TOPページへ    小説トップへ    それは、通り魔的善行から始まったのです。

 25.それは、帰り道だったのです。


「それでは、おじいちゃん。また来ます」
「おう。今度はちゃんと一人で来るように」
「……」
「え、っと、また来ます! 佐多くん! 睨まないでくださいっっ!」

 私はおじいちゃんを睨み付ける佐多くんからヘルメットを受け取り、バイクの後ろに跨ります。

「行くぞ」

 そんな声がヘルメット越しに聞こえたかと思えば、バルンといきなり身体が引っ張られました。相変わらず、乱暴な運転です。

 太陽は沈んでしまって、もう名残の夕焼けが映るだけという時間帯。私はおじいちゃんちから帰宅することにしました。

 佐多くんがお墓に来た時点で、あまり長居はできないなと諦めていたのですが、意外なことにこんな時間まで居ることができました。
 理由は簡単なのですけどね。
 夜更かしな佐多くんが寝落ちしましたから。
 お昼を食べる時だけは、ちゃんと起きたのですけど、それ以外は、私の膝枕だったり、座布団を二つ折りにしたものを頭に敷いたり、ぐうぐう寝ていました。
 おかげで、私はお母さんとおじいちゃんと思う存分、近況報告の時間が持てました。ちょっとだけ佐多くんの夜更かしに感謝です。
 おじいちゃんは、昼夜逆転なんてけしからん! て叩き起こそうとしてましたけど、帰りは佐多くんのバイクで帰ることになるから、とお願いしたら居間に転がしておいてくれました。

バルン バルルルルルル……

 それにしても、やっぱり運転は荒いのです。
 腰をぎゅっと抱いていないと、どこかに飛んで行ってしまうのではないでしょうか。もう少し大人しい運転をしてくれると助かるのですけど。

 その想いが通じたのでしょうか。
 しばらくして、スピードが落ちました。
 車の間を縫うこともなくなったので、ぎゅっと目を瞑っていた私も、周囲を伺う余裕が出て……きました?

 えぇと、何ですか、これ?
 バイクの集団に囲まれているのですけど!

「さ、佐多、く……っ?」
「めんどくせぇ」

 バイクの音でほとんど聞き取れないはずなのに、何故か佐多くんが何を言ったかは分かりました。
 密着して振動が直に伝わったせいでしょうか。

 バイクの集団に囲まれ、私たちは本来のルートを大きく外れて港湾地区の工場跡へと誘導されてしまいました。

「へっ、俺らの縄張りでそんなイイバイクで見せ付けるからワリィんだよ」
「そーそー、だからさ、オンナとバイク置いてけよ」

 私たちを取り囲んでいるのは、バイク八台、総勢十二人の男の人たちです。
 先頭切って走っていた人が――まとめ役なのでしょうか――ヘルメットを外したのに、私はびっくりしてしまいました。

 髪の毛をオレンジに染めたその人は、何ともかわいい顔立ちをしていたのですから。

「というわけナンだけど、どうする? バイクとオンナ置いてくよね?」

 首を傾げて可愛らしい仕草なのに、言っていることはとんでもないです。

「さ、……佐多くん?」
「メット外すな。ここで待ってろ」

 バイクから降りた佐多くんは、私の肩を一度だけぐっと握ると、可愛らしいリーダーに向かって歩きます。
 その途中、思い出したように自分のヘルメットを脱いで、私の方へ放って来ました。

「随分とイキがったマネしやがんな、ケンスケ?」
「……へぇ、トキさんじゃん」

 まさかの知り合いですか……っ!
 でも良かったです。それならきっと穏便に行きますね。
 周囲を見れば、私たちを取り囲んでいた人達も何やら動揺しています。フルフェイスタイプのヘルメットだと顔も分かりませんからね。

 そんなことを考えながら、私は佐多くんから預かったヘルメットをバイクの上に置きました。

「ちょうどイイや! もう、ウンザリしてたんだよね。うるさいから爆音響かせて走るな、なんて命令するもんだからさぁ!」

 あ、あれ……、雲行きがおかしくないですか?
 オレンジ頭のリーダーさんが、棒状のものを取り出しています。ぼ、木刀に見えるのは気のせいですかね。観光地でおみやげ物やさんの軒下にあるアレっぽいです。

「そ、そうだ! マフラー改造して音響かせんのが楽しいのによォ!」
「へっ、さすがに十人以上相手にできねェだろーが!」

 な、なんで皆さんいきり立っていらっしゃるのですかー!?

