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第12話.怪傑ロロ

 5.覆水盆に帰らず


「それでは、どうぞ、アンダースン警部」
 意識を取り戻したアンダースン警部に怪傑ロロを渡すリジィ。もう片方の手にはあの絵が抱えられている。
「……あぁ、ごくろうじゃったのぉ」
 どこか薬が残っているのか、けだるそうに警部が答える。あっさり怪傑ロロを引き渡したリジィは、今度はアルドリッチ氏に向き直った。
「確認をお願いします」
 差し出した絵を、まるでこの上なく高価な宝石を取り扱うように受け取ったアルドリッチ氏に、リジィは悩んだあげく言葉を連ねた。
「―――この絵は、依頼されて盗むことになったそうです」
 その言葉にアンダースン警部とスワンが弾かれたように怪傑ロロを、そしてリジィを見た。
「依頼人はある哀れな婦人。アルドリッチ氏もよく知る方です」
 リジィは、自分がハンターとして間違った行動をしていることは承知していた。ハンターであるならば、依頼人との余計な不和の種は蒔くべきではないだろう。だが、それでも、リジィはどうしても言いたかった。
「その絵の一般的な価値があまり高くないことは氏もご存知のことと思いますが、その婦人はあなたにとって価値のあるものだからこそ、盗んでもらいたかったのだろうと思います」
 アルドリッチ氏は絵に間違いのないことを確認しながら、どこか上の空でリジィの言葉を聞き流していた。
「……アルドリッチ氏。婦人はあなたを、その絵の女性から取り戻すために、依頼をしたそうです」
 まっすぐアルドリッチ氏を見つめるリジィに、ようやく顔を上げた彼の視線がぶつかる。
「それは、本当かね」
 リジィは無言で今まさに部屋の外に連行される怪傑ロロを示した。
「……本当なのか、怪傑ロロとやら」
 自分に声をかけられたと知った彼はゆっくりと氏をにらみつけるように視線を定めた。
「私が依頼を受けたのは、ジャニス・アルドリッチ、彼女から夫を『命なき女』から取り戻して欲しいということだ。そのために女を遠ざけろ、と婦人は言ったね」
 その言葉にショックを受けたか、アルドリッチ氏が長いこと沈黙を続ける。
 まずったかな、ともぞもぞとリジィが身じろぎをした。
 沈黙に平然と耐えているように見えるスワンは耳だけはこちらを向いている。
 アンダースンは居心地悪そうに視線をあちこちに泳がせていた。
 怪傑ロロは、静寂を嫌ったヤードの手によって引き立てられて行った。
「……執事に話を通してある。彼から金を受け取ってくれ」
 搾り出すような声でリジィに答えると、アルドリッチ氏はそのまま絵を持って部屋を出た。
(言い過ぎたかな……)
 もうすこしひっそりとしたやり方もあったかもしれないが、婦人の名誉を傷つけることになってしまったかもしれないが、リジィにはこのやり方しか思いつかなかった。
「少し、やりすぎましたかね」
 近くに立っていたスワンに意見を求めてみる。
「あまり強いことは言えませんが、自分はそれで良かったと思いますよ。氏については、ですけど。できれば婦人の名誉まで考えて動ければ良かったかもしれませんけどね」
 見事にアメとムチをくれたスワンに小さく礼を言うと、リジィはその部屋を後にした。


「……というわけだったんですよ」
「あら、そうなの? まぁ、リジィちゃんったら可愛いんだから」
 サミーはにこにことリジィの頭を撫でる。
「あぁ、そうそう、リジィちゃん。帰って来たばかりでアレなんだけど、ちょっと手伝って欲しいことがあるのよ」
「はい、なんでしょう。ベルナルドくんのおもりか何か―――」
 軽い気持ちで答えたリジィは、サミーの真剣な顔つきに気付いて、口を閉じた。
「手伝ってもらおうと思うのよ」
 何のことかを聞くこともなく、リジィはそれがどんなことかを知った。
「もちろん、僕なんかでよければ。……それに、僕にまったく関係ない話でもないですから」
 リジィは努めてなんでもないことのように振舞った。
「散々迷ってたんだけどね、やっぱ人手が足りないのよ。アタシ一人だけだと……」
「そんなに責任感じることでもないですよ。姉さんも近くまで来てるみたいだから、急がなきゃならないのも分かりますし」
 リジィはサミーを慰めながら、自分の中でずっと膝を抱えていた何かがゆっくり立ち上がるのを感じた。
(ようやく、この手が使える)
 復讐という言葉を忘れたわけでもないが、足手まといという言葉も同時に存在していた。
 自分を苦しめ、両親を奪い去った人間のうち一人に、ようやくこの手も使って復讐ができる。
 相手が強大だというのは、本人に近い位置にいるだけによく知っていた。その影響力も十分思い知っている。
(―――だけど)
 自分がここで動かなくては、きっと自分の時間は何も知らぬまま目覚めた、……あの雨の朝のままだ。
「むしろ、参加させてもらえることを、感謝します」
 リジィは未だ迷いを見せるサミーの手を固く握りしめた。
「本当に、いいのね? ―――ディアナちゃんには怒られちゃうかもしれないけど」
「姉さんも、手紙の中で言ってましたし、大丈夫ですよ」
 そのセリフに、サミーは意外にも深いため息をついた。
「それなのよね。……それ、逆の意味なのよ。リジィちゃんがウチに来るって決めたときに、ディアナちゃんから『絶対にエレーラのすることに関わらせないように』って言われたのよ」
 これは、内緒だったんだけどね、とサミーが哀しそうに言った。
「汚れ役はひとりで十分だからってね、ディアナちゃんも頑固だから」
「姉さんは、確かに自分一人でしょい込もうとしますからね。……でも、僕の問題でもありますし、是非、手伝わせてください」
 リジィはサミーの目を見つめた。
「……そうね。リジィちゃんも当事者だもんね。いいわ、ディアナちゃんにはあたしが怒られておけばいいんだもんね。うん、手伝ってもらうことにするわ」
 サミーがにっこり微笑みを浮かべて、リジィの手を握り返した。
「ここじゃなんだから、奥で細かいことは話すわね」
 サミーはリジィの手を引いて道場の方へ歩き出した。
(ごめん、姉さん。でも、僕も……姉さんだけにはつらい思いはさせたくないんだ)


 後日、リジィがとうとう参加することを伝え聞いたディアナがどういった反応を示したか、それは台風と地震が一度に来た後のように荒れ果てた正義新聞出張所社長室が全てを語っていた。

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