TOPページへ    小説トップへ    それは、通り魔的善行から始まったのです。

 24.それは、お墓参りだったのです。


 あのお盆の事件から一週間経ちました。
 私は一人、電車に乗っていました。
 えぇ、一人です。

 相変わらず夜更かしさんな佐多くんを出し抜き、早朝から一人でお出かけしています。

 え、学習能力がないのか、ですって?
 もちろん、あれからまだ一週間ですからね。肩にかけた鞄の中には改造スタンガンが入っています。あ、これ、徳益さんから自衛用にってもらいました。
 そんなわけで、スマホも電源を落としてます。例の追跡アプリの件はこれでクリアです。

 ガタンゴトンと人の少ない電車に揺られながら、ここ二ヶ月間の激動を思い出していました。
 二ヶ月前の私は、あの羅刹と同居するなんて思いもしなかったでしょうね。未だに私も信じられませんから。

 とりあえず、今後の蛇男×2対策を考えていたら、予定の駅に到着しました。下り電車で片道三十分の旅です。
 電車を降りたら、今度はバスで二十分ほど揺られます。見覚えのあるお寺に到着する頃には、随分と陽も高くなり、じりじりと焼けるような太陽光線が照り付けていました。

キャンッ!

 可愛らしいワンコの声に振り向けば、その先にチワワがちぎれんばかりに尻尾を振っていました。

「小兵衛さん!」

 私の声に、飼い主がリードを外してくれました。
 暑さなど物ともせずに、ダーッと駆け寄って来たロングコートチワワが私の足元にまとわりつきます。
 私はチワワを抱き上げて、思わず頬ずりしました。
 そんなにペロペロと舐められても、汗の味しかしませんよ?

「お久しぶりです、おじいちゃん」

 大きな木の木陰で座っていた飼い主=おじいちゃんの所へ行くと、おじいちゃんは顔にシワをくしゃっと寄せて、私を撫でてくれました。
 その足元には白いラブラドール・レトリバーが座っています。その子も尻尾を振って私を歓迎してくれました。

「平蔵も、元気そうで何よりです」

 頭をぐりぐりと撫でてやれば、真っ黒い瞳がくすぐったそうに細められました。かわいいのです。
 小兵衛さんが私の方へ来たので、ちゃんとおじいちゃんを守るように留まってくれたのですね。賢いです。

「ミオも元気そうだな」
「はい!」
「リコは遅れると言っていたから、先に綺麗にしておこうか」
「はい!」

 私は桶と柄杓を持って、おじいちゃんは二匹のリードを持ってお墓の立ち並ぶ方へと歩き出しました。
 毎年、お盆を少し外してお墓参りをするのが、我が家の恒例となっています。今年はどうするのかな、と思っていたら、おじいちゃんはちゃんと封書で日にちを知らせてくれました。

「アレはまだうろついてるか?」
「聞くまでもないですよ。しつこい人ですから」

 おじいちゃんも宮地さんのことは知っています。
 元々、おじいちゃんとおばあちゃん、お母さんと私の四人で住んでいたのが、しつこいあの人のせいで離れて暮らすことになってしまいましたからね。

 須屋家のお墓に到着すると、私はスポンジで墓石を綺麗に洗い清め、おじいちゃんはお花の準備をしました。
 お互い、何も言わずに分担して動けるのは、信頼関係のなせるわざですよね。

「おばあちゃん、ミオです。今年も顔見せに来ましたよー」

 ぱむっと手を合わせれば、何故か「早い」と怒られました。お線香を先に上げなさい、ですって。
 おじいちゃんからマッチとお線香の入った袋を受け取り、黄土色をしたお線香を五、六本ほど取り出しました。

「お父さ~ん、ミオちゃぁん?」

 間延びするような声に、わふっと平蔵が返事をしました。
 私とおじいちゃんの振り向いた先には、息を切らして駆けて来る女性の姿があります。
 水色のサマーニットに白のスラックスという出で立ちでやって来たのはお母さんです。

