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1.出会いの冬

 4.謎の男


 ミーナの家を出た荷馬車は、そのまま領内を進んでいく。
 陽も落ちようかという頃に到着したのは、丘の上に立てられた石造りの城だった。いや、城というよりは、石造要塞と形容した方が正しいかもしれない。有事の際には、砦として使用されていたものを住み良いように改築したものだ。
 門の前に荷馬車を止めたウィルが、御者台から降りて呼び鈴代わりの鐘を鳴らした。カランカラン、という割れた音が響くと、ほどなくして(かんぬき)が上がった。

「お帰りなさいませ」

 ランプを片手に姿を見せたのは、二十代ぐらいの女性だった。鉄錆色の髪を1つにまとめており、その容貌はふっくらとしている。いや、ふっくらとしているのは、その腹もだった。

「ごくろうさま、シビントン夫人。何か変わったことはありましたか?」
「手紙が何通か来ております。―――その子は?」

 ぼんやりと城を見上げていたアンジェラは、シビントン夫人がこちらを見ているのに気付いて、慌てて視線を戻して頭を下げた。

「はい。事情があって引き取ってきました。待望の後任ですよ。色々と教えてあげてください」
「後任、ですか。ですが、今日はもう遅いですね。また、明日からでもよろしいですか?」
「もちろんです。遅くまで居てもらってすみませんね」

 一礼して門を出ていく夫人は、妊婦であることを感じさせない足取りで丘を下っていった。

「彼女は通ってくれている人でしてね。……実は、この城は夫人一人しか雇っていないんです」

 ウィルの言葉に、少女が彼を振り仰いだ。その瞳には驚愕の色が混じっている。

「さて、私は馬を厩舎につないで来ますので、ここで待っていてください」
「はい、だんな様」

 門の近くに止めた荷馬車から馬をはなすと、ウィルはその馬を労いながら宵闇に消えていった。

「……」

 一人残されたアンジェラは、ぼんやりと城を見上げた。今日からここが新しい住処なのだ、と。
 新しいだんな様は、まだ帰ってくる気配はない。手持ち無沙汰になって、何か自分にできることはないだろうか、ときょときょとと周囲を見渡して、荷馬車の中に荷物があることを思い出した。

「運んだ方が、いい、よね?」

 誰にともなく呟くと、荷台の後ろから木箱をずるずると引きずり出す。
 大きな木箱は少女の手にあまる。だが、何とか指をひっかけて、ぐいっと持ち上げることができた。思っていたよりも重いが、この中のほとんどは自分に買い与えられた衣類だ。自分が運ぶべきものだろう、と考える。

「よい、しょっと」

 木箱に視線を塞がれてしまったので、城の玄関に向かって横向きに歩く。玄関の前には2、3段の階段がある。それが、最後の難関と言えた。
 アンジェラは階段の前で少し足を止め、腰に木箱の重心を乗せるようにしながら片足を浮かせる。まずは一段。
―――と、ふいに木箱が軽くなった。

「私が運びますから、構いませんよ」

 戻ってきたウィルは、軽々と木箱を取り上げて、片手で持ちながら玄関の扉を開けてしまった。せっかく見つけた自分の『仕事』を取られた形になったアンジェラは、少しうらめしげに、新しいだんな様を見上げる。ウィルはその視線に、さっぱり気付いていなかった。

「左奥の部屋に行っていてください。私はこれを上に運びますから」

 玄関ホールの真正面にある階段を、スタスタと上って行ってしまうウィルを目だけで見送ってから、アンジェラはぐるりと中を見渡した。

「……広い」

 こんな場所を、あの妊婦さんは一人で切り盛りしているのだろうか。
 前のご主人様のお邸は、ここよりも狭かったけれど、それでも使用人・召使い・執事・下働きなど、たくさんの人が働いていた。それなのに、ここは一人だけだと言う。

(今度のご主人様は、ケチな人なのかな)

