TOPページへ    小説トップへ    それは、通り魔的善行から始まったのです。

 54.それは、家族だったのです。


「ミオー? ちょっと大丈夫?」
「大丈夫なのですよ~?」

 嘘です。玉名さん。全然大丈夫ではありません。
 寝不足でヘロヘロなのです。
 今朝はトキくんがお仕事なので、顔を合わせることなく登校できたのが幸いなのですよ。そうでなければ、何を言われてたことやら。

「なんか悩み事あるんなら、遠慮なく言いなよ? ミオってば、ゼッタイにヤセ我慢するタイプだしさ」
「ぐ、それは否定できないのです。……玉名さん」
「なにー?」
「嫌いな人に好かれてしまったら、玉名さんだったらどうしますか?」
「え? シカトするよ?」

 ……それが通用する相手だったら良かったのですけど。

「え、ミオ、誰かにコクられたの?」
「ち、違いますっ! ただ、その、えーと、私が苦手としていた人から、好意を持たれてしまったようだと、人づてに聞きまして」
「ふーん?」

 玉名さんがじろじろと意味ありげに私を見つめてきます。何だか、イヤな予感しかしないのですけど!

「実害がなきゃ、どーでもいーと思うけど?」
「実害、ですか?」
「たとえば、周りなんてぜんぜんお構いなしに、愛を囁いちゃったりとかー?」
「ありませんよ、そんなこと!」
「自分の行く先行く先に先回りしてるとかー?」
「そ、それも、ないと思うのです」
「いらないプレゼントをガンガンよこすとか?」
「……いまのところは、ないのです」
「じゃ、いいじゃん」

 玉名さんは、あっけらかんと断言しました。

「えっと、玉名さん。もしかしてそういう相手がいたりするのですか?」
「あー……、別れた元カレが、ちょっと付きまとって来たことはあったかなー?」
「ちなみに、どんな感じだったのでしょう?」
「メールを一日に何通も寄越してきたりとか、学校の行き帰りに出くわしたとか、まぁ他にもちょっとね」

 日頃、取り繕うことのな玉名さんが言い淀むぐらいのことをされた、ということなのでしょうか。
 玉名さんも、化粧の濃淡はありますが、基本的には美人さんの部類ですからね。やっぱり、キレイな人は色々と大変なのです。

「ちなみに、その人は、今はどうしているのですか?」
「え? 警察に通報して、接近禁止令ってヤツ出してもらったよ?」
「え?」

 そ、そこまでひどい付きまといだったのですか!

「あー、ダイジョブダイジョブ。めっきり顔も見てないから、アッチもちゃんと守ってるんだと思うよ?」
「うー……、それならよいのですけど」

 玉名さんは軽く流していますが、当時はすごく怖かったのではないでしょうか。そうでなければ、かつて付き合ってた人を警察に届出なんてしないでしょうし。

「あ、もちろんミオにそこまでしろって言ってるワケじゃないからね? ほら、なんてゆーか、相手に気を持たせることなく、ドライに接してやればいいって、そーゆーレベルだから」
「……はぁ」

 ドライに、ですか。
 それもちょっと難しいのです。


 昨晩、トキくんに読み聞かせをしてもらった内容は、予想外過ぎるものでした。

「ミオ、これは―――」
「な、何にも言わないで欲しいのですよ、トキくん。私もちょっと整理する時間が欲しいのです!」

 お母さんから来た手紙の便箋の罫線は、モールス信号で出来ていました。まだおじいちゃんと同居していた頃に、おじいちゃんから教わったものです。いざというときはこれで連絡しよう、なんて笑い話をしていたのに、まさか本当に使うなんて思いませんでしたよ、お母さん!

 お母さんが知らせてくれたのは2つの情報でした。
 1つは、ドゥームさんの私に対する認識について。今までは『リコの娘』というお母さんの付随物のような扱いだったらしいのですが、どうやら先日の一件で変わってしまったみたいです。しかも、上向きに。

「ちょ、トキくん、読み違いとかではないのですよね?」
「確かにそう読める」
「で、でも、私、ドゥームさんを叩いた挙句に説教して―――」
「そこらへんが似てるってことなんだろ」

 私の評価は、『リコの血を引く娘』から『リコによく似た娘』という好意的なものになってしまったらしいです。今までは『リコのためにも同居は必要かな』から『いつでも同居オーケー!ウェルカム!』な状況になってしまったということなのです。

「アンタ、あっちに住む気か?」
「む、むむむむ無理なのです! たとえ好意を持たれていても、その、何というか―――」

 いいえ、もしかしたら、私が慣れれば何とかなるのかもしれません。私に敵意を抱いているわけでも、お母さんを囲うための道具にしているわけでもないのですから。
 ただ、やっぱり蛇男はお断りと言いますか、それに―――

「むしろ、問題はもう片方の方なのですよ……っ」

 じわり、と涙がこみ上げてきそうなのです。
 だって、そこにはとんでもないことが書かれていたのですから!