 さすがに身の危険を感じましたが、この場で佐多くんの方へ逃げるわけにもいきません。
 左肩に掛けたバッグに手を突っ込んで、私は自衛手段をそっと握りました。お盆の一件の後、徳益さんからいただいた特別製の自衛手段です。
 一人で出かけるので、何かあればと思ってバッグに入れましたが、このまま出番がないことを願います……!

「オォラァッ!」

 最初に仕掛けたのは、オレンジ頭の人の隣にいた真っ黒なライダースーツの人でした。ボクシングの経験でもあるのでしょうか、構えがそんな気が……あぁっ!

 えぇと、私、夢でも見ているのでしょうか。
 佐多くんの蹴り一つで、吹っ飛んでいきました。わ、ワイヤーとか仕込んでいませんよね?

 仲間のことなど気にしなかったのは、オレンジ頭のリーダーさん(推定)です。
 うわ、木刀を縦に横にぶんぶんと振り回して、武器のない佐多くん圧され気味ですか? いえ、当たってはないのですけど、防戦一方というか、―――あ、回し蹴りが……って、えぇぇぇぇっっ!
 ちょ、佐多くん、人の足首掴んでぶん回して放り投げるとか、人間業じゃないと思うのですけどーっ!

 何人かお仲間さんを巻き込んですっ飛んで行ったリーダー(推定)さんを見て、他の人も少し逃げ腰になっちゃってます。
 うーん、本気で強いのですね。やっぱり、本格的な訓練してるからでしょうか。

 とりあえず、佐多くんの驚異的な強さに、私はホッと胸を撫で下ろしました。
 たぶん、それがいけなかったのでしょう。

「捕まえたァっ!」

 いきなり右手首を引っ張られ、私は体勢を崩して倒れこみそうになりました。
 でも、その先に居たのは、知らない男の人です。
 強い力で右手首を掴まれて、血流が止まりそうな勢いです。

 私を人質にしようと言うのですね。えぇ、分かりますとも。弱点を攻めるのは、間違っていませんよ。
 でも、私だって、それなりの場数を踏んでいるのですっ!

カァンッ!

 こ、これってば、こんな大きな音がするものなのですか? 響いた甲高い音に、その場に居た全員の視線が集まります! 
 おそらく、佐多くんにも見られていたでしょう。
 私が男の人に圧し掛かられるようにして、べしゃり、と潰れる様子が。

「ミオっ!」

 あぁ、そんなに慌てた声を出さなくても良いです。私は無事ですから。
 意識を失って倒れた男の人の下から、這うように抜け出しました。うぅ、服が汚れてしまったのです。

 立ち上がって砂を落とそうと思った途端、全身を圧迫感が襲います。

「ミオ、大丈夫か」
「大丈夫なのです」

 駆け寄って来た佐多くんが、私を抱き締めていました。うん、ちゃんと力加減ができているので、モツは出ません。

「徳益さんにいただいた改造スタンガンが役立ちました」
「……ミオ」

 あ、あれ、何だか声が地の底から響いていませんか?
 声は口から出すものですよ?

「ハッ、情けねェなァ! オンナ一人におたおたしてんなよっ!」

 あれ、さっき吹っ飛んだはずのオレンジ頭の人がいます。
 おでこからちょびっと血が出ているのですが、それ以上に人相変わってませんか? さっきまでカワイイ顔立ちしてませんでしたか? 本当に同一人物ですか?

「……野放しにすんじゃなかったな」

 佐多くんの声を聞いた時、何だか悪寒が背筋を駆け上がりました。

「すぐ終わらせっから、待ってろ」
「ひ、ひゃいっ!」

 怒ってます。
 佐多くんがめちゃくちゃ怒ってます。
 それが分かるのか、オレンジ頭以外の人が、顔を歪ませていました。分かります。ヤバイもの見ちゃったのですよね!

「イーイ顔してんなァ、トキさんよォっ!」

 元気なのはオレンジ頭さんだけです。
 ……あれ、目の錯覚? 幻覚ですか?
 オレンジ頭さんが、妙なものを引きずっているように見えます。
 幻覚でなければ、道路標識です。○に斜線なので、駐車禁止のマークですね。えぇ、幻覚でなければ。
 どうしてコンクリートの塊とセットになった道路標識を引きずっているのでしょうね。
 ……。
 幻覚ってことにしてくださいっ!

 オレンジ頭さんは道路標識(幻覚)のポールの部分を持って引きずりながら走ると、佐多くんの目の前で大きく振りかぶります。
 ちょっ! 遠心力って言っても、コンクリートの所が浮くとか、どんな筋力してるのですかっ!
 佐多くん! 危ないのです!

ガスッ!