 アンジェラは、指定された部屋へと向かうことにした。
 今のだんな様は優しいけれど、いつ豹変するか分からない。どこに落とし穴が待っているか分からない。先に行くようにと言われた先に、何が待っているかも、何もかもが分からないことだらけだった。

「……失礼します」

 扉をそっと押すと、中から乾いた温かい風が頬を撫でていった。
 ぱちぱちと薪がはじけている暖炉。きれいな絨毯とソファ。そして、壁にかけられたタペストリー。
 前の邸とあまりに質の違う、いわゆる高級そうな雰囲気に、アンジェラは入り口に立って、ぼぉーっと見惚れてしまった。

「どうぞ、中に入ってください」

 後ろから声をかけられ、びくっと身を震わせたのは、その気配に気付いていなかったからだ。もちろん、声をかけたのは「新しいだんな様」である。

「お茶でもいれましょうね。あ、お腹空いてますか? スープがありますけど」

 世話を焼かれることに慣れていない少女は、そのすべての申し出に首を横に振った。

「大丈夫です。だんな様の方こそ、お疲れではないんですか?」

 あの荒事の後で、ずっと御者をしていて。

「いいえ? 私には、あなたの方が疲れているように見えますが」
「そんなことありません。あたしは……」

 ぐるるる……と、少女の腹の虫が正直な声を上げた。

「スープとパンでいいですか?」

 笑いを堪えて尋ねるウィルに、少女は顔を赤くして頷いた。


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「よく分からない」

 ぼんやりとアンジェラは呟いた。
 結局、やわらかいパンと美味しいスープを食べて、明日からあの妊婦さんに仕事を教えてもらうことになって、それで、この部屋を割り当てられて。
 少女にとって広すぎる部屋の片隅に、大きな木箱が見えた。
 明日は何を着ればよいのだろうか。そんな、明日の朝にでも考えればいいことが、ふわふわと頭の中から離れない。
 体は疲れを訴えていた。でも、この広すぎる部屋と、ふかふかすぎる布団が落ち着かなかった。
 天井がついているベッドの広さは、ちょうど、家族みんなでザコ寝していたぐらいの広さだった。家族と離れる前までは、こんな寒い夜は身を寄せ合って眠った。

「セイル、元気かな」

 しばらく口に出していなかった弟の名前を呟く。あれから2年も経った今、弟も大きくなっているはずだ。
 そこまで考えたところで、ぽろり、と涙がこぼれた。奴隷として買われてから最初の半年は、毎日のように夜は泣き濡れていたけれど、ここ1年はとんと縁のなかったものだ。

「あ、ヘンなの。勝手に出てくる」

 目からあふれる涙を拭おうともせずに、少女はベッドに座った。
 寝なくては、と思っていても、興奮しているのか、まぶたは全然重くならない。

―――死人みたいに生きてきて、いざ、そこから解放されても、何をどうしていいのか分からない。本物の感情は、カギをかけて涙の海不覚に沈めてしまっていて、表に出した偽の感情は、前のご主人様との生活を失って機能不全に陥っている。感情を切り離さなければ、とてもやってこれなかった。だから、そこに後悔はない。

(そういえば、あの邸にいた、他の奴隷たちはどうしたんだろう? 今は、もう寝ているのかな?)
「昨日までは、すぐ隣に誰かいたのに。……ヘンなの」

 犬小屋の中で生活していた時も、部屋にいくつも設けられた他の小屋からは、誰かの息遣いや嗚咽が聞こえてきた。でも、ここはあまりに静か過ぎる。

(でも、寝ないと。きっと、明日からは、もっと大変になる)

 ベッドサイドのテーブルに置いた手燭の炎は、随分と前に消してしまっている。暗い部屋に慣れた目は、カーテンの隙間からこぼれる月明かりだけでも、十分に室内を見ることができた。
 少女は、自分には不相応なほど立派な部屋を見渡し、小さく首を横に振ると、諦めて布団の中に潜り込んだ。ふかふか過ぎる布団は、体が沈みこんでしまって、かえって落ち着かない。
 何度か寝返りを打っていると、ふいに、ガチャリ、と音がした。

(ドア、が開いた?)