「リコ」
「お母さん」

 駆け寄って来たお母さんは、何故か両手を広げて私に向かって来ます。

「平蔵!」

 慌てて平蔵のリードを外すと、私の目の前で平蔵がお母さんに抱きつくようにじゃれつきました。
 ふー。何とか回避です。

「ひどいわ、ミオちゃんたら」
「お母さんは抱きついたついでに、人の胸を揉むのでイヤなのです」
「え~? だって触り心地がいいんだもん」
「娘の胸を揉もうとしないでください! あとその手もやめてください!」

 わきわきと開いたり閉じたりするお母さんの手を見て、私はいつものように叱りつけました。

「リコ、ちょうど線香を上げるとこだったよ」
「お父さん、本当? じゃ、間に合ったのねぇ」

 私はマッチを擦って、お線香に火を付けました。二、三回振って炎を消すと、一筋の煙が立つそれを、墓前にそっと供えます。

 ぱむっと手を合わせて、おばあちゃんに報告です。
 無事に高校二年になったこと。バイトは相変わらず精神的にくるけど楽しいこと。妙なクラスメイトに好かれてしまったこと。あの蛇男はまだ健在だということ。

バウッ!
キャンッ!

 大人しくしていたはずの平蔵と小兵衛さんが突然吠えたので、私はびっくりして目を開けました。小兵衛さんはともかく、平蔵が吠えるのは珍しいです。

「どうした、平蔵。小兵衛」
「あらあら、お線香の匂いが嫌いだったのかしら?」

 ワンコを宥めるおじいちゃん。おっとりと推測を口にするお母さん。
 でも、私は、またあの蛇男が来たんじゃないかと周囲を見回しました。

「……もしかして、アレが来たか?」
「ん~、お父さんの居る所には現れないと思うんだけど」

 それもそうでした。
 宮地さんは、一度おじいちゃんにコテンパンにされてからは、おじいちゃんを避けているはずです。
 あの時のおじいちゃんは、宮地さんのせいで私やお母さんと一緒に暮らせなくなったと、マジギレしてましたから。

 あ、お墓の入り口に誰か立っているようです。何かを探してきょろきょろしているみたいですね。随分と背も高くて、男の人みたいで……す?

 私は思わず目を擦って二度見してしまいました。
 ここに居るはずのない人がいます。

「さ、佐多くんっ?」

 思わず声を上げてしまったからでしょう。その人影は、私たちが居る方へとズンズン歩いて来ます。

「佐多くん、って例の子?」
「誰だ?」
「ミオちゃんのお付き合いしてる子よぉ」
「何ぃっ?」

 あの、お母さん。おじいちゃんの血圧が上がるので、そういう説明は勘弁願いたいのです。
 あと小兵衛さんは、いくら羅刹が怖いからって、私の影に尻尾巻いて隠れないでください。おじいちゃんの前に立って唸っている平蔵を見習って欲しいのですよ。小兵衛さんってば、完全に名前負けですね。

「ミオ」
「な、なんで佐多くんがここに居るのですか?」
「墓参りに行くのは知ってた」

 ちょ、私、話していませんよ?

「あらぁ、キミが佐多トキト君ね? 初めまして、ミオの母のリコです」
「……どうも」

 何だかキラキラとにこやかに挨拶している隣の人が犯人、と思って良さそうですね。

「お母さん。佐多くんにお墓参りのこと知らせたのですか?」
「そうよぉ。でないと直接会えそうになかったもの。だって、義理の息子になるんでしょぉ?」

 あぁ、おじいちゃんがパクパクと金魚のように口を開閉させてます。
 私も思わず唸る平蔵を宥めて現実逃避しちゃいますよ。

「ぎ……」

 あ、これ、ダメなパターンですね。
 私は平蔵の耳に手を当てて塞ぎます。効果があるかは分かりませんが。

「義理の息子だとぉぉぉぉっっ!!?」

 おじいちゃん、興奮すると声が大きくなりますからね。あー、小兵衛さんもぷるぷる震えてます。怖かったですねー。

「あらあら、お父さんったら。もうミオちゃんは十六なんだから、親の同意があれば結婚できるのよ?」
「リコっ! お前は何を考えているんだ!」
「ん~……、ミオちゃんの幸せ?」

