14.婿舅戦争・再び「……ということがあったんです。お師さま」 「ふぅん、それは面白い事例だね」 ウォルドストウにある軽食店で、私は向かいに座ったお師さまに相談を持ちかけていた。 隣に座ったクレスト様は、相変わらず私の腰に手を回している。 「マリーツィア。別に特別なことでもないだろう? ただ、マリーツィアの作った料理を美味しいと感じただけのことなのだから」 「でも、クレスト様。何か理由があるんじゃないか、って気になるんです」 あれから、私はクレスト様に対してできるだけ諦めることをやめることにした。私に対する独占欲とかそういうものからくる行動を、できるだけ突き詰めるようにしたのだ。さらに、クレスト様に私の意見を知ってもらうために、私の考えをちゃんと話すことに努めている。 すべては相互理解のためだ。 クレスト様が、私をやたらと囲い込むのは、また逃げるんじゃないかとどこか不安を感じているからだし、それを和らげることができれば、私の行動の幅は広がるはずだ。……きっと。 ということで、この旅行の間に判明した「何故か私の作った料理が分かる」という疑問について、帰宅の挨拶ついでにお師様に尋ねているわけなんだけれど。 「マリー本人だけでなく、『クリス』の作ったものも、同じように判別しているんだろう? 偶然じゃないのかい?」 「でも、私が『ニコル』としてテヴェンティオで暮らしていたときも、『クリス』に反応したんですよ。何かあるって思いませんか?」 そうなのだ。 正直、おかしいと思っていた。 私とは似ても似つかない『クリス』に反応したり、私や『クリス』の作った料理に反応したり、絶対何か原因があると思うんだ。ただ、どうも検証が上手くいかないから、挨拶ついでにお師さまにヒントがもらえないかな、と。 別に、会って早々に、クレスト様とお師さまが不穏な空気を放出したから、こんな話題を持ち出しているわけじゃない。アイクが留守番なのも、逃げたな、なんて思ってない。 これは、私の魔術にかける情熱が、クレスト様に向くこともあるんだよ、というアピールの一環だ。 「ふーん。普通なら『愛のなせる業』なんて言われて終わっちゃうんだけどね。マリーはちゃんと疑問を疑問に感じられるから、そういうところは、本当に魔術師向きだよ」 お師さまの言葉に、クレスト様の腕に力がこもるのが分かった。腰を通して脇腹に指が触れているので、少しこそばゆいんだけど、振り払うことも躊躇われて、そっとその指先に手を添わせてみる。 テーブルの陰になって見えてないはずなのに、今度はお師さまが眉根にしわを寄せた。 「マリー?」 「はい」 「ちょっと仮説を立てたから、検証してみようか。―――山で材料を探していただろう? それを出して」 「え? えぇと……」 私はテーブルの下に置いていたカバンを引っ張り出すと、小さい布袋を取り出した。かわいさの欠片もない丈夫が取り柄の布をざくざく縫っただけのものだ。実用性第一のものなので、あまりクレスト様の目に晒したくない。 「これ、ですか?」 テーブルの上に乗せると、じゃら、と中に入れていたものが擦れ合って音を立てる。 「そうそう。ちょっと机の上に広げて、マリーの隣の人に見せてあげてもらえるかな?」 「うー、店の人の迷惑になりませんか?」 「まぁ、目隠しするから気にしないで」 お師さまは、店内に向けて手を振ると、口の中で小さく何かを呟いた。呪文一つで魔術を発動っていいな、と思うけれど、行使魔術に向かない私には真似ができないから仕方ない。 カバンから別の黒い布を取り出して、その上に袋の中身を広げる。まだちゃんと整理できていないし、ざっと洗っただけだから、見た目にはゴツゴツとした小石がいくつも出て来たとしか見えないだろう。さすがに、飲食店で広げるのは躊躇するレベルだ。 「マリーツィア、これは?」 「マリー、まだ答えないで。―――クレスト・アルージェ。この中で君が『なんとなく好きなもの』はあるかい?」 クレスト様の新緑の瞳が不機嫌そうに細められたのを見て、私は慌ててその袖をくいくい、と引っ張った。 「すみません、クレスト様。でも、どうしてクレスト様が見分けられるのか、知りたいんです」 「……仕方ない」 機嫌を直してくれたのか、クレスト様は、並べられた石をじっと見つめる。 「マリー、君、計算して言ってないよね?」 「お師さま、何のことですか?」 首を傾げた私に、お師さまが酢を飲んだような表情を浮かべて、小さく呟きをこぼした。