 息をひそめて耳をそばだてるアンジェラは、身動ぎもせずにじっと気配を窺う。
 誰かが部屋に入ってきたのは間違いなかった。侵入者は迷いない足取りで窓の方へ向かうと、カーテンを開け放つ。月明かりで室内が照らされた。
 恐怖に耐えられずに、がばっと跳ね起きた少女は、侵入者の顔を見て目を丸くした。月光は、銀髪の長い髪を1つにまとめた男性の姿を照らし出している。

「だんな、様?」

 アンジェラが呟いた通り、それはウィルだった。
 少女の呟きに、少しだけ唇の端を持ち上げたウィルは、ゆっくりとベッドの方へ歩いてくる。そして、自分を凝視したままのアンジェラを、じーっと観察するように見つめる。

「お前が、そうか?」

 ぞんざいな口調に、アンジェラの肩がぴくん、と震えた。

「だんな様、では、ないのですか?」

 声が震えているのは、寒さのせいだけではない。
 アンジェラに向けられていた目は、これから『遊ぼう』とする『前のご主人様』そっくりだったのだ。

「お前もとんだ不運だな。こんな場所で、住み込みで働かされるんだから」

 彼は問答無用で、アンジェラを包んでいた上掛けをはぎとる。乱れた夜着からのびた傷だらけの細い手足に、少し、顔をしかめたようだった。

「随分な扱いを受けてたみたいだな。それをお優しいあいつが引き取ってきた、と」

 ウィルの顔をした誰かは、確認するように少女を見たが、アンジェラは返事もせずに彼を見つめていた。どんな行動の予兆も見逃さないように、全神経を使って。

「おい、別に口がきけねぇわけじゃねぇんだろ。返事ぐらいしたらどうだ?」
「あなた様のおっしゃる通りです。―――あの、それで、あなた様はどなた、なのでしょうか?」

 失礼のないようにと、カラカラに乾いた口で紡がれたセリフ。無表情のその裏では、「この城は夫人一人で切り盛りしているはず」と、混乱を極めていた。
 彼女の内心の困惑を嘲笑うように、その男は笑みを深めた。だんな様と全く異なる笑い方に、アンジェラの警戒がいっそう強くなる。

「誰だっていいさ。ただ、寒い夜には、あっため合った方が眠れるだろ?」

 そう宣言した男は、するりと寝台に上がる。恐怖で強張った少女の体を無遠慮に抱きしめ、上掛けをかぶる。
 アンジェラは声一つあげずに、虚空を睨みつけていた。

(怖くない。怖くない。怖くない。怖いなんて考えているのは偽の感情。本物は何も反応してない。大丈夫)

 いつも、あの邸で呟いていた言葉を、心の中で繰り返す。

「……ち」

 男の舌打ちが、アンジェラの耳元で響く。

「くっそ、あの野郎、今日はずいぶんと疲れて戻りやがって―――」

 悪態をつきながら、アンジェラを抱きしめたままで動かなくなる。
 そのまま、静寂の時が流れた。
 力が抜けて重くなった男の腕の中で、アンジェラはそっと男の胸に手を置く。規則正しい呼吸と心音が、彼がただ眠っているだけなのだと教えてくれた。

(重い……)

 男が何者なのかは分からないが、とりあえず男の手は自分を絡めとったままで抜け出せそうにもないので、アンジェラはあっさりこのまま寝る選択肢を選んだ。朝になればどうにかなっているだろう。自分か、この男のどちらかが、と。

(もう、どうでもいい)

 あの邸から逃れたことで、あんな死に方だけは避けることができた。そうかと言って、いまさら頑張って生きる気にもなれない。

(だから、もう、どうでもいいの)

