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第13話.嵐の前のエトセトラ

 3.物事は時に最悪の方向に転がります


「これ、お願いしますぅ~」
 もうそろそろ昼メシ時だなぁ、とぼんやりしていたヤードの職員は、ほやほやしたその声に現実に引き戻された。
「え……と?」
「賞金首、ですよねぇ~?」
 声の主はフリルたっぷりのピンクのスカートを身につけた、まるでお人形さんのような女性だった。ふわふわと波打つ金色の髪といい、混じり気のない空色の瞳といい、一級品と言ってさしつかえない。
「あ、はい、えーと、顔、見せていただけます?」
 職員のセリフに、女性は「よいしょ」という掛け声とともに、カウンターに向かって引きずってきた男の顔を突き出した。
「ランクCのぉ、ヴィクター・オーレリーですぅ」
 その言葉に、もっと下のランクGのファイルを手にしていた職員は、あわててランクCとラベルの貼られたファイルを持ち出した。
「えーっと……。あ、ありました」
 手配書の顔と見比べ、さらに、身体的な特徴が合っているかどうかをチェックする。
「では、お預かりいたします。ハンター証はお持ちですか?」
「はぁい」
 提示されたカードを確認した職員は、「では、手続きが終わり次第、お呼び致しますので、あちらでお待ちください」とマニュアル通りに口を動かした。
 若い職員を呼び、賞金首に手錠をかけたところで、ようやく大きなため息をつく。
(ランクBだって?)
 心の中では絶叫に近いのだが、それを表に少しも出さないのは流石と言えた。彼の目の前のカウンターには、ディアナ・キーズと書かれたハンター証が置かれたままになっていた。
―――一方、ディアナは手続きが終わるまで、どこで時間を潰そうかと考えていたところを、意外な人物に捕まっていた。
「どうも。お久しぶりです」
 声を掛けられて振り向けば、ヤードの制服をきちんと着こなしたスワンの顔があった。さらさらの栗色の髪に優しげなはしばみ色の瞳は、相変わらず柔らかい印象を与える。
「えぇっとぉ、ピエモフさんでしたよねぇ~? ……警部になったんですねぇ、おめでとうございますぅ~」
 内心の動揺を押し殺し、にっこりと微笑んだディアナは彼の肩の階級章を見た。
(キャリア組とはいえ、早いわねぇ)
 巡査から数階級すっ飛ばしての昇進は、キャリア組にとってはどれぐらいの躍進なのかは分からないが、とりあえずの話題としては打ってつけに思えた。
「いいえ。警部とは名ばかりで、今は警視にくっついて回っているだけですよ。―――弟さんから、ハンターを辞めたようなことを聞いたんですが、まだ続けられていたんですね」
「あ~、あはは~、そのつもりだったんですけどぉ、とりあえず身分証明書としてのハンター証は捨てがたいですからぁ~」
 本当にそれだけの理由でランクCの賞金首を狩ったとなると、ランクC以下のハンターが不憫に思えてくるのだが。
「いやぁ、でも丁度いいところに。実はハンターの方に聞きたいことがあったんですよ。ちょっと時間いただけますか?」
 ディアナの近況を尋ねるわけでもなく、スワンはすぐさま自分の本題を切り出した。
「えぇっとぉ、手続きの最中なのでぇ、呼び出しが聞こえるところにいないといけないんですよねぇ~」
「あ、そんなに時間かかりませんし、なんでしたらここでも充分なんですよ。……キーズさんさえよろしければ」
 スワンの提示した条件は、特にディアナに不利益をもたらすものでもなく、ちょうどいいヒマ潰しになるかと考え、彼女が頷こうとしたその時、
「―――ピエモフ警部」
 遠くの方からとても聞き慣れた声がして、ディアナの身体がびくっと震えた。
「はい、ウォリス警視」
 振り向いたスワンの背中に、ディアナは恥もへったくれもなく隠れた。とはいえ、いつぞやのように、彼女のふわふわしたスカートはスワンの影からはみ出ている。
「……あぁ、例の新案のために情報収集をしていたのか。邪魔をして済まない。邪魔ついでにナンだが、後ろの『それ』をちょっと貸してもらえるか?」