「天然」とか「小悪魔」とか聞こえたような気がしたけど、空耳ですよね、お師さま? そんな遣り取りをしている間に、クレスト様は2つの小石を選び出していた。あれ、それって…… 「あぁ、やっぱりそれらを選んだか。それならこれは?」 お師さまが小石をつまむ。その瞬間に、お師さまの魔力が小石に流れ込んだのが分かった。 そう、私がお師さまの庵の周辺や、ミルティルさんの山小屋の近くで拾い集めていたのは、磨く前の貴石、いわゆる宝石の原石だった。 しかも、クレスト様が選んだ2つは、私が余剰魔力を注ぎ込んでおいたもの。十数個ある似たような石から、どうしてたった2つしかないそれを選べるのか、やっぱり不思議でならない。 「……いや、それは別に何とも思わないな。むしろ嫌いだ」 「なるほど、そこまで判断するのか。―――マリー、彼はセンシティブだよ。魔術的な意味のね」 「え?」 私は目を丸くしてクレスト様を見つめた。 お師さまの言葉が信じられずに、自分の目に集中してクレスト様をじぃっと凝視する。 「マリーツィア。そんなに俺を見つめるな」 「わわっ、すみません、クレスト様」 私は慌てて向かいに座るお師さまに向き直る。苦笑いを浮かべているお師さまは「見ただけでは分からないよ」と答えてくれた。 「別に、彼に魔力があるとは言っていない。だけど、魔力を嗅ぎ分けることはできるみたいだね。もしかしたら、マリーの魔力に充てられて才能が開花したのかもしれないけど、訓練すれば十分使い物になるんじゃないかな」 「本当ですか?」 私は身を乗り出してお師さまに確認する。と、隣から伸びて来た手が私を引き戻した。 「魔術的な意味でセンシティブ、とはどういう意味だ?」 すとん、と大人しく腰を落ちつけた私に、またクレスト様の手が添えられた。あまり興奮してはしゃがないように、という予防策なんだろうか。なんだか申し訳ない。 「魔力を敏感に察知できる、ということだよ。魔力の有無だけでなく、その持ち主までも『なんとなく』嗅ぎ分けているから、大したものだと思うよ?」 お師さまは、クレスト様に向かって、彼が選んだ石が私の魔力のこもった石であること、そして「嫌い」と断言した石にお師さまの魔力がこめられていることを説明する。 「物にこめられた魔力を感じていると……?」 「きちんとその才能を伸ばしてあげれば、君の本業にも役立つんじゃないかな、クレスト・アルージェ中隊長殿?」 「……」 おかしいな。友好的な会話のはずなのに、端々に棘を感じるのは私だけだろうか。 ちくちくと刺さるような痛い空気に耐えられず、私はぬるくなったハーブティに口をつけた。 「でも、お師さま。魔力を感じているとして、私の料理には別に魔力は―――」 「マリー、そろそろ自分の魔力の強さとその影響をきちんと理解しないとダメだよ」 あれ、どうして私が叱られるんだろう。 「以前こぼしていただろう? せっかく陶芸を教えてもらったのに、鉢ひとつ満足に作れないと」 そういえば、里帰りした時に、そんな愚痴をこぼしたこともあったっけ。 手汗が混ざってしまうせいなのか、集中することで魔力も流れ込んでしまうのか、どうしても作った陶器は魔力を帯びてしまう。だから、ハーブを植える鉢をミルティルさんに頼み込んで何度も作ってもらったんだ。 「っていうことは、料理も? どうしましょう、お師さま。魔力入りの料理なんて食べさせて、身体への影響とか――――」 「それは大丈夫だと思うよ。意図してこめているわけじゃないから、微々たるものだし」 よかった。もし影響があるなら、元々魔力持ちのお師さまやアイクはともかく、レックスやミルティルさん、ホルトさんになんて言ったらいいかと悩むところだった。 「せっかくだから、もう少し検証してみようか」 「え? でもこれ以上は」 「現状だと、ちょっと試行が不足してるかな。せっかくだし、アイクも呼んでみようか」 「え、でもアイクは留守番じゃないんですか?」 「どうせ庵に来客があるわけじゃないし、大丈夫だよ」 言うが早いかお師さまは、軽く手を振ると何事かを呟く。ちょ、まさか本気で呼ぶ気なんですか? 「町の入り口まで召喚したから、マリー、ちょっと迎えに行ってもらえるかな?」 「もう呼んだんですか! え、でも―――」 ちらり、とクレスト様を見ると、何を考えているのか、こくりと頷かれた。 え、何この流れ。まさかの婿舅戦争・再戦……? 「い、行ってきます、けど、本当に大丈夫なんですよね?」 「何を心配することがある?」 「そうだよ、マリー。