 あぁ、おじいちゃんの説教タイムが始まってしまいましたね。
 私はとりあえず小兵衛さんと平蔵のリードを引っ張り、ついでに佐多くんを隔離すべく手を握ります。
 おじいちゃんの説教は長く続くので、炎天下に佐多くんを待たせるのは申し訳ないのですよ。

 お寺の本堂近くにある大きな木の木陰で、私は小兵衛さんと平蔵にお水を上げることにしました。

「それがヘイゾウとコヘエ?」
「そうです。ラブラドールが平蔵で、チワワが小兵衛さんです」
「黒くねぇ」

 あぁ、そういえば、私、黒ラブの平蔵の写真、見せたことがありましたね。

「こっちは二代目・平蔵です。まだ三歳なのですよ」
「同じ名前なのか。紛らわしい」
「おじいちゃんの時代劇好きは筋金入りですから」

 じーわじーわとセミがうるさいです。きっとこの大木に何匹もいるのでしょうね。

「お母さんがすみません。いきなりお墓参りに呼ぶなんて」
「むしろアンタの方が問題だ。何も言わずに出て行きやがって」

 あ、責任転嫁に失敗しました。視線が鋭いです。顔が怖いです。

「あんなことがあったばっかなのに、一人でうろつくんじゃねぇよ」
「えーと、……はい、すみません」

 私は素直に頭を下げると、怒気から逃げるために尻尾をブンブンと振る小兵衛さんの隣にしゃがみ込んで、わしわしわしっと撫でました。
 こっちもー、と顔を寄せて来る平蔵さんにベロンと顔を舐められますが。お返しとばかりに両手で顔をわしゃわしゃします。うぅ、かわいいのです。癒されるのです。これこそ本物のアニマルセラピーなのですよ!

 そんなことを考えていたら、ひょいっと持ち上げられてしまいました。

「何やってんだよ」
「いや、あの、ワンコから癒しを、ですね」

 ま、まさか、平蔵に舐められたぐらいで怒ったりはしない、……ですよね?

「そこのお前ぇぇっ! ミオに何やっとんじゃぁっ!」

 おじいちゃんの大音声がお寺の敷地中に響き渡ります。
 ようやくお母さんへのお説教タイムが終わったみたいですね。まぁ、炎天下ですから、コンパクトにまとめたのでしょう。
 走って来るおじいちゃんの後ろを、桶とか柄杓とか線香とかを持たされたお母さんが歩いていました。あれ、きっと罰ですね。


じーわ じーわ

 セミの声が遠く近くに聞こえます。
 夏です。

「……というわけで、あの人から佐多くんに助けてもらったのですよ」

 私はおじいちゃんちの居間で、必死に佐多くんのことを説明していました。
 お寺の迷惑になるからと、お母さんと二人でおじいちゃんを宥めて連れて帰って来て、お母さんの手土産のスイカを囲んで家族会議状態です。

「あらあらまぁまぁ♪ もうアレと会っちゃったの。災難だったわねぇ」
「お母さん、他人事じゃないのですから」
「ミオちゃん、どうしようもなくなったら、連絡して来て良いのよ?」
「いやいやいや、お母さんの新しいダーリンさんとエンジェルちゃんの迷惑になるでしょう」
「大丈夫よぉ。ダーリンもマイエンジェルも、強いから♪」

 はぁ、お母さんは楽天的で良いのですね。
 大きく溜め息をつくと、後ろから頭を撫でられました。
 真向かいに座るおじいちゃんが、それを見て眉をぴくりと動かします。

「あー、お前、えーと、佐多くんがミオを助けてくれたのは分かった。感謝する。……だがな」

 私は両手で耳を押さえました。ちらりと隣を見るとお母さんも同じように耳を塞いでいます。

「だからって、どーしてミオがお前の膝の上に座っとんじゃぁっ!」
「ミオはオレのだから当たり前だろ」

 あー、おじいちゃん血圧上がっちゃいますよ。
 佐多くんも煽らないでください。

「あ、そうだ、ミオちゃん! ダーリンがね、ミオちゃんと話したいって言ってたんだけど、今いいかしら?」
「話したい、って、お母さん、別に連れ子な私は放っておいてもいいのですよ?」
「何言ってるの。私の大事な娘を放置するわけないでしょぉ? ―――あ、もしもし、ダーリン?」

