TOPページへ    小説トップへ    それは、通り魔的善行から始まったのです。

 60.それは、班分けだったのです。


「ミオっちー! もちろんアタシと一緒だよねっ」
「はぁ、それは構わないのですけど」

 修学旅行のグループ分けは、押しの強さに負けて玉名さんと一緒です。ついでに、津久見さんも一緒なのは……深く考えないでおきましょう。自由行動だけでなくホテルの部屋も一緒なので、私の胸が狙われているとか、は、さすがにないと信じたいのですが。でも、信じたところで裏切られるパターンの気もするのです。

「沖縄って初めてなのですけれど、どういう場所があるのでしょう?」
「……ミオっちってば、天然過ぎてどこツッコめばいいのよ」
「えー?」
「フツーさ、事前に調べておくってもんじゃない?」
「えっと……」

 すいません、最近いろいろと忙しくてそれどころではありませんでした。
 学校から帰って買い物、夕食の準備、ドゥームさんちに行っておさんどん、もちろん毎日ではありませんけど、ちょっと忙し過ぎるかもしれません。まぁ、バイトのある日もバタバタしているのですけどね。

「じゃ、とりあえず、自由行動で回る場所なんだけどー」
「あ、はい」

 玉名さんはとても用意周到で、ちゃんとガイドブックを用意してくれていたのです。こういうところは、本当にすごいと思います。

「あ、ミオっちはどこか行きたいところある?」
「水族館とか、でしょうか? あ、お土産はちゃんと買いたいのです」

 トキくんとお土産を買って来ると約束したのでした。あと、お母さんのところや、バイト先にもちゃんとお土産を買って行った方がよいですよね。

「やっだ、ミオってば、お土産買わないワケないじゃん」
「そ、そうですよね」

 玉名さん、いつになくテンション高いのは、修学旅行のなせる業なのでしょうか。

「羅刹は行かないってホント?」
「あー、そうみたいです。まぁ、行ったら行ったで……」

 私はちらり、と同じく自由行動の相談をしている男子を見ました。

「部屋割りですっごく揉めそうなのです」
「あー……、確かに」
「それは、間違いないね」

 その意見には、津久見さんも玉名さんも同意してくれたのです。誰も好んで羅刹と同室で寝たいなんて言い出さないでしょうし。私だって未だにその眼光に脅えますからね。

―――なんて、LHRの時間が過ぎて行ったというのに、私は思わず首を傾げてしまいました。

「トキくん、今日は居たのですか」
「あぁ? 居たら悪いのか?」

 それは、放課後のことでした。私たちの会話を聞いていたクラスメイトがドン引く様子が目に見えます。すみません。私の話の持って行き方がよくなかったですね。羅刹が怖いのは通常運転なので、できるだけ怖くない羅刹を引き出すような会話術を試みないといけないのです。

「えっと、さっきのLHRの時間にいなかったので、てっきり今日はいないものだと思っていただけなのです」
「あぁ、社会準備室にいたな。オレがいてもやることねーし」
「準備室、ですか?」
「まぁ、欠席日数補うための補講だな。……で、帰るんだろ?」
「あ、はい。そうなのです」

 私はクラスメイトたちの微妙な視線を感じつつ、カバンを取ってトキくんの隣に並びました。クラスメイトだけでも良いので、そろそろ慣れていただきたいものなのです。

「補講って、具体的にどんなことをやるのですか?」
「あー……、寝てた?」
「ふぁ?」

 あれ、補講って、授業とかプリントとかやるものではなかったのでしょうか。

「成績に問題ねぇから、アリバイ作っとけって話だな。細かいところはアンタも聞いてんだろ?」
「はぁ、まぁ……」

 そういえば、瀬田先生からも裏事情は聞いていたのです。模試で良い成績を残しているからこそ、優遇措置をしているとか何とか。
 そんなことを考えていたら、いつの間にか駐輪場へ到着していました。ふぅ、また憂鬱なバイクタイムの始まりなのです。


コンコン

「はい、何かようですか?」

 私の返事に、ドアがガチャリと開きました。あの、まだ入室を許可するようなことを言ってはいないのですけど……。ま、気にするだけ無駄だと諦めてますから、見られて困るようなものは自分の部屋に広げていません。

「何やってんだ」
「うるさかったですか、すみません」

 新聞紙を広げると、結構ガサガサと音がしてしまうのですよ。それは仕方のないことです。でも、後の掃除の手間を考えると、やっぱり新聞紙を敷いた方がいいですし。

「なんだ?」
「すぐに終わりますので気にしないでください。これ終わったら夕飯の買い物に行きますから」
「すぐ終わるって、何やらかす気だ」
「やらかす、というとすごく失礼な気がするのですよ! もう少し言葉を選んでくれたってよいではないですか」
「だから、何やんだよ」
「えーと、ちょっと最近ウィッグを付けるのに手間がかかるようになってしまったので、髪を切ろうかと」
「あぁ?」

 ひぃ、どうしてそんなに半眼で睨むのですか。私、そんなにトキくんを不快にさせるようなことを言った覚えはないのですけど!