「まぁ、オレは何となくそうじゃないかと思ってたけどな。あからさまだったし」
「……し、信じたくないのです」

 あの天使なレイくんが、まさかの『蛇』だったなんてっっ!

「いつか言ってた『蛇の子は蛇』ってのが当たったな」
「トキくん、冷たく言わないでください!」
「懐かれて嬉しそうだったじゃねぇか」
「う、そ、それは、その……」
「こればかりはドゥームさんに感謝しとけよ? 止めてくれてるみてぇだし」
「うぐ、……はい」

 そうなのです。
 前にレイくんが話してくれた『パパとの約束』というのは、『他人のものを欲しがってはいけない』ということらしかったのです。問題は、この『他人のもの』というのが、『トキくんのものである私』というところなのですけど。

「……私、トキくんのものではないのですよ」
「そこかよ」
「それに、レイくんが……、レイくんが……っ」
「アンタには悪ぃが、正直に言うぞ? あれは、最初っから自分の外見使って、アンタをタラす気満々だったからな?」
「トキくん……っ!」
「まんまと引っかかりそうになってただろ。あれはタチ悪いぞ?」
「……っ」

 私の人を見る目というのは、それほどにポンコツなのでしょうか。お母さんと、トキくんと、ドゥームさんもレイくんをそう評価しているのに、どうしても信じられないのです。

「ちょっと、ちゃんと、考えるのです」
「……大丈夫か?」
「大丈夫なのです。若いときの苦労は買ってでもしろというので、その一環なのですよ」

 そんな感じで、昨日はとっとと自室に引き篭もってしまったのです。
 残念ながら、午前中の授業は散々でした。何とか板書はノートに写せていますが、内容はサッパリ頭に入ってきません。サッパリ妖精が頭の上でセンス両手にくるくる踊ってます。
 ただ、日にち薬というのでしょうか、朝よりは随分と落ち着きました。だからでしょうか、朝には気付かなかったことに気付けたのです。

「えーと、玉名さん?」
「なにー?」

 お昼休みに向かい合わせになって座るクラスメイトの表情も、声の調子も、どうして気付かなかったのでしょう。

「今日はなんだか、浮かない表情なのですよ?」
「あちゃー、アタシよりヤバげなミオに分かっちゃうのかー。ちょっとマズいなー」
「朝は私の話を一方的に聞いてもらいましたし、良ければ聞きますよ?」

 玉名さんは、ちょっと気まずげに一度視線を窓の方向へ逸らしました。でも、すぐに向き直って、てれり、と笑いました。屈託なく笑う玉名さんにしては珍しく、微妙な笑顔なのです。

「やー、ちょっと家族とケンカしちゃってさ」
「……玉名さんでも、そういうことがあるのですね」
「えー? 家族のケンカとか、フツーっしょ?」
「えぇと、失礼な話かもしれませんが、何だか人付き合いが上手そうでしたので」
「あははー、コミュ力と家族ゲンカはベツモノでしょ?」
「そういうものですか?」
「んー、自身ないけど、たぶん? や、今回はアタシが悪いの分かってんだけどねー。なんつーか、図星って差されるとチョー頭にクるじゃん?」
「あ、それは分かります」

 どうやら玉名さんは週一で家庭教師をお願いしているらしく、その家庭教師に対する態度のことで、色々と父親に言われたらしいです。ほんの数歳年上の大学生と言っても、教えを請う立場なら相応の対応を、……て正論ですね。

「ま、色々と思うトコはあるケド、家族ってこれからも長いツキアイになるワケだし、んー、うまく言えないな。ほら、お互いに折り合っていかなきゃなんないワケでしょ」
「長い、付き合い、ですか」
「え? だって、この先結婚したってさ、親子ってのは変わんないじゃん? 子ども産むときだって、母親がいるといないとじゃ、断然違うってゆーし?」
「玉名さん、本当に色々と考えているのですね。なんだか、私、先のことなんてちゃんと考えていなかったみたいなのです」
「あー、ダチで出産経験者とかいるからさ。そーゆーコ見てると色々と考えるワケよ」
「そうなのですか」

 考えてみれば、ちょうど今ぐらいの年齢で、お母さんも私を妊娠したのです。きっと、色々と不安でおばあちゃんに相談したに違いありません。私も……ってそんな予定はありませんけど!