 スワンは、気配でディアナが自分の背中に隠れていたことを悟っていたため、どうしたものかと首を傾げた。
「えーと、そうですね。……キーズさんさえよろしければ」
「ダメですぅっ!」
 どうやら、意地でも彼の背中から出たくない模様である。
「……ディアナ。困るのはわたしでもお前でもない。何の罪もないピエモフ警部だぞ?」
 ウォリスの声に、ディアナは観念したか、横にそろり、と足を出す。
「え~っとぉ、そのぉ、私はモノじゃないので、貸し出されるのはちょっとぉ……」
「ディアナ」
 半眼で彼女を見つめるウォリスに、おずおずと、まるで警戒心剥き出しの野良猫のように慎重に近付くディアナは、スワンの斜め前、ウォリスが手を伸ばしてもギリギリ届かない所で足を止めた。
「ちょうどいい所に来たものだ。シーアについて確認したいことがあったのでな。……もちろん、シーアのことは知っているな?」
「はい~、よく会いますよぉ~。最近は単語もかなり増えて来ましたしぃ~」
 どうやら叱られるのではないと分かって、ほっとした所に、「ディアナさん。ディアナ・キーズさん」と、ヤードの職員の呼ぶ声が聞こえた。
「あ、ごめんなさいぃ~、ちょっと失礼しますぅ~」
 渡りに船とばかりに急いでカウンターに向かうディアナ。
「……あの、ウォリス警視」
「なんだ」
「キーズさんと知り合いなんですか?」
「あぁ、ちょっとした縁でな。まぁ、何故か向こうはあんな態度だが」
「……はぁ、どう見ても、恐がられていますよね」
「そのようだな」
「それと、先ほどの話は、もしかして国主のメイドの件ですか?」
「あぁ、生まれ等が原因で、仕事が見つからない人間がいたら紹介して欲しいと言われたからな」
 この国ウェルフォントはほんの三〇年前まで、内乱に次ぐ内乱で疲弊しきっていた。武力にもの言わせる軍部と、あくまでも王の血にこだわる貴族の間で、近隣諸国まで巻き込んだ小競り合いが、何十年という長い間続いていた。
 それを見事治めたのが、今の国主であるティタニエ・ユッカであった。軍人でも貴族でもなく、名もない平民の彼は、内乱に疲れきった平民の心を掌握し、自らの才能を武器に瞬く間に軍部と貴族を黙らせた。
 ほんの数年前にも、北西部を襲った大地震という自然災害に対して、その才覚を発揮し復興を図った彼は、民衆から絶大な支持を受けている。
「でも、何もこんな時期に斡旋しなくても―――」
「こんな時だからだ。シーアには悪いが、ここはヤードの信頼度を上げて、なんとしても警備に食い込まねばならん」
 エレーラのターゲット候補に、国主ティタニエの名が挙がったのは最近のことだった。
 最初に正義新聞の記事に気付いたのは、アンダースン警部だった。二年前の正義新聞の記事に特集が組まれていた『アイヴァンで儲けた悪魔』と題されたその記事には、これまでエレーラのターゲットとなり、その過去を暴き出された人間の名前――正確にはイニシャル――と、そして『某国の英雄T』と書かれていた。そこからすぐにティタニエの名が挙がり、こうして首都セゲドに一番近い支部のある、隣の都市ヘイドンに緊急対策本部を置いているのだった。
「それにしたって……」
「ピエモフ警部。わたしはシーアという人間を知っているが、このようなことで潰れるほど弱くはない」
(それに、シーア自身がエレーラの布石だからな)
 マックスの策に乗るようで気分は悪いが、仕方がなかった。こういう策略については、どうしてもマックスの方が一歩先を行くのだ。いや、彼の場合は「わるだくみ」というのだが。
 と、ディアナが逃げ出さないようにと彼女の姿をずっと目で追っていたウォリスが、「ちっ」と舌打ちをした。
「虫がいるな」
 これまで、ウォリス警視の真面目な部分しか見たことのなかったスワンが耳を疑った。まさか、あの警視が、舌打ち? いや、それはともかく虫っていうのは……
 ウォリスの視線の先を見ると、ちょうど、ヤードの職員からハンター証を受け取るところだった。だが、いつの間にか、その斜め後ろにボサボサとした黒髪の、見るからに鍛え上げられた男が立っている。
