62.それは、コイバナだったのです。……疲労困憊なのです。 あんなのは、マンガの中だけだと思っていた自分を、殴ってやりたいのです。 それでも、実際にあんな展開になるだなんて思わないじゃないですか! 「女同士だからって、許容できることとできないことがあるのですよ……っ!」 髪を乾かすのに手間取っている同室の子たちを置いて、先に大浴場から抜け出した私は、少しへろへろとした足取りで部屋に戻るところでした。 正直、予想外だったのです。 友達同士でお風呂に入ると、「Aちゃんって胸おっきいよね~」「そんなことないよ」「ちょっと触ってもいい?」みたいなキャッキャウフフな展開があるというのは、男の子向けマンガの王道だとは思うのですよ? でも、リアルでは誰も求めていないと思うのです! ―――発端は、津久見さんでした。 「ねー、須屋さん。ちょっと触らせてもらっても、いーい?」 「……えぇと、一応尋ねたいのですが、何を、ですか?」 「やーだー、ミオっちってば分かってるくせに! おムネ様に決まってるじゃん」 そこに悪ノリした玉名さんが混ざって、何故か他の女子まで混ざってきてしまいまして。 え? 男子的には鼻血モノの光景ですか? 被害を受ける私にとっては、とんでもない拷問だったのですけど? 最終的には玉名さんに羽交い絞めにされた私の胸を、津久見さんが揉むというカオスな状況になってしまいました。 何故か、触った津久見さんの方がショックを受けた顔をしていたのですけど、触られた私の方が衝撃は大きいですからね? 「あれー、須屋ぁ? 一人か?」 同じ時間帯に入っていたのでしょう。諏訪くんと恩田くんが連れ立って歩いているところに遭遇しました。学校指定のジャージにバスタオルを肩にかけるという、なんだか微妙な格好なのです。 「みんな、髪が長くて乾かすのに時間がかかっているのですよ」 「あー……、須屋は短いよな。伸ばさないのか?」 さすがに正直に「バイトで付けるウィッグが蒸れるから」なんてことを話すわけにもいきません。 「短い方が楽なのですよ」 「ま、そーだよなー」 ちなみに。 ここまで私と話しているのは、諏訪くんです。恩田くんは、まだよそよそしいのです。……やっぱり、まだトキくんの発言が効いているのでしょうか。 ふと、空港で見た姿を思い出してしまいました。まったく、どうしてこうモヤモヤしてしまうのでしょうね。いい加減にサッパリ忘れてしまわないと。 「なー、須屋?」 「なんでしょう?」 「……ちょっと相談があんだけど」 諏訪くんは、恩田くんを手で追い払うと、私に耳を貸すように言いました。 他に通りがかる生徒がいないわけではないので、聞かれたくないのでしょう。でも、かえって目立ちますよ? 「あとでさ、キホ呼んでくれねぇ?」 思わず半眼になってしまいました。 ちょうどそういう話を、お風呂に行く前にもしていたのですよ。ついでに脱衣所でも。 諏訪くんの言う『キホ』というのは、朝地さんのことです。バレー部でブロッカーとして活躍している朝地さんは、中性的な魅力を持つ背の高いクラスメイトです。私と同じくボブカットなのですが、高森さんに付き合って、まだ脱衣所に残っているはずです。 ボーイッシュな朝地さんは、女子からも好かれるさっぱりとした性格なのですが、……男子からも好かれるのです。 「諏訪くん」 「え、だめなのか?」 とりあえず、クラスメイトのよしみで真実を告げることにします。 「呼び出したり取り次ぐのは構いませんが、……諏訪くんで3番目なので順番待ちですよ?」 「えぇぇぇぇっ!?」 驚くことではないのですよ。人気者なのですから。バスの乗降タイミングで声を掛けてきた他クラスの男子が1人、夕食の時に手を合わせて拝んできたクラスメイトの、いや、これは内緒にしておきましょう。クラスの和が乱れるのはよくないのです。 「二番煎じ、三番煎じになりたくなければ、とっとと特攻するとよいと思います。お風呂は一緒のグループだったので、ここで待ってれば来ると思いますよ?」 「待ってれば、って高森や玉名とかと一緒に、だろ?」 「津久見さんもいますよ?」 「あ―――……、玉名と津久見とか最悪なタッグじゃねぇか!」 そうですね。私もそう思います。ついさきほどまで胸を弄ばれてた私も、すっごく同感なのです。 「どうしますか?」 項垂れた諏訪くんに尋ねると、なぜか「ふふふふ……」と静かな含み笑いがこぼれていました。