
「えーと、フェリオさん。丁度良いので話してしまいましょう。実はですね、ディアナさんに対する特訓が始まってしまったので、社長が言うには―――」
「だふぁサン」
「なんでしょう、シーアさん」
「ヨみオわったデス。アトでシャチョサンにもワタす、シてクダさい」
 封筒と便箋をセットで突き出すシーア。その声はどことなく固い。
「なんだ、悪いことでも書いてあったのか?」
「チガいマス。……チガわナイかもシれまセン。テガミをヨんだでぃあなサンは、ゼッタイ、オコるとオモいますカラ」
 シーアは自分の動揺や怒りを隠すように、目の前のカップを持ち上げた。
「そうですねぇ、確かにディアナさんは怒りそうです。……サミーさんがリジィさんを巻き込んだみたいですよ」
「巻き込んだ?」
「はい、どうやら快盗エレーラの類似犯が出たらしく、そこにリジィさんを向かわせたみたいですね」
(それは、リジィが逆に自分から行きそうなもんだけどなぁ)
「そんなことで、何か問題あんのか?」
「いいえ。ただ、ディアナさんが言うには、リジィさんにはこっち側には来て欲しくないとか。……正体知った時点でこっちにいるも同じな気がするんですけどね」
 おっと、私がこれを言ったなんて内緒にしてくださいね。とダファーは付け加えた。
「……でぃあなサン。オコる、オモいマス」
 シーアがカップを両手で包み込むようにして持ち変えた。
「あーあー、そりゃな。だってディアナ過保護すぎるし」
「カホゴ、でスカ?」
 率直過ぎる意見に、ダファーがコホンと咳をした。
「だいたい、リジィちゃんはそんなことしちゃだめぇ~って言うんだろ? んなこと言ったって、やりたいモンやらせときゃいいじゃねぇか。オレはそう思うね」
「ソレは、カホゴなのでスカ?」
「オレに言わせりゃぁな。あんまり過保護が過ぎるとそいつの成長まで止めることになっちまうから、オレはできるだけ他人は突き放すようにしてるぜ?」
 ダファーが再び、コホン、と咳をした。
「あの、それは他人との付き合い方の問題なんじゃないですか? ほら、ディアナさんは面倒見が良さそうですし」
「いーや。ありゃ絶対に弟びいきだね。長年追っかけて来たオレが言うんだから間違いねぇって」
「……」
 不思議とシーアが何か考え込む姿勢を見せた。
「ん? どうした、惚れたか?」
 びしっとアゴに手をかけて尋ねるフェリオ。
「イマのハナシ、ゼンブ、でぃあなサンにイってもヨいでスカ?」
 フェリオが一気に低姿勢になって慌てて止めたのは言うまでもない。


(もうすぐだ……)
 フェリオはちらりと隣のスワンを見た。先ほどからしきりに窓の外を伺っている。
(姉さんでないことは確かだけど、……いったいどんなヤツなんだろう)
 リジィは腰に下げたロングソードにそっと手を置いた。
 怪傑ロロのターゲットは絵画。一応、名のある画家のものらしいが、それは画壇の大家の弟子、という程度のもので、残念ながらリジィも聞いたことのない作者だった。
 描かれているのは歌を習う貴族の娘。アルドリッチ氏は絵の価値がどうこうよりも、彼女が気に入っているらしい。
 スワンによれば「夫人がかわいそう」だという。確かに絵の中の女性に夫を取られたとあっては、外聞も悪いだろう。
 リジィはちらりとアルドリッチ氏を伺った。両手を胸の前で組んで、お願いのポーズをとっている。緊張しているのだろう。足がガチガチに固まっていた。
「はっはっはっはっはっ……!」
 突然、笑い声が聞こえた。
 きょろきょろと辺りを見まわすヤードの中で、リジィだけがまっすぐ窓を見据える。
 いまだオロオロするヤードを嘲るように、その声の主が窓を開け放った。
 黒いシルクハット、黒いマント、黒いタキシード、黒いステッキ。全身黒づくめだが、蝶ネクタイと胸ポケットから覗くハンカチーフだけが真っ赤である。黒い布で目隠ししているので顔はよく分からないが、その口には余裕の笑みが浮かんでいた。
「快傑ロロ、見! 参!」
 ばさっとマントを広げ、ポーズをとる怪傑ロロ。そのアホらしさにリジィも、ヤードの面々も呆然として動けない。
「はっはっはっ、どうした愚民ども。あまりの私のかっこよさに声も出ないかね。……では、そちらの絵を頂こうか」
 アルドリッチ氏が『絵』という言葉に反応して、慌てて絵の前に立ちはだかった。
「や、やらんぞ! 彼女はわたしの物だっ!」
 その声にようやくハッとしたヤードの人間が絵の周囲を取り囲んだ。
「おんどれか! 怪傑ロロとかいう輩はっ!」
 アンダースン警部がびしっと指を突きつける。依頼人の目の前であることを忘れているのか、言葉遣いに対する注意はいっさい払われていない。
「ほう、その顔には覚えがあるね。……たしか、アンダースンといったかな」
「ふんっ! 知っとんじゃったら話は早いわい! とっとと観念―――」
 吠えたてるアンダースン警部に人差し指をたて、ちっちっちっ、と横に振って見せた怪傑ロロは胸ポケットから覗く赤いハンカチーフを取り出した。
「残念だけど、どうして私がここに来ることができたか、考えてもらえるかな」
 ハンカチを持った手を自分の口にあてがう。
 すると、窓の向こうから白い気体が流れ込んできた。
「快傑ロロは一人だが、その協力者がいないとは限らない。……そうじゃないかね?」
 再び、声高く笑う怪傑ロロ。その声を聞きながら、室内に警備にあたっていた人間が、ひとり、またひとりと倒れ伏していった。
 そして、部屋の中で意識を保っているのは怪傑ロロと、……アルドリッチ氏のみとなった。
「どうして自分だけが何でもないか知りたいかい?」
 倒れたヤードを見回していた彼ががくがくと首を縦に振る。
「中和剤をあなたの食事に混ぜさせてもらったのだよ。……なに、そんなに驚くことはない。邸の中もすべて掌握しているからね」
「か、彼女は、渡さん!」
 ぶるぶる震える足で立っているのが精一杯な様子なのに、アルドリッチ氏は声を上げて、快傑ロロの前に立ちはだかった。
「……ふん。愚かだね」
 怪傑ロロは薙ぎ払うように彼を軽く突き飛ばすと、あっけなく腰を落として尻もちをついたアルドリッチ氏を見下ろした。
「いったい何故、私がこの絵を頂きに来たのかすら分からない愚昧の輩よ」
 彼は、薄れてきた白い煙の中で、口に当てていた赤いハンカチを胸ポケットに戻した。そして両手で絵を持ち上げる。
「本当は、目の前で破り捨ててやりたいぐらいだが、それだとあまりに『彼女』がかわいそうだ」
 タキシードの上着の内ポケットから大きな布を取り出すと、彼は器用に『彼女』を包む。
「では、これにて失礼いたしますよ」
 優雅に一礼をすると、彼は開け放たれたままの窓から悠然と出ていった。
「ま、待て! 誰か、誰かーっ!」
 残されたアルドリッチ氏の悲痛な叫び声が部屋中に響き渡った。

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