「おや、確かあれは、フェリオ・ドナーテルさんでしたっけ。弟さんがいないから、今がチャンスなのかもしれませんね」
 アンダースンから一部始終を聞いているスワンが何気なく口にしたセリフに、ウォリスの唇の端がわずかに持ち上がった。
 スワンの知る『一部始終』というのは、あくまでアンダースンの目から見た情報であり、そこにウォリスの名前が出ることはない。もちろん、ウォリスとディアナの本当の関係を知っていれば、スワンもそんなことは口にしなかっただろう。
 と、ディアナに引っ付いてやってくる『虫』が、ウォリスの姿を見てぎょっと驚いて立ち止まった。だが、気を取り直したのか、すぐさま元通りにディアナの隣につく。
「えーと、ウォリス警視、お久しぶりです」
 もちろん会話をしたのは随分前――リジィがフェリオのことを『ディアナにコナかけてる男』と紹介した時だったが、互いの印象があまりに強過ぎて、顔を忘れることなどできなかった。
「いい加減に諦めたらどうだ」
 開口一番、ウォリスが直接攻撃を放った。
「いやぁ、これがなかなか難しいもんですよ」
 少しばかり引きつった笑いを浮かべ、フェリオはあっさりと迎撃ミサイルで撃ち落とす。
「えっとぉ、シーアの話をしてたのよねぇ~?」
 慌ててディアナが割って入った。このままズルズルと牽制攻撃の只中には居たくないという強い願いとともに。
「あぁ、そうだったな。シーアの言葉遣いは特に問題ないという話だったが」
「はいぃ~。まだ分からない言葉はありますけど、あらかた問題ありませんよぉ?」
 フェリオは、何故シーアの話題になっているかが気になるのだが、相手がウォリス警視である以上、うかつに口は挟めなかった。仕方なく、ディアナの斜め後ろで会話の流れを掴もうと傍観者に徹している。
「小間使い程度なら問題ないか?」
「家事全般はぁ、ちゃんと仕込んでありますしぃ、元々、飲み込みの早い子ですからぁ~。……ただ」
「ただ?」
「シーアの生まれ育った所が特殊なものでぇ、それを理解してくれる雇い主がいーなぁ~って思いますけどぉ」
「あぁ。それか。カスタリア高地だったか?」
「はいぃ、そこの一部族ということらしいんですけどぉ~」
 カスタリア高地というのは枕詞に『未開の』とか『原初の』などと付けられてしまうことからも分かるように、自然に近い部族がいくつも集まっている高山地帯である。山一つ越えれば別の部族のエリアといった感じで、いくつもの小部族が存在しているが、彼らのほとんどが共通語を解さず、独特の言語を持っている。
「ええと、そんなに問題のある慣習でもあるんですか、警視?」
 フェリオと同様にそれまで傍観していたスワンが口を挟んだ。
「あぁ、ちょっと第一印象がな」
「未婚の女性はぁ、誰にも顔を見せちゃいけないっていうからぁ、仮面かぶってるだけよぉ?」
「仮面……ですか」
 予想外の答えに、スワンが変な顔をした。
「その点については国主に事前に確認をとってあるから心配はないが、同僚との関係はツラいだろうな」
 ウォリスはむぅ、と考える姿勢を見せる。
「でもぉ、その点についてはシーアも避けられない問題だしぃ~」
「そうだな。元々、懐の広さを示すために身体障害者を雇用しているぐらいだ。そうそう軋轢も生まれんだろう」
 ウォリスが「では、いまの情報も含めて正式に推薦しておこう」と結論づけた時、バタバタとヤードに入って来る人影があった。
「アンダースン警部?」
 スワンの言葉通り慌ただしく入って来たのはアンダースン警部だった。よほど急いでいたらしく、くたびれた薄茶色の外套をくしゃくしゃにして、小脇に抱えている。
「ウォリス警視、それにピエモフ警部。昨晩、レジスタンスが公邸で捕まったという話は―――」
 と、二人のハンターを見てピタリ、と口を閉ざした。どうやら部外秘の話らしい。
「あぁ、私たちはぁ、離れてますねぇ~?」
 ディアナはフェリオをせっついてヤードの三人から離れた。
「おい、ディアナ。なんで『お前が』いるんだよ」
