TOPページへ    小説トップへ    ダブルフェイスハンター

第12話.怪傑ロロ

 4.火遊びは火事のモト


 怪傑ロロは気を良くしていた。
 まさか、こんなに簡単にことが運ぶとは思ってもいなかったのだ。てっきりハンターが待ち構えているものと思ったが。
「やはり、エレーラ様のようにはいかないか」
 嘆息する怪傑ロロ。左脇に絵を抱え、すたすたと誰もいない道を歩く。
「そうだな。エレーラはそんなヘマもしないからな」
 突然、若い男の声が聞こえた。彼が慌てて見回すと、すぐ左の路地にその男が立っているのを見つけた。
「確か、警備の中にいた……。いや、違う。―――私の思い違いでなければ、ハンター、だったな」
 言い当てる怪傑ロロに若い男――リジィは軽く眉を上げて驚いた。
「へぇ、知ってるわけだ。さすが『エレーラ様』の取り巻きだな」
 リジィはゆっくりと足を踏み出す。
 気圧された怪傑ロロが足を一歩後ろに運んだ。
「残念だけど、僕の知っている限り、怪盗エレーラ・ド・シンを『様』付けで呼ぶのは―――」
 リジィの声に観念したか、怪傑ロロが目隠しをした黒い布を外した。
「そうとも。我らが『王子様の集い』だけだ。……思い出した。エレーラ様を執拗に追う姉弟ハンターの片割れだったな」
 なぜ素顔をさらしたのか分からなかったが、残念ながら、リジィにはその顔に見覚えはなかった。
「エレーラの類似犯を装えば、おびき出せるとでも思ったんだろうけどな」
 リジィの手が腰のロングソードにかかる。
「―――一つ、聞きたい。どうして君は眠らずに済んだのかね」
「簡単なことだ。薬に対する耐性ができてるからだよ」
 リジィは自ら太ももにつけた傷を隠すために、左足をさりげなく後ろに下げた。
 薬に対する耐性があるのは嘘ではない。AAAにかかった時に無駄と分かっていても様々な薬を試したことが、彼にこうして薬への耐性を与えたのだ。ただし、それだけではあの薬に抗いきれなかったため、自ら足を傷つけることにしたのだったが。
「さて、その絵を返してもらいたいんだけど」
「……拒否する」
 怪傑ロロが笑みさえ浮かべて答える。
「力づくで勝てるなら、まぁ悪くない選択肢だと思うけど、あいにく僕はエレーラの類似犯に手加減できるほどできた人間でもないからね」 
 リジィの顔から表情が消え、殺気にも似た空気が広がる。
「……っ」
 相手の本気を感じとったのか思わずひるむ怪傑ロロ。ちらり、と脇に抱えた絵を確認する。どうやらリジィと敵対することに躊躇を感じているらしい。
「もう一度、言おうか? 僕はエレーラの類似犯に手加減する気はさらさらないからね。それに、賞金も出てないお前の首をどうしようが僕の勝手だしね」
 もちろん、生死不問の賞金首でもない人間を殺すようなことがあれば罪に問われる。だが、通例、正当防衛が適用されることが多い。特に警備する側と罪を犯した側の戦いならば。
 見つめ合うリジィと怪傑ロロ。怪傑ロロの唇が微かに震えている。
「……それぐらいにしてもらいましょうか」
 新たな声がそこに水を差した。
 ゆっくりと歩いて来る声の主は、リジィにも見覚えのある人間だった。
「会長自ら尻拭いにお出ましですか」
 リジィはロングソードの柄から手を放さぬまま、声の主に問いかけた。
「残念ながら、尻拭いというわけにはいかないのですよ。―――ねぇ、タンストールくん?」
 名前を呼ばれた怪傑ロロがびくっと身体を震わせた。
「どうして私がこんなにゆっくり来たと思いますか? あなたがわざわざ隣国まで来てこんなことをするのはずっと以前に掴んでいたのに」
 ずっと以前に、と言われ、怪傑ロロが、目をカッと見開いた。
「まさか、わざと……!」
「おや、そんなそんな。確かに私もあの依頼には心を動かされましたから。
 ―――でも、限度という言葉をタンストールくんが知らないとは思いませんでしたよ」
 終始にこやかに言葉を続ける彼の声からは敵意や憤りの欠片も感じられない。それが余計に恐怖をかきたてる結果となった。
「幸いにも、あなたの家族は理解の早い方々ですから、早々にあなたの籍は消されましたよ。確か持病の療養先で亡くなったということになっていますよ。あなたの一族には代々不幸な持病が多いですからね」
 怪傑ロロが信じられない、と口をぱくぱくとさせた。
「大変なスキャンダルですからね。いくら家を継がない次男坊とは言え、隣の国で盗みを働いてはね」
 自国であれば、まだ揉み消しもきいたでしょうね、と言外に匂わせる彼の向かいで、怪傑ロロがとうとう膝をついた。
「そうそう、タンストールくん。あなたが雇ったゴロツキには私の方からお引き取り願いましたから、心配しなくていいですよ。少し多めの金を渡しましたら、みな喜んで帰っていきましたから」
 もはや呆然とする彼に、リジィはすばやくその手から絵を奪い取り、腕をねじあげた。
「では、後のことはよろしくお願いしますね。……まさか、ハンターのあなたまで警備に参加しているとは思いませんでしたが、おかげでいらぬ手間が省けました」
 にこやかに笑いかける彼に、リジィは心の中で苦虫を噛み潰した。
「アレクサンドル・デュワーズ・ノワ・サンドルパースブルグさんでよろしかったんですよね。『王子様の集い』の会長の」
「えぇ、名前を覚えてもらっていたとは。会ったのはずいぶん前になりますが。……それでは、私の方もいろいろと忙しい身ですので、これで失礼します」
 優雅に一礼をすると、アレクはくるり、ときびすを返した。
「待て!」
 声を上げたのは囚われの怪傑ロロ。
「せめてこの絵をどうにかしてくれ! でないとあの哀れなご婦人の依頼が―――」
 その言葉にアレクの足が止まった。
「それは君が受けた依頼だよ、タンストールくん。自分で何とかしたまえ」
 この上なく冷たい声で、背中を向けたままで答えるアレクに、今度こそ怪傑ロロはがっくりと肩を落とした。

<<12-3.沈黙は金、雄弁は銀 >>12-5.覆水盆に帰らず


TOPページへ    小説トップへ    ダブルフェイスハンター