 アンジェラは新しい主人によく似た見知らぬ男の心音を聞きながら、すぅっと沈むように眠りに落ちた。


―――開きっぱなしのカーテンのせいで、結局、アンジェラは朝日に起こされた。夜中の闖入者のせいで睡眠時間は少なかったはずだが、頭はすっきりとしていた。……というか、相変わらず隣で寝ている男のおかげで目が覚めた。

「やっぱり、だんな様?」

 アンジェラは小さく呟いた。呼びかけられても起きる気配のない男は、朝日のなかでも、やはり自分の新しいご主人様に見えて、首を傾げる。本当に彼なら、やはり昨日の疲れが残っているのだろうか。起きる気配はなかった。
 そっと布団から抜け出したアンジェラは、カーテンを閉めた。薄暗くなった部屋の中で、部屋の隅の木箱を覗き込むと、そこから衣類をごそごそと漁る。目当ての淡いオレンジのワンピースと、黒っぽいカーディガンを引っ張り出したところで、ちらり、とベッドを振り返った。男は、まだ規則正しい寝息を立てている。
 ん、と小さく頷いたアンジェラは、豪快に夜着を脱ぎ、木箱の蓋の上に置く。ワンピースの上に上着を羽織ると、昨日もらった室内履きに足を突っ込んだ。少しぶかぶかなのは、ちょっと歩きにくいが気になるほどではない。

 足音をしのばせて、そぉっとそぉっと扉を開けると、廊下に体を滑り込ませる。廊下の窓もカーテンで覆われていて、薄暗かったが、足元はちゃんと見えていた。

「あれ……?」

 階下から聞こえる物音に、彼女は首を傾げた。足音を消したまま階段を下りていくと、キッチンへ通じる扉にたどり着いた。何かを切る音と、香ばしい匂いに誘われて、そろりと扉を開ける。

「お、おはようございます」

 アンジェラが勇気を振り絞って挨拶をすると、昨晩見た妊婦さんが、振り返ってにっこりと笑みを浮かべた。

「あら、お嬢さんの方が早起きなのね。朝ごはん食べる?」
「あの、いいんですか?」
「いいのよ。別になくなるもんじゃないし、そんなことで怒る人ではないわ。いらっしゃいな」

 手招きされて、ほてほてと近付いた少女の髪を、夫人はそっと撫でた。

「昨日はあれから大丈夫だった? あの時の領主様は正気そうだったけど」
「……正気? あの、正気ってなんですか?」
「あら! 聞いていないの?」

 驚いた声を上げた夫人は、そっと周囲を見回し、声を潜める。

「領主様は、とても人柄のよい方なのよ? だけど、夜になると人が変わったようになってしまうの。わたしもまだ、一度しか見たことがないのだけれど」

 思い当たることのある少女が「あ」と声を上げると、途端に夫人は心配そうな顔を浮かべて「やっぱり何かあったのね」と彼女を見つめた。

「あなたも何か事情があって、ここで働くことになったのだろうけれど、くれぐれも気をつけてね? ごめんなさいね。わたしから『気をつけて』しか言えなくて。―――あら? そういえば、お嬢さんは何て言う名前だったかしら?」
「あの、あたし、アンジェラといいます。よろしくお願いします。えぇと、シビントン夫人?」

 自信なさげに名前を呼んだアンジェラは、そっと上目遣いで相手を見る。

「あらあら、領主様から聞いていたのね? わたしの名前はマリア。マリア・シビントンというの。短い間になってしまうと思うけれど、よろしくね」
「短い間、っていうのは」
「見て分かるとおり、もういつ生まれてもおかしくない状況なの。後任さえ見つかれば、という話だったけれど……、そうね、できるだけ丁寧に引き継ぐから」