 空気読まない人ですね。それともおじいちゃんと佐多くんが一触即発だから、わざと空気を緩ませようとしているのでしょうか。我が母ながら、掴めません。
 人の返事も聞かないで、自分のスマホを取り出したお母さんは、何故か画像通話モードでダーリンさんと話し始めました。

「今ねぇ、お墓参り終わって、お父さんの家にいるの。留守番させちゃって、ゴメンね、ダーリン♪」

 自分の母親の甘ったるいセリフを聞くのは、何だか居たたまれないですね。これでも、ダーリンさんと出会う前はバリバリのキャリアウーマンしていたはずなのですが。

 私は、睨み合うおじいちゃんと佐多くんから逃れるように、よじよじと四つん這いで佐多くんの膝から逃れます。佐多くんの腕が私の腰に絡みつこうとしたところで、おじいちゃんの竹刀の一撃が佐多くんの手首を打ち据えました。
 あ、うちのおじいちゃん、今でも週二回で公民館の剣道・柔道教室で教えてたりする有段者です。ただ、竹刀を室内で振り回すのは危険なのでやめて欲しいですね。今回は助かりましたけど。

 一触即発の空気を漂わせる二人を置いて、私はお母さんの隣に並びました。
 スマホ画面に映っているのは……おぉぉっ! 金髪白人美青年ですっ!

『初めまして、ジェフリー・ドゥームです』
「あ、こちらこそ初めましてっっ。須屋ミオです」

 ちゃぶ台に立ててもらったスマホに向けて、思い切り頭を下げます。頭をぶつけそうになったけど、直前でお母さんの手が滑り込んで止めてくれました。

『お母さんを独り占めしちゃって、ごめんね。でもようやく会えた』
「いえいえ、こんな母でよかったら、熨斗つけて進呈しますので」
「ちょ、ちょっとミオちゃん?」
『ふふふ、聞いていた通りの子だね。―――レイ』

 ダーリンさんの呼びかけに、ひょこんと画面に姿を表したのは、正に天使でした。
 ダーリンさんと同じ金髪、ただし画面越しでも分かるふわふわの髪に、くりくりとした瞳で、眼福頂戴しました、と拝みたくなるほどの可愛さです。

『はじめまして、レイです』
「はじめまして、ミオです」

 緊張していた表情は、こちらが同じように自己紹介して微笑みかけると、ふわっとほころびました。
 か、かわ……っ! 可愛すぎて鼻血が出そうです……っ!

『ミオ、おねえちゃん?』
「そうですよー」
『あのね、今度、遊びに来てくれる?』
「あー、えーと……」

 私は困って隣のお母さんを見ました。私が動くとあの蛇男に見つかりそうなのですけど……。

『ダメ?』

 画面の天使が頭をこてん、と傾げて、ちょっと弱気な表情を浮かべました。

「だ、大丈夫! 何とか都合つけて遊びにいきます! 絶対に行きますから……っ!」
『ホント? やったぁ!』

 あまりに可愛すぎる天使の攻撃に、私は即答してしまいました。遊びに行くためには、蛇男だけでなく、今おじいちゃんと睨み合っている狼もどうにかしないといけないのですが……

「大丈夫よ、ミオちゃん。お母さんも協力するから」
「はい……」

 そうですね、私一人では荷が重いです。不本意ですが、お母さんの力も借りないとダメでしょう。

「それじゃ、ダーリン。また帰る頃に連絡するわ」
『分かったよ、リコ。愛してるよ』
『うん、まってるー』

 実の娘と父親の前でする通話じゃないですよね、この遣り取り。ちらりと見れば、おじいちゃんの額の青筋増えてませんか? 気のせいだと良いのですが。

「さて、ミオちゃん。スイカ食べましょ?」
「あー、はい。そうですね」

 緊迫する空気も何のその、シャクシャクとスイカを食べ始めたお母さんに倣って、私も三角に切ったスイカを手に取りました。

<< >>


TOPページへ    小説トップへ    それは、通り魔的善行から始まったのです。