第13話.嵐の前のエトセトラ1.お姉さんは大変不機嫌です「なぁ、ちょっくらディーに戻れや」 「はぁ?」 自分の中に燃え上がっている怒りを、なんとか閉じ込めていた彼女は、不機嫌な声で答えた。 これから印刷する新聞をトン、トンと揃えて机にそっと置いて、辺りを伺う。どうやら、声の聞こえる範囲内には人はいないようだった。 「ねぇ、アニキ」 「なんだ?」 「熱でもあるの?」 アニキと呼ばれた男――筋骨たくましいその身体に似合わず、さっきから、ちまちまと木工細工に手を加えていたマックスは、右の眉を軽くあげた。 「ねーよ。……ったく、いつまで不機嫌でいる気だよ。こっちの計画が狂うっての」 「それと、さっきの発言と関係あるの?」 あくまで冷ややかな声を出す彼女に、マックスはわざとおおげさにため息をついて見せた。 「だーかーらー、適当な賞金首ぶんなぐって、とっととガス抜きして来いっての。ランクBハンター、ディアナ・キーズはまだ使えるんだろ?」 「……確かにまだハンター証の期限はあるけどね。それでも―――」 そこでディアナは言葉を切って、座っているマックスの向こうにある窓を見た。窓越しに、月明かりに照らされた小さな庭が見える。 「それでも?」 マックスが促したところで、ようやく言葉の続きを口にする。 「それでも、怒りはおさまりそうにないし、第一、着てく服もないし」 冗談まじりに答えたディアナに、にやり、とマックスは笑みを浮かべた。 「それなら問題ねーな。『アネキ』のトコに寄って行けや」 「え?」 「『ディアナ』の服はかさばるから、全部向こうに渡したって、……言わなかったか?」 「き、聞いてないわよ、そんなの!」 「手元にあるランクCの賞金首の目撃情報もあっちなんだよな。あー、アネキん道場の若いの片っ端から沈めてみるってのもアリかなー」 「……」 それでもかたくなに首を縦に振らないディアナに、マックスはとっておきの言葉を吐いた。 「ついでに、弟と直接ハナシつけて来いや」 「―――いじわる」 「こーゆーのは、『親心』って言うもんだ」 「アニキが言うと『下心』に聞こえるから不思議ね」 「ま、ほれ、とりあえず行って来い。……あのフェリオとか言うハンターには、気づかれねぇようになー」 その言葉に、ディアナの脳裏に黒髪のハンターの姿が浮かび上がる。そして、彼女は大げさに、肩でため息をついて見せた。 「無理ね」 「あぁん?」 「だって、もう向かってるもの」 「……どこに」 「兄さんから情報が流れて来たでしょ? ヤードでも、次の大きなターゲットは目星がつけられてるって」 「あー、もうラストだしな、アイヴァン関連は」 「アンダースン警部も無能じゃないし、ね。……そういうことで、ヤードにツテがあるのかどうか知らないけど、フェリオのヤツも同じ情報手にして、意気揚々と向かったハズよ。シーアに言った言葉が正しければ」 マックスは作業していた木工細工を、コトン、とテーブルに置いた。 「なん……っでハンターってやつは、こー、無駄に情報持ってやがんだ」 「生活の為だから仕方ないわね。……ま、いいわ。向こうで会ったとしても、何もして来ないだろうし」 「あん?」 「もう、あらかたこっちの布陣もバレてるんだから、今更ジタバタしないでしょ」 「そりゃどーかな。今度の相手は本気で大物だからな、トチ狂って止めようとでもすんじゃねーか?」 「耳を貸すあたしだと思う?」 「……そりゃねーわな」 「それに、あたしを行かせるってことは、どうせすぐにアニキも来るのよね? だったら元々どうしようもないことだもんね」 「そうだな、『式典』も近いし」 ディアナはぐぐっと両手を上げて伸びをした。 「行くわ。サミーお姉ちゃんの所だったら、それなりに腕のある人もいるんでしょ?」 「……あぁ、んじゃ、とりあえず、これがランクC賞金首の情報だ」 マックスは引き出しか数枚の紙片を取り出した。 「ふぅん、主に旅人をターゲットにした盗賊、ねぇ」 ディアナは猫科を思わせるような表情で、薄く笑った。 | |
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