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第13話.嵐の前のエトセトラ

 4.覚悟なんてできません


「あー……。そりゃ、シーアの入城待ちだな」
 事情を話した後のマックスのセリフに、ディアナは沈黙で返した。
「ディアナ。分かってるとは思うけどよー。今ここで荒事起こすわけにゃいかねーんだよ」
「分かってるわよ」
 静かに答えるディアナの目は、まったく正反対のことを語っている。
「でも、レジスタンスの疑いで捕まったのなら、……拷問、ということも有り得るから」
「全部、承知の上だろ。サミーはリジィにちゃんと覚悟を聞いた。覚悟できてねぇのはお前だよ」
「……当たり前でしょ。自分についての覚悟しかできてないわよ」
 ディアナは、ソファに腰かけたまま、握り拳を作る。
「とりあえず、シーアが中に入ってからだ。完全にレジスタンス扱いとなりゃ、こっちもそれに乗ることになんだろーけどな」
「それは、少し早目に、レジスタンスの方を潰す、ということですか?」
 口を挟んだのは、ディアナの向かいに座るダファーだ。
「そうなるな。元々、発覚後の暴動を避けるために、レジスタンスを潰してから行動するつもりだったんだしー? それがちょっと早くなって、多少細工が必要になったって程度だな」
 マックスの言葉に、ディアナがハッとする。
「それは、レジスタンスのアジトに、リジィちゃんを雇った証拠を紛れ込ませる、ってこと?」
「他に何かあるかー?」
(それは、リジィちゃんのハンター歴に傷つける、ということ)
 ディアナは、握り拳にぐぐっと力を込める。
 だが、代替案があるかと言われれば、それ以上の策などないようにも思える。
「ディー?」
「……ちょっと、頭冷やす時間ぐらいはあるわよね。シーアの入城はいつだっけ?」
「明後日、の予定だ。けど、明日はウォリスの所に顔見せあるぞー?」
「そっか。それもあったわね」
 ディアナはひらひらと手を振った。
 一応、ディアナがランクDのリストアップが頼まれた以上、シーアにそれを持たせなければ。
 だが、正直なところ、ディアナはそんなちまちまとした作業ができるような精神状態でもない。
「ダファー。今、ヒマある?」
「はぁ、今はシーアさん待ちですからね。……何か?」
「あたしの代わりにリストアップやってくれる? 金髪碧眼で顔の良いハンターの」
 自分のデスクで何やら書き物をしていたマックスが、軽く眉を上げた。
「構いませんよ。社長の手伝いするよりは全然マシな作業ですから」
「とりあえず、ランクC以上は口頭で伝えたから、ランクD以下をお願い」
 ディアナは立ち上がると、戸棚から『ハンター』と丸文字で書かれたファイルを取り出すと、ソファテーブルの上に置いた。
「アニキ、あたしはサミーお姉ちゃんに報告して休むわ。また明日」
 感情を見せずに声を出すディアナを、マックスが苦々しく見つめる。もちろん、理由など分かりきっているし、他人が口出すことでもない。
「ディー、お前は―――」
「大丈夫。あたしはアニキ達を信じてるから」
 なぐさめをキッパリと拒絶して、ディアナはくるりと背を向けた。
―――と、「ディアナさん」とダファーから声が飛んだ。
「時間がありましたら、夕方あたりにここへどうぞ」
 渡された紙片には、『トライペッド亭』と書かれていた。その下には簡略化された地図がある。
「……そうね。時間があれば」
 何を意図したメモかは分からないが、とりあえずディアナは取っておくことにした。
 そして、今度こそ振り向かずに出張所を出て行った。
「ありゃ、ヤバイかもな」
「そうですか? 比較的、冷静に見えますが」
「どあほ。ディーがあんな風に身内のことで冷静になるのは、逆にマズいんだよ。下手すりゃ、また繰り返しだ」
「あぁ、ウワサの弟子入りしたばっかのディアナさんですね。もう完全に心を閉ざした状態だったとか」
 ダファーのセリフに、マックスはデスクにあった紙をくしゃり、と丸めた。
「……ある意味、リジィが最後の砦だからなー。マズったかなー」
「そんなこと言っても、もう捕まってしまったものは仕方ありません。それに、丁度いい所に案内しましたし」
「何渡したんだ?」
「秘密です」
 しばし睨み合うマックスとダファー。この二人は、師弟関係というには、あまり上下がないように見える。
「どうせ、社長やサミュエルさんには泣きつけないでしょうし、ウォリス警視も忙しそうですからねぇ」
「……つまり、ある程度事情を知って、ディーが泣きつけるヤツって」
「まぁ、泣きつくと言うよりは、八つ当たりになるんでしょうけど」
「……あいつか」
「たぶん、そいつです」
 苦虫を噛み潰したような顔を見せ、マックスは不機嫌を露にするように舌打ちをした。
「なんでしょうか。まさか、ディアナさんの恋愛の自由まで奪う、なんてケツの穴の小さいことでも、……言うつもりですか?」
 いつもの微笑みとは違う、すこし意地悪い笑みを浮かべたダファーがマックスに問いかける。
「なんだ? いつもの仕返しか?」
「いやですねぇ。仕返しだなんて、そんなそんな。わたしはただ、社長のそういう顔が見たいだけですよ」
「お前は、いつからそんなワルになったんだろうなー」
「そりゃ、近くに手本がいますから。……とびきりの」
 もはや、マックスはぐうの音も出なかった。