怖いのです。 「恩田ぁ!」 私たちを置いて一足先に部屋へ戻ろうとしていた恩田くんを呼び寄せると、諏訪くんはその首をガッと腕で引き寄せました。 「お前、玉名と仲良かったよな? 頼む! ちょっとでいいからキホから引き離してくれ!」 「おいおい、キホって、あれ本気かよ」 「あぁ、本気だ。本気と書いてマジだ。―――で、須屋は津久見を頼む」 「……いつも一緒の高森さんはどうするのですか?」 「高森は良識的な判断ができるヤツだ。だが、玉名と津久見は違う! あいつらは、絶対に寄ってたかって囃し立てるに違いねえぞ!」 あー、確かにやりそうなのです。二人とも、こういうの好きそうですからね。 でも、津久見さんを頼む、と言われても困るのですよ。私もグイグイと来る津久見さんはちょっと苦手なのです。 「二人とも頼む! オレはあの二人に見つからないように隠れておくから!」 「ちょ、おい」 「諏訪くん?」 通路の曲がり角に隠れるように身を滑り込ませた諏訪くんを呆然と見送って、私は恩田くんと目を合わせました。 「困りましたね」 「あぁ、っつーか、諏訪あとで枕投げの的決定な」 「私の分までよろしくお願いします」 「任された」 あれ、不思議と恩田くんと今までどおりの会話ができているのです。玉名さんを交えずに話すのは、ちょっと緊張しますが、でも、嬉しいです。 「あー……、須屋?」 「はい」 「悪かった。お前のこと避けてて」 「その、脅されたってことは聞きました。怖いのは分かるので仕方がないのです。……でも、こうして普通に話してくれる方が嬉しいです」 「あー、うん、玉名にも言われた。つーか、お前ホントに羅刹と付き合ってねーの?」 「付き合うって、いわゆる彼氏彼女のお付き合い、なのですよね? 正直、そもそも彼氏彼女のお付き合いとはなんなのかという所からご相談したいぐらいなのです」 「……ご相談って、一緒に出かけたり、手ぇつないで歩いたり、登下校一緒にしたり、パンピーの思いつくデートってそんなもんだろ」 「恩田くん、まだ業界用語残っていたのですね」 「おかしいな。もう全部抜けたと思ってた―――来たな」 恩田くんの視線の先には、私と同じタイミングでお風呂に入った面々がいました。何か楽しそうに話しながら歩いて来ています。高森さん、朝地さん、そして玉名さんと津久見さんです。 「本当にやるのですか?」 「やるっきゃねーだろ」 はぁ、気が重いのです。 ![]() 「はっ、キホってば容赦なかったねー」 「まぁ、悪いとは思うけれどね」 女三人寄ればかしましい、と言いますが、五人もいれば、やかましくもなるというものです。お布団を敷いて、枕を寄せ合って、ついでにおやつも広げながら、こそこそとプチ宴会状態なのです。 え、消灯? 見回り? そんなもの、とっくに終わっています。今は、部屋を暗くしたままで、津久見さん持参のLEDカンテラ(単三電池×2)の明かりを頼りに顔を寄せ合っている状態です。 今日回った首里城の話から始まり、今は朝地さんモテモテ伝説のターンなのです。 諏訪くんはきれいに玉砕しました。ついでに他二人も沖縄の海に沈みました。朝地さんは、バレー一筋なのだそうです。 「バレーで推薦狙ってるんだっけ? うちの高校にしては珍しいよね」 「先輩にN大にいった人がいてね。その縁もあって、練習に参加させてもらったりもしてるんだ」 朝地さんは本当に男前なのです。そんな性格だから女子からも男子からも好かれるのですね。 「でも、彼氏っていいものよ? ねぇミオっち?」 「ふぁ!? 玉名さんはともかく、どうして私に振るのですか?」 「えー? だって羅刹とイイ感じじゃん?」 「ちょ、ですから、付き合っているわけでは……」 ふと、頭をよぎったのは、諏訪くんの告白サポートをしていたときの、恩田くんのセリフでした。 「えぇと、せっかくですから、恋愛相談してもよいですか?」 「え? マジマジ?」 「須屋さんから? 何でも聞いて?」 「報酬に、また胸もませて?」 とりあえず津久見さんは放置することにして、乗り出してきた朝地さん高森さん玉名さんに向き直ります。津久見さんがなおも言い募ってますが、そこはシャットアウトなのです。 「そもそも、付き合うって何なのでしょう」 あれ、どうして「そこからかー」ってハモるのですか。