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TOPページへ    小説トップへ    それは、通り魔的善行から始まったのです。

 20.【番外】それは、八つ当たりだったのです。


 俺はカズイ。
 二輪で風になることを目的としたチームのヘッドをやってる。
 巷じゃ暴走族(笑)なんて言われてるが、何て呼ばれても構わない。俺は風になりたいだけなんだから。

 とはいえ、ケンカがないわけでもない。
 いきがってるヤツなんて、どこにでも湧いて出るもんだ。妙なイチャモン付けて来るヤツらを、適当に殴ったり蹴ったり轢いたりしてたら、ここいらで一番デカいチームのヘッドに収まってた。

 そうなると、ただ風になることだけを目的に走ってるわけにも行かなくなった。
 舎弟なんつーモンができて、否応なく面倒を見る羽目に陥る。
 チームを抜けて、一人になりたいと思っていた頃だった。
 あの悪魔と出会ったのは。

「ヘッド! 大変です!」

 駆け込んで来たのは、冬林工の後輩だった。
 俺はと言えば、チームのたまり場になってるガレージで、一人バイクの改造に勤しんでいたところだった。もう少しアクセルふかした時のタイムラグを短くしたくて、足回りをいじっていた。

「あ~……。なぁ、よくチームを抜ける時に制裁だの、儀式(=リンチ)だのってあるけどよ、それってヘッドが抜ける時もやんのか?」
「何言ってるんスか、ヘッド! ケンスケんとこのグループがフルボッコにされたんスよ!」

 ケンスケ?
 あー、ケンスケね。見た目はトイプードルみたいなワンコなのに、キレるととんでもなく恐ろしいケンスケね。

「……って、はぁぁぁぁ? ケンスケがボコられるって、そりゃどんなサイボーグ相手にしてんだよ!」
「いつも通り、線路沿いの国道で転がしてたら、『うるせぇ、寝れねぇだろ』ってイチャモン付けられたらしくて」

 あー、ケンスケのグループ、マフラー弄って爆音改造しまくってたかんな。そりゃうるせェわ。
 だから、ほどほどにしとけ、っつったのに。

「ヘッド! 頷いてる場合じゃないっスよ! そいつがボコった仲間から、ヘッドのこと聞き出したらしくて」
「あー、ここに来んの? 今から?」
「もう来てるんスよ!」

 悲鳴を上げるみたいに喚くもんだから、俺は渋々、ふかしっぱなしのエンジンを止めた。
 すると、ガレージの扉の向こうから、なんだか異様な物音がする。重い物が吹っ飛ぶ音。ヤローの呻き声。まぁ、ケンカによくあるSEってヤツだ。

「ち、メンドーな」

 ボヤいた途端、ガレージの扉が軋むような音を立てて開いた。
 そこに立っていたのは、身長二メートル近い長身の男だ。それこそ人を二人三人殺しててもおかしくないほどの凶悪な目つきで睨みやがるから、さすがの俺も逃げ出したくなった。
 元々、腕っ節には自信がない。走るのに面倒がないようにと鍛えてはいたが、ケンカが強いと思ったことはない。

「てめぇが頭か」
「頭っつっても、別に統率してるワケじゃねぇよ。適当に走らせてたら、いつの間にか自称舎弟がくっついただけだ」

 丁度いい。
 こいつに負ければ、晴れて俺はチームを抜けて一匹狼に戻れるかもしれねぇ。

「んなこたぁ、どうでもいい」
「?」

 あれ、こいつ、頭を潰しに来たんじゃねぇのか?

「てめぇらは、夜中までバルンバルンうるせぇ音垂れ流しやがって。これ以上オレの安眠妨害するなら、そのマフラー、ケツにぶっ刺してやるよ、この××××ども!」
「ひっ……」

 隣の後輩が、みっともない悲鳴を上げて敵前逃亡を始めた。
 ずりぃ。俺だって逃げてぇのに。

 だが、目の前の男は、それを許す気はないようだった。
 男の投げた『何か』は、背中を向けて逃げる後輩の足にガィンと当たった。そのまま呻いて倒れる後輩。

 ちょ、何投げたんだ、今!
 頭ならともかく、足に当たっただけで倒れて動かなくなるような物は、このガレージにはないはずだぞっ?