「だからぁ、さっきも言ったでしょぉ? 話す必要はないってぇ」
 フェリオの問いに、ディアナはやれやれ、と肩をすくめた。
「それじゃ、やっぱり次のターゲットはアレなんだな?」
「……スワンくんがね、警部になったのぉ。知ってたぁ~?」
 ディアナはまったく別の話題を振った。
「そうやってはぐらかすってことは、やっぱりそうなのか」
「やっぱりぃ、キャリア組ってすごいわよねぇ? 研修期間終わったら、すぐに警部だものぉ」
「悪いことは言わねぇけどよ、やめとけ」
「そうそう、スワンくんがぁ、ハンターとしての私に聞きたいことがあるって言うからぁ、フェリオも参加しないぃ~?」
 ディアナはにっこりと笑みを浮かべた。
「ディアナ、それとドナーテル。ちょっと来てくれないか」
「はいぃっ!」
 遠くから聞こえたウォリスの声に、ディアナはびしっと気をつけ、の体勢をとった。
 パタパタと三人の方へ戻ると、ウォリスが渋面を作って待っていた。
「二人ともランクBのハンターだったな。同業のハンターについての情報はどれぐらいある?」
 ウォリスの表情に何を察したか、ディアナも同じように真面目な表情で「仕事上、必要な範囲でしたらぁ~」と答える。
「昨晩、国主の公邸で、レジスタンスのスパイと思われる人物が捕まった。今は牢に入れられているらしいが、ヤードに情報を流す気配はない。アンダースン警部の粘りでなんとか情報が入ったが、……外見のみだ」
「……それで?」
 今度はフェリオが促す。
「レジスタンスそのものではなく、レジスタンスに雇われたハンターの可能性がある。外見的特徴だけでどれぐらい絞り込める?」
「その特徴によって変わりますけどぉ~。それで、どうするんですかぁ?」
「二人の知る範囲で上がったハンターの最近の動向をチェックします。ここ近辺で賞金首の受け渡しをしたか、現在位置が把握できるかを調べて、振るいにかけられた人間の情報だけを国主に渡すことになります。国主側に少しでもヤードの有用性を知ってもらわなければなりませんから」
 スワンが淡々と語るものの、ディアナとは決して目を合わせようとはしない。隣のアンダースン警部も同様だ。
 ディアナは、何故ウォリスがわざわざ回りくどく呼び寄せたのかを、しっかりと理解した。この情報を自分に伝えるためだと。
「それでぇ、特徴っていうのはぁ~?」
 ディアナはことさら普通と変わらぬ口調で、メモを持つアンダースン警部に尋ねた。彼のメモの内容もあらかた察しがついていた。
「そいじゃぁ、読むけぇのぉ。年齢は二〇代前後。髪は金、目は青。白い肌の優男、ということじゃ。名前は……偽名じゃろうが『トマス・マクグルー』となっておるわい」
 フェリオが何かを言うよりも先に「まぁ、リジィちゃんそっくりぃ~」とディアナが声を出す。
「……わしらも、ついさっき気づいたわい。まぁ、ハンターがレジスタンスの手先になっとることも」
「あるかもしれねぇぜ。ハンターに回ってくる仕事はそれこそ千差万別だ。仕事の善悪を選ばねぇハンターも多いぐらいだし、何より目的を隠して依頼をする人間だっている」
「そうねぇ~。リジィちゃんもまだまだ世間知らずだしぃ~」
 心配だわぁ~、とディアナが呟く。
「……そういえば、弟さんとは別行動になったんですね」
「そうよぉ~? あんまり巣立ちを送らせてもいけないでしょぉ?」
 さらさらと嘘をつくディアナを、内心、舌を巻いてフェリオが見つめた。
「えぇっとぉ、書くもの貸してもらえますぅ~?」
「あ、自分が書きますから、名前を言ってもらえますか?」
 元々ディアナに意見を聞くつもりだったスワンが、手近なカウンターで素早く書く体勢を整えた。
「ん~とぉ、金髪碧眼二〇代前後の若い男で顔がいい人はぁ~」
 ディアナが中空を見つめる。
「ランクBのアラン・スパニエルにぃ、ランクCのドギー・コーストでしょぉ、ランクCのユエイ・メズエラとぉ、ランクCのコール・ジジエラも金髪でぇ、あとランクCのアレクサンドラ・ウィルマンは女性なんだけどぉ、常に男装してるからぁ、可能性としてはアリかしらぁ~。それとぉ……」