そりゃ自他共に認める恋愛不感症ですが、そこまで「あちゃー」みたいな顔しなくても良いではないですか。 「じゃ、ミオの考える『付き合う』ってどんな?」 「どんな、……って」 改めて尋ねられると困ります。 「た、たとえば玉名さんは、付き合ってる彼氏さんとどんなことをしてるのですか?」 「どんな? え? やだ聞きたい?」 あれ、どうして玉名さんが嬉しそうなのですか。あぁ、惚気られるのが嬉しいんですか。 「ミカにしゃべらせると、長くなるからやめて。ミカの惚気は聞き飽きたわよ」 「ハナ、その言い方ひどいし!」 「私も恋愛経験ないから、どうこうは言えないけど、アヤカはどう思う?」 「普通に考えたら、待ち合わせて一緒に学校に来るとか、休みの日に出かけるとか、そういうことでしょ?」 待ち合わせ、ではないですが、一緒に下校したことはあります。 休みの日に出かけることも、あります。 「……私、やっぱり付き合ってるんですか?」 「ほらやっぱ、ミオってば羅刹と付き合ってるんじゃーん」 そう言われても、付き合うって、こういうことでしたっけ? 「それなら須屋さんは、佐多くんとどう過ごしてるの? 一緒に帰ってるわよね?」 高森さんに尋ねられて、私は咥えていたポッキーをパキ、と折りました。もぐもぐごっくんと飲み込んで、言っても差し支えないことを並べてみます。 「住んでるところまで送ってくれますね」 「え? 家族も知ってるの?」 「はい、会ったことありますよ?」 私の家族に会ったこともあれば、私がトキくんのお父さんに会ったこともあります。 「休みの日に一緒に出かけることもあります」 先日、美容院にドナドナされたばかりです。 「あとは、ご飯を食べたり、でしょうか?」 そこまで指折り挙げてみたところで、全員の視線が私に集まっていることに気がつきました。 「それだけ聞いてると、どこが付き合ってないんだか分からないんだケド?」 「ミカの言うとおりね。完全にお付き合いしてるじゃない」 あ、あれ? これ、付き合っちゃってるんですか? この調子だと、敢えて口にしなかった同居&アニマルセラピーのことを言ったらどうなるのでしょうか? もちろん言いません。私は貝になるのです。 「いやいやいや。それで須屋さんは佐多くんに『好き』って言った? もしくは佐多くんから言われたの? そこが一番重要なところだよね」 一人、そう言ってくれたのは朝地さんです。さすがなのです。流されずに自分の意見を貫くところは、男らしいのです。 「好き、……とは言われてませんし、言ってもないですね」 とりあえず「月がきれいですね」はノーカウントです。ついでに「オレのモンになれよ」発言も「好き」とは違うと思います。だって、あれは所有の色合いが濃いですから。 「えー? あれだけ『オレのものに手を出すな』オーラ出てるのに?」 「それ意外―。すごい目で男子とか睨んでるじゃん」 え、そんなオーラが出てるのですか? 眼光が鋭いのは元からではないのですか? なぜか、玉名さんと津久見さんが意気投合して、トキくんを「男らしくない!」とこき下ろし始めました。それを微妙な顔で『羅刹観賞し隊』の朝地さんと高森さんが見ています。 「ねーえ、ミオっちー。ホントにそれだけ? なーんも隠してないー?」 「隠すもの、ですか?」 ……たぶん、めちゃくちゃ隠してます。どうして玉名さんはこういうことに関しては鋭いのでしょう。 「……ミオっち?」 「いやその」 「ミ オ っ ち … ?」 ジト目で見てくる玉名さんが怖いのです。思わずふるふると首を横に振れば「ホントにぃ?」と剣呑な目になって来ました。 「ほらほら、ミカ。須屋さんだってないって言ってるんだから、そんな目で見ないであげなよ」 「もー、キホが言うんじゃ仕方ないなー」 うぅ、朝地さんが救世主に見えるのです。 あやうく婚姻届の件とか吐かされるところでした。 「明日は、国際通りでショッピングですね。どんなもの買いましょうか?」 「あ、それね! さっきスマホで検索かけてたら、面白いもの見つけたんだー」 「え、なになにー?」 とりあえず、話題を逸らすことには成功しました。 ただ、ちょっと玉名さんの目が怖いので、もしかしたら、あとで何かあるかもしれないのです。 ……もしかしたら、ですけど。 | |
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