「そうか、家族、なのですよね」
「ミオ?」
「玉名さん。なんか、ちょっと見えてきました。ありがとうございます」
「え? まぁ、ミオが良かったならいいけど」

 私の家族は、おじいちゃんとお母さん。あとは亡くなったおばあちゃんだけでした。そこに平蔵や小兵衛さんも加えてもいいですが、一応ペット枠なのです。
 でも、家族は、増えたのです。
 ドゥームさんも、レイくんも、義理とはいえ家族。たとえ同居はしなくても、蛇だからという理由で逃げ続けてもいけないのです。

 ふ、腹を決めたらミオさんは強いのですよ。

 蛇だから逃げるのではなく、蛇との上手な付き合いを見いだしていくのです! そうと決めたら一直線なのです!

 私は早速スマホを取り出し、ぽちぽちとメールを打ち始めました。後回しにすると後で「やっぱり怖い」となりそうなので、自分を追い込むのです。

「ミオ、なんだか燃えてるね」
「はい、頑張るのです」
「中間テストを?」
「ぐっ……、ちょっと忘れかけていたのです」
「だよねー。ミオってば、そーゆー抜けてるトコあるから、アタシはシンパイだわ」

 玉名さんはお弁当の蓋を閉じながら、にやにやと笑っていました。むぅ、玉名さんには敵わないのです……って、あれ?

「あの、玉名さん」
「なぁにー?」
「その、いつもだったら、このぐらいの時間に、恩田くんが会話に入って来るような気がするのですけど」
「あ、アイツ? ムリ、来ないわよ」
「え?」

 今日はちゃんと出席していたはずなのですが、と、きょろきょろと教室を見渡せば、うん、ちゃんと来ているのです。今は男子と楽しそうにしゃべっていますね。

「えっと、玉名さん、恩田くんとケンカしました?」
「えー? ……ミオ、知らないの?」
「何が、なのです?」

 もう一度、ちらり、と恩田くんを見れば、こっちの視線に気がついたみたいです。小さく手を振ってみると、振り返して……あれ、慌ててそっぽを向かれてしまいました。

「あの、私、何か恩田くんの気に障るようなことをしてしまったのでしょうか」
「……あー、違うってば。―――ちょっと、オンダ! こっち来なよ!」

 玉名さんの声に、恩田くんはとても驚いた顔をして、ぶんぶんと勢いよく頭を横に振っています。

「あ、あの、玉名さん。恩田くんにも何か事情があるのでしょうし―――」
「オンダァ! 呼んでんのに来ないから、ミオが泣きそーよ? 何なら、泣かせたって言って」
「わわわわわわっ! 行く! すぐ行く! ちょ待!」

 何故か青褪めた恩田くんが、周囲の男子からの後押しもあって、こちらに駆けてきます。教室内なので5、6歩の距離しかないのに走って来るなんて、そこまで急ぐ必要があったのでしょうか。

「ミオ知らないんだって。だから、チョーショック受けてんだけど」
「え? 須屋が知らないって、マwwwジwwwかwww」
「避けるよかさー、直接頼み込んだ方がマシなんじゃん?」
「あー……、その、俺さ、えーと、なんつーか」

 すごく言いにくそうなのです。いったい何があったのでしょうか。というか、この話、私が聞いても差し支えないものなのですか?

「ミオー、オンダの話、ちゃんと聞いたげな?」
「は、はぁ」
「オンダもびしっと話せっての」
「お、おう」

 玉名さんに促されて、恩田くんは「俺が言ったって、羅刹には内緒な?」と事情を話してくれたのです。

「あー、須屋に近づき過ぎだっつって、睨まれて、さ」
「……それは、誰に」
「羅刹だよ、羅刹! 文化祭終わって2日目か3日目に、廊下で、ちょっと」

 トキくん!
 これはお説教なのですよ!

「教えてくれて、ありがとうございます。恩田くん。恩田くんから話を聞いたとは言いませんが、ちょっと話してみますね?」
「お、おぅ……?」
「ミオー、なんか黒いもの出てるよ?」

 そりゃトキくんには色々とお世話になっていますけど、さすがに交友関係に口を出すのはどうかと思うのですよ。せっかく、最近は不意打ちが多くなった代わりに無理強いが少なくなったと思っていたのに、何ということでしょう! 狼のしつけは、私のお仕事なのですよ、たぶん!

<< >>


TOPページへ    小説トップへ    それは、通り魔的善行から始まったのです。