 淀みなくハンターの名前を連ねる彼女に驚きを隠せないながらもスワンが次々と書き取っていく。フェリオも目を丸くして見ていたが、途中で諦めたように「オレの出番はねぇな」と呟いた。
「っとぉ、そんなところかしらぁ? ランクD以下のハンターはぁ、資料がシーアのところに預かってもらってるからぁ、後で持って行かせるわぁ~」
「すまないな。……では、アンダースン警部。とりあえず、今のハンターの居所を洗ってくれ。何人かオフィスで暇そうにしていたから、使ってもらってかまわない。ピエモフ警部は、新案の用事が終わり次第、アンダースン警部を手伝うように」
 ウォリスはビシビシと命令を出すと、そのままくるりと背を向けた。
「それでは、アンダースン警部。こちらをお願いします。自分も用事が終わりましたら、すぐに手伝いに行きますので」
「おー、第二でやっとるけぇのぉ」
 アンダースン警部はスワンからメモを受け取ると、ハンター二人に軽く挨拶をして離れていった。
「えーと、では、お付き合いいただけますか? たいして時間もかかりませんので」


「なぁなぁ、アレってリジィじゃねぇのか?」
 うざったい、という言葉を久しぶりにディアナは思い出していた。
「それに、下手すりゃ拷問してでも聞き出そうとするぜ? この国のおエライさんだって、うすうす感付いてるんだろうしよぉ」
 ディアナは横にひっついて離れないこの男について、頭の中で百通りの黙らせ方を考えた。
「なぁ、無視すんなよディアナ」
「……ピエモフ警部の新案、結構こき下ろしてたわね」
 ようやく口を開いたディアナに、フェリオは肩をすくめた。
「ハンターとヤードの連携ってやつか? そりゃ無理な話だろ?」
「実現すれば、ハンターはヤードの下っ端扱いになる、なんてよく断言したわね」
 もはや『ディアナ』を装うこともせず、ディアナはフェリオの方を一度も見ずに歩いている。
「そりゃぁな。元々ヤードだけで立ち回れないから、ハンターなんて制度を作ったのに、それが思った以上に役立ちそうだからヤードの下に来いってこったろ? まぁ、あの巡査、じゃなかった警部がどこまで考えてるかは知らねぇけどな」
「新聞社の手先になってるだけで、ダファーの扱いもアレだもんね」
「ハンターの中にゃ、プライド高ぇヤツも多いからな。ヤードの手にはあまるだろ」
「そう言うフェリオも、相当なものでしょ」
「オレのことはいいさ。……リジィのことだ」
 それまで早足で歩いていたディアナの足がぴたり、と止まる。
「ねぇ、フェリオ」
 彼女は、1オクターブ低い声で男の名前を呼んだ。最後通告のつもりで。
「ん、なんだ?」
 まったくこちらの意図を無視するフェリオに、ディアナはわざとらしくため息をついて見せ、長い金髪をかきあげた。
「ちょっとさぁ、ウザいからどっか行ってくんない? それともなに? アニキのとこまで来るワケ?」
「う、ウザいってお前、それひどくないか?」
「それとも目当てはシーア? 残念ね、あの子、もうすぐ国主のところでメイドになるっていうのに」
「おい、ディアナ?」
 さすがにトゲトゲしい彼女の様子に、何か変だと感じたのか、フェリオが慌てて名前を呼んだ。
「……間違えたわ」
「はぁ?」
 ディアナはうつむいた。泣いているのかと、フェリオが覗き込んだ瞬間、彼の身体中に激痛が響いた。
「……ん、ぐっ!」
「言葉で何とかしようとせずに、最初からこうすればよかった」
 それは、ディアナの声ではなく、昔の『ディー』の口調で。
「お、おい、ちょ、待て」
 なんとか言葉らしきものを紡ぎだせるようになったフェリオが見たのは、とても遠くに見える彼女の背中だけだった。
(……ちっくしょ~)
 とりあえず、前のめりにしゃがみ込んで、蹴り上げられた箇所の裏側を拳でトントンと叩く。この上もなく情けない姿で、フェリオはディアナを見送るしかなかった。


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