「あー……」
 心配されている当の本人は、サミーの母屋の屋根で寝っ転がっていた。
 青空の中を流れていく雲が、ゆっくりと、だが確実に自分を置いて行くような錯覚さえ感じたが、今はどうでもよかった。
(失敗、しちゃったかなぁ……)
 ここに戻ってすぐにリジィのことを報告した時の、サミーの顔がまだ頭の中をちらついている。
 果たして自分はそんなにひどい顔をしていたのだろうか。あの場所に鏡もなかったために、どんな表情で話をしていたのかさえ分からない。
(心配そうな表情だったけど、その対象は、あたしかな、リジィちゃんかな)
 サミーのあんな顔を見たくなかったから、疲れていることを理由に道場に行くのをやめた。
「あーあー……」
 意味もなく声を出しながら、空を見上げる。相変わらず雲は流れ、自分一人が置いてけぼりだ。
「おねえちゃん? なにやってるの?」
 声をかけてきたのは、サミーの息子、ベルナルドだった。サミーに似た茶色のクセっ毛と、奥さんの方からもらったタレ目が、紛れもなく二人の子であると、公言してやまない。
「ベルちゃん、おいで」
 上半身を起きあがらせて、ベルナルドの方に振り向くと、ディアナは両手を広げてみせた。
「おとうさんに、おこられるよ? あぶないとこに、いったらダメって」
 とは言うものの、彼はそっと窓をくぐって屋根の上に足を乗せた。
「あたしが代わりに怒られてあげるから」
 伸ばされた手を掴み、ベルナルドはディアナの横まで這って来ると、そこでごろん、と横になった。
「そら、きれいだねー」
「そうねぇ……」
 二人はしばらく無言のままで、空を見上げた。ベルナルドの方も、屋根に出てくるのは初めてではないのだろう、ディアナの腕を軽く掴んでいるものの、リラックスして寝転がっている。
「おにいちゃんは、いつかえってくるのかな」
 何気ない一言に、ディアナが身体をこわばらせた。
「あれ、おねえちゃん、さむいの?」
「うん、ちょっと冷えちゃったかな~」
 と、自分の首筋に手をあてるディアナは、さっきとは別人の顔で空を睨みつけた。
「ベルちゃんは、リジィちゃんのこと好き?」
「うん。だって、おにいちゃんスッゲェんだぜ。ゼインのおじちゃんも、かなわねぇって、いってたし。それに―――」
 ベルナルドの話を聞きながら、ディアナは別のことを考えていた。
 リジィを『レジスタンスの雇われハンター』として偽装すると、リジィのハンター歴に傷がつくだけでなく、『仕事を選ばないハンター』となれば、この道場での人間関係も崩れてしまうだろう。ゼインも真っ当なハンターだからこそ、リジィを見とめているフシがあるし、ベルナルドもリジィの中に「正義の味方」を見ている印象を受ける。
 だが、現時点で、リジィの生命を優先させた場合には、それが最も有効で楽な手段だ。それが、これまで築き上げた、たくさんのものを失わせることになっても。
「おとうさんとも、ゴカクなカンジだし、スッゲェつよいんだ」
 熱を入れて喋るベルナルドに視線を移す。誇らしげにリジィのことを話す彼も、失望してしまうのか、と。
(……させたくない)
 ディアナは、がばっと起き上がった。
「おねえちゃん?」
 隣で上半身を起こしたベルナルドを、有無を言わさずぎゅっと抱きしめる。
(大丈夫。大丈夫。絶対助かる。絶対助ける!)
 ともすれば悲観的になってしまいそうな自分を抑え、ディアナは呪文のようにつぶやいた。
「……えっと、おねえちゃん?」
「うん、よし! 元気出たっ! やるぞーっ!」
 ぐっ、と拳を握りしめ、カラ元気を振りまくディアナを、ベルナルドは不思議そうに見上げていた。

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