 大きなお腹をさすり、少し困ったような笑みを浮かべた夫人に、アンジェラは慌てて「いいんです!」と応えた。

「大事なことなんですから、ちゃんとお休みしないとだめです。あたしも、頑張って色々覚えますから」
「ありがとう。―――待ってちょうだいね。もうすぐ卵が茹であがるから」

 夫人の声に答えたのは、アンジェラのお腹の鳴る音だった。


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「おはようございます」

 ウィルが急いだ様子でキッチンに入って来たとき、そこにいたのはシビントン夫人一人だけだった。

「あの子を見ませんでしたか?」

 起きたばかりなのだろう。ボサボサの頭と夜着のままの姿を見て、夫人はくすりと笑った。

「はい、おはようございます、領主様。とりあえず鏡をご覧になってくださいな」

 笑顔のままで朝食のパンとサラダをテーブルに置く。広い食堂があるが、この主は面倒だからとキッチンの脇に備えられた小さなテーブルで食事をするのが常だった。

「いえ、あの、とにかくあの子に謝らなければならないんです。どこにいるか知りませんか?」

 ナプキン、ナイフ、フォーク、スプーン。そしてベーコンとスープ。夫人はてきぱきと食事の用意を整えていく。

「アンジェラでしたら、すぐに戻ってきます。ちょっとお手伝いを頼みましたので」
「いや、その……」
「どうぞ、戻られないのでしたら、お座りになってください。せっかくの朝食が冷めてしまいます」

 長い付き合いであるだけに、シビントン夫人は遠慮がない。これは、少女を探すことを一時中断して、朝食を片付けなければならないか、とウィルが考えたとき、キィ、と音を立てて扉が開いた。

「すみません。ちょっと見つからなくて遅くなりま……あ」

 パタパタと元気よく歩いて来た少女は、キッチンにさっきまではなかった人影を見つけるなり立ち止まった。

「えと、おはようございます。だんな様」

 ぺこり、と頭を下げる。そこには、ウィルの危惧していたような(かげ)りはない。だが、だからと言って、あの事態を無視するわけにはいかなかった。

「アンジェラ、私はあなたに謝らなくてはなりません。昨晩、何があったのかは知りませんが―――」
「あたしは、だんな様に引き取っていただいた身です。ですから、だんな様が謝ることなんて、ありません」

 主の言葉を遮ってまで、謝罪を止めた理由をどう説明したらいいのだろうか。2年間の奴隷生活は『自分は主人のもの』という概念を少女の体と心に刻み付けていた。それを端的に言葉で表すなら、奴隷根性とでも呼ぶべきものなのかもしれない。

「アンジェラ」
「私、あたしは、だんな様の命令に従います。ただ、それだけです」

 もう一度、ぺこりと頭を下げる少女の両手には、雑巾と桶があった。どうやら、これを探しに行っていたらしい。
 何とも言えない微妙な空気が流れたキッチンを、あっさり打ち破ったのは、朝食の提供を終えたシビントン夫人だった。

「アンジェラ。そういう言い方はしちゃいけないわ。謝りたい人に謝らせないのは、いちばん厳しいことなのよ? 謝ることは一つの救いなんだから」
「……できません。私は、ごしゅ……だんな様に謝っていただくような人間じゃありませんから」

 かたくなに謝罪を断るアンジェラは(うつむ)いた。左手に持ったままの桶が、その水面に小刻みに波紋を作っているのに気付いて、ウィルは小さくため息をついた。

「分かりました。……シビントン夫人、朝食、いただきますね」

 でも、と言い掛けた夫人は、ウィルの目を見て「どうぞ、冷めないうちにお召し上がりください」と応えた。

「アンジェラに案内しながら、お邸の掃除をしていますので、何かあればお呼びください」

 夫人がアンジェラを伴ってキッチンを出ると、ウィルはようやくフォークを手に取った。
 カチャリ、と皿にフォークの先をひっかけて音を立ててしまい、何度目かのため息をつく。

「……『私』って言ってしまってましたね」

 静かになったキッチンに、ウィルの声は妙に響いた。

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