「あー……。オーケイオーケイ。ちょっと冷静になって話し合おうと思うんだがどうだろう?」

 俺はとりあえず日和った。両手を挙げて、敵意のないことを示す降参ポーズだ。

「外のヤツも似たようなことをしたな。―――応じようとしたら、後ろから鉄パイプで殴りかかってきやがったが」

 ちょ、何やってくれちゃってんのー?
 どう考えたって、このサイボーグに敵うワケねェだろ! ちゃんと相手の力量測れよ!

「それでも信じてくれるとありがてぇなー。今ならヘッドの座も進呈するぜ?」

 むしろ熨斗付けてくれてやるぜ!

「そんなんいらねぇよ」

 だよなー。安眠妨害なんていちゃもん付けるヤツが、チームのヘッドになろうたぁ思わねェよな。

 結局、その後、ジャンピング土下座からの最上級土下座(=土下寝)まで披露した俺は、何とか暴力的制裁を免れ、新人類として言葉で折衝することができた。
 たぶん、そうでもしなかったら、色々な意味で死んでいたかもしれん。さすがにマフラーを尻の穴に突っ込まれたら、新しい扉をひら……いや、色々なものを失う。

 その時、そいつ=トキさんと約束したのは、チームのヤツらの手綱を握ることと、トキさんのねぐらの近くは通らないこと、……最後に、たまにトキさんの役に立つこと、だった。
 いつの間にか、交渉の席にいたハヤトさん、というトキさんよりも年上の(比較的)温和に見える人が、話の流れを握っていた。
 ハヤトさんは、トキさんの参謀的立ち位置にいる人らしく、その後も交渉事には必ずと言っていいほど顔を出した。

 オレとしちゃ、トキさんの放つオーラが怖すぎて、ハヤトさんと話している方が幾分か気は楽だったんだが、ハヤトさんも別の意味で怖い人だと知るのは、その二人と付き合うようになってからだった。


『今すぐ、○○ビルに行って、女の子拾って来い』
「ハヤトさん? 何か息荒いですよ?」
『いいから! あと、くれぐれもその子に変なことすんじゃねぇぞ。何かあったらトキがキレるからな』
「えぇっ?」

 突然、電話で指令が下ったかと思えば、予想外な忠告を残して通話が切れた。
 すぐに女の子のピックアップ先と、送り届け先の地図がメールで届く。メールには文章すら打たれてない。命令に齟齬のないようメールにはきちんと指示内容を入れるハヤトさんにしては珍しいことだった。

「つまり、それだけ大至急の緊急事態ってことか」
「ヘッド?」
「ちょっとハヤトさんからの頼まれごと、こなしてくる」

 仲間にそれだけ告げると、俺は予備のメットを引っ掛け、愛車に跨った。
 女の子のピックアップ先は、駅にほど近い雑居ビルだった。
 指定された裏口には、人の姿がない。その女の子はまだ到着していないのか、はたまた入れ違いになったのか。

 パタパタパタ、と息を切らした彼女が裏口を出て来たのは、すぐだった。
 ボブカットのチビな彼女は、階段を駆け下りたせいで顔が上気し呼吸も荒くなっている。その体格と顔に似合わない胸の立派な膨らみのせいで、何だか犯罪臭がした。

「ミオって、お前?」

 違うだろうな、と思いつつも尋ねてみると「そ、そうです!」なんて肯定の言葉が跳ね返って来る。
 ハヤトさん、この子、いったい何なんだ?