ほら、アイクが心細がってると思うから、早く行ってあげないと」 「ちょ、お師さま、まさかアイクに説明なしとか? ―――す、すぐに戻って来ますから!」 私は一触即発な雰囲気な二人を残し、慌てて店を後にした。 町の入り口でぽつんと立っていたアイクが半泣きだったので、あとでお師さまに説教をしないと、とだけ思った。 ![]() 「ただいま、戻りました」 「思ったより早かったね」 「マリーツィア、息が切れている。大丈夫か?」 私が店を出たときと、何も変わらないように見える二人は、それぞれに私に声をかけた。 うん、何も変わらないように見える、んだけど。店内が随分と空いているように見えますよ? 「ふ、二人で何かお話でもされていたんですか?」 「うん、世間話をね」 「そうだな、世間話だな」 どんな世間話をしたら、他のお客さんが逃げるんですか。どことなく、給仕のお姉さんに脅えられている気がするんですけど……! 「アイク、ちょっといいかな」 「え、はい」 お師さまが空っぽの石をいくつか渡して、アイクに耳打ちをしている。あぁ、そうか、そもそも実験するって話だったっけ。 「マリー?」 「はい」 引かれるままクレスト様の隣に座った私は、何故か腰に手を回されて、メニューを目の前に広げられる。 「喉が渇いただろう? 何か飲みたいものはあるか?」 「あ、そうですね。それじゃ、アイクの分も一緒に―――うひゃっ」 み、みみ耳っ! なんで耳舐めるんですかっ! 「すまない、まだ痛むか?」 「だ、大丈夫ですよ、このくらい」 昨日噛まれた傷を、というよりは純粋に耳を舐めないで欲しい。 「すまない、注文を」 クレスト様に呼ばれて、ちょっとだけ顔を赤くした給仕の人(え、脅えてたんじゃなかったの?)は、営業スマイルでこちらに近づく。 魔力をこめ終わったアイクの分も注文を終えると、お師さまが再び本題に入った。 「それじゃぁ、この5つを確認してもらえるかな」 もちろん、私の目にはどれがアイクの魔力がこめられたものか分かる。ついでに言わせてもらえば、私の魔力がこもったものと、お師さまの魔力が僅かにこもったものも混ざっている。 流れを考えれば、ここはどれか1つにアイクの魔力がこめられていると考えるのが自然なのだろう。それを外すあたり、お師さま、本気で検証する気満々なんですね。先入観に騙されてアイクのものと思われるものを1つ選べば、それはそれでクレスト様の魔力検知能力が低いということだし、全てを看破すれば、それは――― 私は、ちらりとクレスト様を盗み見た。クレスト様は、無造作に転がされた石を一瞥すると、すっ、と手を伸ばした。 「これがマリーツィア、こっちが貴様のもの、そして、消去法だが、これがそちらの弟子のものだろう?」 的確に3つを選び出したクレスト様に、驚かされた。特に、アイクの半量もこめられていないお師さまの魔力を識別するなんて。 「うーん、残念ながら、やっぱりこれは本物だね」 「えぇっ? マリーさんのは分かったけど、これ師匠? ……あ、ほんとだ」 指摘され、目を凝らしてようやく確認したアイクは、隣のお師さまに軽くこづかれた。 「アイク。後で特訓だね」 「えぇー……」 項垂れるアイクだけど、特訓は仕方がない。お師さまは決して優しくはないし、魔術師でもないクレスト様が見分けたものを見分けられなかったんだから。 「王都では、魔術を使った物騒な事件もあるだろう? その目をきちんと養えば、一般人を装った魔術師や、こうした石を使った罠も見破れるんじゃないかな」 「―――魔力がなくとも、こういった素養を持つ人間はいるのか?」 「さぁ? 僕は初めて見たけどね」 肩をすくめて見せたお師さまから、隣に視線を移すと、何か考え込む様子のクレスト様の目が伏せられている。 「クレスト様?」 「いや、俺だけでは実用に向かないからな。団長経由で協会に協力を仰ぐ必要がありそうだ」 「……私も、協力しますね」 「―――あぁ」 明るく輝く碧玉の瞳が、深みを帯びてこちらを見つめる。昨日の話し合いの中で、クレスト様にもさらに上を目指そうという気概が出てきたらしい。 「師匠。ぼく、この二人の前に座るのいたたまれないんですけど」 「アイク、ちょっと邪魔して来ればいいんじゃないかな」 「そんな、師匠! ぼく、殺されますって」 「大丈夫、即死でなければ、何とかしてあげるから」 「師匠~~」 そんな会話が聞こえてきて、私の頬が火照って真っ赤になってしまったのは、……もう忘れたい。 | |
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