「いや、その、髪を切るだけですよ?」
「誰が」
「もちろん、私が」
「誰の」
「自分の髪ですって」
「……ざけてんのか?」

 ひぃ! どうしてそんな地獄の底から響くような声が出るのですか!

「アンタ、ずっと自分で切ってんのか?」
「え? あ、はい。一人暮らしを始めてからはずっと、ですね」
「美容院は」
「行きませんよ?」

 ずかずかと私の部屋に入って来たトキくんが、私の額をわしっと掴んできました。痛いのです! 指が食い込んでいるのですよ!

「阿呆」
「いたたったたっ! あの、指、がっ、ミシミシって……!」
「……あぁ、犬飼。悪ぃが車回してくれ。あと、倉永が首突っ込んでる美容院があっただろ、アレに連絡しろ。―――そうだ。頼んだ」

 え、どうしてトキくんは私にアイアンクローしながら電話しているのでしょうか? というか、犬飼さんとか倉永さんとか、聞いたことがある名前なのですけれど?

「と、トキ、くん?」
「出かけるぞ」
「いや、出かけるのは、髪を切ってからで」
「出・か・け・る・ぞ」
「……はい」

 結局、運転手の犬飼さんを呼びつけたトキくんにドナドナされた私は、例のオネエな倉永さんが経営している美容院でサッパリ髪をカットされてしまったのです。
 え、カット代ですか?
 トキくんが「福利厚生の一環だと思っておけ」なんて言いながら払ってしまいました。福利厚生ってこういうことでしたっけ?


「あー、分かるわ。確かに短い方がウィッグ付けるの楽よね」
「シャオリン姉様はどれくらいの頻度で髪を切っていますの?」

 バイト先で、自然とそんな会話になってしまいました。もちろん、トキくんが連れて行ってくれた先の美容師さんは腕もよくて、私が自分でジョキジョキするのとは仕上がりが段違いでした。あ、プロと素人を一緒にするなって言いますか。そうですよね。特に後ろの髪なんて切りにくいことこの上ありませんし。

「私は月に一度かしら。最寄りの駅ビルにある美容院で、ね。毎回同じ人にお願いしているから、話も弾むし楽しいわよ?」
「そういうものなんですの?」
「オウランは決まったところで切っているわけではないの?」
「あの、昨日行ったところは、初めてのお店だったので、かなり緊張してしまって」
「そうねぇ。ここが良いと思える店を見つけるまで、色々なお店に行ってみるのも必要よね?」

 それ以前の問題だったのですけどね。正直、見ず知らずの方に首元あたりでハサミをシャキンシャキンとされると背筋がぞわぞわするというか、昨日はさらにトキくんにじっと睨むように見つめられたままでチョキチョキ切られていたので余計に緊張しました。
 昨日のトキくんの口ぶりだと、次回もあのお店に連れて行かれそうなのです。もういっそのこと、見習い美容師さんたちへの練習台としてくれれば、お金を払わずに済むのではないでしょうか。あぁ、昨日のお店で料金表を見せてもらえなかったのが、本当に気になるのです。いったいどれぐらいのお金がかかったのでしょうか。

「オウラン?」
「……すみません、シャオリン姉様。ちょっと考え事をしてしまって」

 もう、このことについて考えるのはやめましょう。もっと楽しい話題にするのです!
 私は、シャオリン姉様に、今度の修学旅行の話をしました。班分けで自分の胸を狙うクラスメイトと同じになってしまった、とか。行き先が沖縄だとか。いつの間にかシャオリン姉様だけでなく、同じく本番待ちのカショウも頷きながら私の話を聞いていました。

「……ということで、シャオリン姉様はお土産のリクエストはおありですの?」
「沖縄かぁ、いいわねぇ。というか、そんな年だったのね、オウラン」
「てっきり年上だと思ってたわ」
「カショウ、素が出ていてよ?」
「あ、すいません、じゃなかった。あー……キミをそんなに煩わせるようなことが言いたかったわけじゃないんだよオウラン」
「考えておいていただける? わたし、それほど詳しいわけではありませんの」
「そりゃもちろん、共犯者のキミの言ならば従うよ」