「迎えの人ですか?」

 バイクに跨ったままの俺に警戒心の欠片も見せずに近づいて来る。フルヘル被ってる俺の見た目が分からなくても、フルチューンナップの単車を見れば、普通の女の子が近づくのはマズいって分かりそうなもんだが。
 少しだけ残念なものを見るような視線を送り、予備のヘルメットを投げ渡すと、彼女は素直に被った。

「早く、乗って」
「あ、はいっ」

 そういや、後ろにオンナ乗せるの久々だな。前に乗せた女は、あんまし単車に興味ないヤツですぐに別れたけど。

「ちゃんとつかまってて。飛ばすよ」
「は、はひっ!」

 おそるおそる腰に手を回して来るところを見ると、二輪の後ろに乗るのも初めてなんだろうな。
 ……まぁ、だからって、大至急の届け物には変わりない。
 俺は問答無用でアクセルをふかした。

 軽くしか掴まっていなかった後ろの彼女が、慌ててぎゅっと抱きついて来るのが分かった。
 うん、よく分かった。
 この子、まじでデケぇわ。やわらけェ。

 ぎゅっと力を込めるたびに、ふにっふにの感触が俺の腰だか背中に当たるのが楽しくて、車の間を縫って爆走した。
 到着した時、もっと遅く走れば良かったと後悔した。もっと長くあの感触を味わっていたかった。

「着いたよ。ここの三階に行って」
「は、はひ……」

 彼女は少し青い顔をしてヘルメットを俺に返すと、よろよろとビルの入り口に消えて行った。
 残念ながら俺の仕事はここまでだ。あまり深入りするとハヤトさんに怒られるからな。
 とりあえず、二、三日は背中を洗わないでおこう。素晴らしい感触をありがとう。感謝。


「カズイ、てめぇ、ミオを後ろに乗せたってな」
「ひぃ……!」

 死ぬ。
 残念ながら、俺の命はここまでだ。
 願わくば、俺の二番目の命とも言える愛車だけは、後輩に受け継がせたい。

 素晴らしい巨乳の女の子と出会ってから数日。珍しくトキさんが来たと思ったら、のっけから阿修羅・怒りの面でのご登場だ。
 俺はハヤトさんから頼まれて彼女を運んだだけなのに、理不尽だ。理不尽だが、命は惜しいので、ひたすらに頭を下げる。

「す、すいませんでしたっ!」
「……後ろから抱きつかせたのか」
「移動中のあの人の安全を確保するためには、仕方がなかったんですっっ!」
「随分と、スピード出したみたいだな……?」
「ハヤトさんから至急と言われていましたのでっ!」

 俺の土下座スキルも、あれから格段の進歩を遂げた。
 今ならトリプルアクセル土下座も決められそうな気がする。やらねェけど。

ガンッ!

 頭を下げて地面を見据える俺の耳に、重い音が響いた。

ガシャンッ!

 恐る恐る頭を上げれば―――うぁぁぁぁっっっ!
 お、俺の単車がぁぁぁぁっっ!

ドガシャッ! ゲシャッ! ガキィン!

 冷ややかな目をしたトキさんが、まるで憂さを晴らすかのように俺の単車を蹴り上げ、踏みにじり、踵を落とし……って、その靴、何が仕込まれてるんだっ! 足でバイクをベコベコのグシャグシャに……ベコベコの、グシャグシャに(泣)。
 やばい、視界が滲んで来やがった。

 あぁ、きっと。俺の身代わりになったんだな。
 チューニングにチューニングを重ねた、俺の愛しい単車。
 また、お前を組みなおしてやるからな……(遠い目)。

「冬林工に、秋風高、夏田高」
「は、はいっ?」

 地獄の底から響くような低い声に、俺は慌てて涙を拭った。

「ミオにちょっかい出す可能性がある。見張っとけ」
「は、はいぃぃぃっ!」

 俺の返事を聞くと、ようやく俺の愛車を蹴飛ばすのをやめたトキさんは帰ってくれた。

―――あの女の子、トキさんの何なんだろうな。
 巨乳にばかり気を取られていたけど、そこそこかわいい顔立ちはしていた……ような気がする。思い出そうとすると、どうしてもあの柔らかな感触が先に来るなぁ。

 ちょ、ってか、せめてあの子がどういう子なのか分からないと、手の打ちようがないぞ。ミオって名前だけじゃ、何歳なのかも分からない。

(後で、ハヤトさんに確認するか……)

 とりあえず俺は、愛車(だったもの)の残骸を拾い集めるべく、のろのろと立ち上がったのだった。

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