「……」

 えぇと、逃げ腰の傍観者となっているオレンジ頭のお仲間さんから、「ヒィ…!」という悲鳴が聞こえた気がします。「人間じゃねぇ」とも。

 同 感 で す !

 何があっても、と思って頑張って目を見開いてました。
 いつもだったら、目をぎゅっと閉じてしまう私が、本当に頑張って目を開けてたのです。そうでないと、病院送りになってしまった時に、状況を正確に伝えられませんから。

 佐多くん、電光パンチとか流星キックとか繰り出す新造人間だったりするのでしょうか?
 普通の人間は、蹴りでコンクリートを砕けないと思いますよ?

「ハッハァッ! すげェ! マジすげェよ!」
「うぜ……」

 テンションの上がったオレンジ頭さんが、軽くなった道路標識をぶんぶん振り回します。軽くなったと言っても、随分な重量があるはずなのですけどね。こちらも人間を止めてしまった人なのでしょうか。

「黙れクソ犬……!」

 佐多くんが、振り回される道路標識を屈んで避けて、その体勢のまま再び蹴りを入れます。

 ……人間って、吹っ飛ぶものなのですね。
 今までの常識が、ほんの数分で覆された気分です。

 吹っ飛んだオレンジ頭の人は、ピクリとも動きません。
 持っていた道路標識が真ん中でボッキリ折れているようですが、あれ、折れた部分がお腹に刺さったりとか、して、……ません、よね?

「……あぁ、カズイ。狂犬ぶっ飛ばしたから処理しとけ。今回は大目に見てやるが二度はねぇぞ」

 佐多くんは、どこかに連絡しています。
 話し相手は徳益さんじゃないみたいですが、言ってることは同じです。

「てめぇら、カズイが来るまで逃げんじゃねぇぞ」

 ぎろり、と周囲にへたり込むオレンジ頭のお仲間さんを睨みつけると、佐多くんは険しい顔つきのまま私の方へ戻って来ました。

「行くぞ、ミオ」
「ひゃいっ」

 あぁ、舌噛みました。


「あ、あのー……、佐多くん?」
「なんだ」

 無事にマンションに到着し、夕食も食べた私ですが、いつも通り抱え込まれスタイルになっています。
 しかもお風呂上がりなので、薄着です。防御力が心もとないので、逃げたいのですが離してくれません。

「コンクリートって、蹴ったら砕けるものなのですか?」
「あぁ、安全靴だからな」

 ……安全靴って、底とかつま先とかに鋼板が入ってるやつでしたっけ。
 そうか、安全靴だからなのですね。

 って、騙されませんよ!
 硬さはともかく、コンクリートを砕いた衝撃を逃がせるわけがないじゃないですかっ!

「あー……発散しきれなかったな」
「発散、ですか?」

 ちょ、人のうなじに顔を押し付けないでください! くすぐったいです!

「アンタのじーさん殴れなかったから、あいつらに絡まれた時ラッキーって思ったのに」
「……」

 今、聞き捨てならないセリフがありませんでしたか?

「うっかりアンタを危険に晒すし、かえってストレス溜まった」
「……」

 と、とりあえず、色々とツッコみたい点はありますが、私はぎゅうぎゅう抱きついて来る佐多くんの手に、自分の手を添えました。
 き、聞き間違いではないですよね?
 なんだか、ドキドキしてきました。

「あの、おじいちゃんを殴りたかったのですか?」
「あぁ」
「な、殴らなかったのは、どうして、ですか?」
「……だって、アンタが怒ると思った」

 拗ねたように答えた佐多くんに、私は思わずお腹に回された手をぎゅっと握ってしまいました。

「佐多くん!」

 私は勢いよく身体ごと後ろに向き直り、正面から彼を見つめました。
 何故か、後ろめたいことでもあるのか、目を合わせてはくれません。

 でも、そんなの些細なことなのです。

 私は、感情の赴くままに、佐多くんの頭をぎゅっと胸に抱きしめました。

「嬉しいのです! ちゃんと考えて暴力を控えてくれたのですねっ!?」

 わしわしわしっと長めの黒髪を撫でます。
 何度も無理強いや暴力や力づくはいけないと説教した甲斐がありました! ちゃんと分かってくれたのですねー……!

 およそ一ヶ月近い苦労が報われた感激で涙も浮かびます。
 諦めないで本当に良かったのです!

 喜びに我を忘れた私が、「アンタ、誘ってんの?」と佐多くんに指摘されたのはたっぷり二分以上経ってからのこと。
 それまで私の胸に顔を埋めていた佐多くんが、どこか嬉しそうな顔をしていたのは、私に誉めてもらえたからだと思っておきたいです。

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