 バックヤードでも、誰の耳があるかわかりません。ちゃんと役柄に沿って話すのです。本当ならば、最初にそんな話題を持ち込んだ私が一番悪いのですけれど。

「沖縄、かぁ。行ってみたいわね」
「姉様は行ったことありませんの?」
「私は長崎だったのよ」

 なるほど、そういえば希望地選択のアンケートのときも、その選択肢はあったのです。すっかり忘れていました。

「それにしても、飛行機……」
「あら? オウランは乗るのは初めて?」
「そうなんですの。わくわくしたらいいのか、ドキドキしたらいいのか分からなくて……」
「ハラハラしたらいいのよ」

 シャオリン姉様は、いつも言うことがウィットに富み過ぎているので、正直反応に困るのです。

「お土産は何でもいいと思うわ。適当にみんなでつまめるもので、パッケージに沖縄って入っていればいいの」
「そういうものですか」
「そういうものよ」

 なんだかミもフタもない回答ありがとうございます。カショウもポカンとしていますよ、シャオリン姉様。

「さて、そろそろ本番よ。切り替えていくわよ」

 そうでした。本番も近いのです。頑張ってオウランを演じなければ。

―――舞台の真ん中に陣取ったシャオリン姉様にスポットが当たります。さて、息を整えて、……いきます!

「待ってください、シャオリン姉様! 誤解ですわ!」
「何が誤解だというの? シンルーと会っていたという話は、わたしの耳にだって入っているのよ!」
「……」

 もちろん誤解です。カショウと結託したこのオウランは、シンルーと仲良くしているという噂を流した張本人なのですから。根も葉もない噂ですよ。本当に人の口って怖いのです。

「シャオリン姉様! わたしを信じてください! 確かにわたしはシンルー様をお慕いしております。けれど、姉様を裏切るようなことはいたしません!」
「オウラン。あなた、シンルーのこと―――」
「えぇ、そこは偽りありません。けれど、姉様を悲しませるようなことは決して」
「……そう」

 私はじっとシャオリン姉様の後ろ姿を見つめます。この立ち位置からは、私に背中を向けた姉様の表情は見えないのですが、リハを見ていたカショウ役・シンルー役から聞いた話ですが、とてもよい表情をされているということなのです。
 くっ、私がオウラン役でさえなければ、ちゃんと鑑賞できたのに! 悔しいのです! 困惑と混乱と怒りと悲しみと入り交じったシャオリン姉様の表情が見たかったのです!

「ごめんなさい、オウラン。少し、一人にしてもらえるかしら」
「はい」

 私はシャオリン姉様に見られていないのを良いことに、悪い笑みを浮かべながら退場します。この後は、とぼとぼと一人歩くシャオリン姉様を心配したカショウが慰めるという流れです。え? もちろん私オウランとカショウは示し合わせた上の行動ですよ? 腹黒いなんてとんでもない。オウランとカショウは、恋は誰かを傷つけてでも手に入れるもの、という考えで意気投合しておりますから。

「Jさん。出来てるお皿はこれだけですの?」
「やぁ、オウラン。3番と2番テーブルは、もうちょっと時間かかるかな。寸劇終わったら7番の名状しがたいコーヒーはすぐ出すよ」
「わかりましたわ」

 トレイにお皿を並べながら、私は舞台をちらちらと確認します。あ、またカショウはキザな言葉を言わされていますね。同じヒール役としては頑張れとエールを送りたくなります。

「お疲れさま、オウラン」
「まぁ、シンルー様。……ふふっ、こんなところをシャオリン姉様に見られたら大変ですわ」
「そうだね、オウラン。でも、舞台上の状況を僕が見てしまうよりは、まだ軽いんじゃないかな?」

 舞台の上では、ほろりと涙をこぼしそうになったシャオリン姉様をカショウが抱きしめています。確かに、修羅場確定ですね。

「なんだか、シナリオ担当の中では、僕を腹黒設定にして、カショウの策に踊らされたふりをしてシャオリン・オウラン姉妹の両方を手に入れる、なんて構想もあるみたいだけどね」
「……シナリオ担当の被害者は、のべつまくなし、ですわね」
「そうだね。次の寸劇内容一新のタイミングで、もしかしたら僕がオウランを転がすようになるかもね」
「それはそれで、今シンルー様を好ましく思っている方々が悲鳴をあげそうですわ」
「あー、確かに。でも、先日の人気投票では大差をつけてカショウに負けてしまったからね。きっとテコ入れを考えていると思うよ」
「なるほど。お客様の意向に添うということですわね。腹黒い男性に萌える方々もいらっしゃるでしょうし、それも1つの手段だと思いますが、一途萌えの方はどうなるのですかしら」
「さて、そこは僕らキャストじゃなく、シナリオ担当と神様が考えることだからね」
「それもそうですわね」

 さて、シンルーの運命やいかに、ですか。今の純真純朴な青年のままでいて欲しいと思っているのは、私以外にもいると思うのですけれど。そこは後でシナリオ担当にこぼしてみましょう。

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