TOPページへ    小説トップへ    それは、通り魔的善行から始まったのです。

 63.それは、魔法だったのです。


 こんにちは。ミオです。
 修学旅行二日目の私たちは、沖縄を満喫しています。日本なのに、まるで日本じゃない雰囲気で、私も開放的になってしまいそうです。
 やっぱり修学旅行と言えば、日常からの解放! 私にも、新しい恋のヨ・カ・ン☆

「……隣で妙なモノローグを呟くのはやめてほしいのです」
「ごめんごめん。でも、なんかちょっと静かなのって、落ち着かなくてー」

 どうも最近、津久見さんから構われることが多いのですが、親愛の証というカテゴリに入れてしまってよいのか悩むところです。悪気はなくて、単に楽しいことをしたいだけだというのは分かるので、断固たる拒絶もしにくいのですよ。笑って済ませられなくなったら、キッパリ言いますが。

「ハナってば、アタシのミオっちに馴れ馴れしくしないでよねー」
「えぇと、私、玉名さんのものではないですよ?」
「ミカひどい! そこはシェアしようよ」
「……津久見さんも」

 やっぱりこの二人がタッグを組むと、ろくな展開にならないみたいなのです。
 苦笑しながらこの様子を眺めている高森さんと朝地さんに助けを求めると、苦笑で返されてしまいました。

「愛されてるってことだよ、きっと」
「重いかもしれないけど、ハナはそれが通常運転なのよ。ごめんね」

 みんなでお揃いのものを、ということで、国際通りでのショッピング……ではなく、沖縄ガラスの手作り教室に参加しています。手作り、という名前がついていますが、既に用意されている様々な色のビーズを合わせてオンリーワンなストラップを作るというだけの、よくある体験教室です。体験教室で言えば、シーサーを作るものもあったのですが、そこは時間もかかるし可愛くない、ということで却下されてしまいました。
 ストラップは、彼氏とお揃いにしている玉名さんが、最後まで反対していたのですが、「二つ付ければいいじゃん」という津久見さんの説得に応じたのが今朝のことでした。

 それにしても、こういうのに参加すると、個人の好みが見えて来て面白いですね。
 玉名さんは原色かつ暖色なものを組み合わせて、本人のイメージ通り、少し派手目な配色にしています。高森さんは逆に淡い色を好んでいるみたいですね。朝地さんは補色関係にあるような色を交互に並べてくっきりはっきりストライプみたいに並べています。……津久見さんですか? カオスです。とりあえず目についたビーズを並べていっているようにしか見えません。玉名さんに「センスの欠片もない」と言われて、ぶぅたれていましたが、だからと言って変えようとする素振りもないので、本人はそれで満足しているのでしょう。

「そういえば、午前中に回った美ら海水族館で、ミオっちってばオンダに声掛けられてたけど、なんだったワケ?」
「え? ……その、友達関係復帰しましょう、みたいなお話でしたよ?」
「ミオっち? アタシに隠し事するんだ。チョー哀しいんですケドー」

 ぐ、もしかして、玉名さんは見ていたのでしょうか。

―――そう、あれは、美ら海水族館の売店で、レイくんにあげるお土産を選んでいたときのことでした。

「おう、須屋。あー、ちょっといいか?」
「はい、何なのです?」
「ちょっと5分でいいから、時間くんねぇ?」
「はぁ……。じゃ、恩田くん、これとこれ、どっちが良いと思いますか?」
「えーと、なんでサメ?」
「メガマウスとハンマーヘッド、男の子向けだったらどっちでしょう?」
「俺だったら、メガマウスだな」
「じゃ、そうします。 えっと、お話は会計の後でいいですか? 玉名さんたちにちょっと声掛けてきますので待ってくだ―――」
「ちょっとだけだから! 頼むからあいつらに悟られないでくれ!」
「……じゃぁ、朝地さんに、こっそり?」
「あぁ、朝地ならいい。こっそりだぞ? 玉名と津久見に気付かれるなよ?」
「分かりました」

 そんな遣り取りを経て、連れられて行った先に、見覚えのある男子が待っていました。確か、去年同じクラスだった……えぇと。

「賀来、悪い、ちょっと待たせた」
「ううん。ありがとう、タクミ」

 そうでした、賀来くんです。ちょっと珍しい苗字だからか、クラスの男子に「竪琴」って呼ばれていたのですよ。元ネタは、確か、ゲームだと聞いたような気がするのですけど、何だったか忘れてしまいました。ついでに言うと、恩田くんの下の名前がタクミだったということを、今初めて知りました。友達甲斐のない人間だと思われそうなので、それは黙っておきましょう。

「賀来くん、クラス替わってから会いませんでしたけど、元気でした?」
「あー、うん」

 恩田くんが、何故かかわいそうなものでも見るようにこちらを見ています。「ナチュラルに抉るとか、無自覚怖ぇ!」なんて呟いているのは、……意味がよくわからないので、聞かなかったことにしましょう。

「ごめんね。こんな時でもないと、話せる機会もなさそうで」
「? 話すだけなら、いつでもうちのクラスに来てもらえれば……」
「あー、うん、ほら、羅刹いるし、さ」

 あぁ、確かに。あの羅刹がいるクラスに、好き好んで来ようという人はいないですよね。その日、出席か欠席かも分からないでしょうし、うっかり鉢合わせたら怖いですし。

「ここに呼ばれたのは、賀来くんの用事、なのですか?」
「うん。あぁ、同じ班の子が待ってるよね。―――実は、去年から須屋さんのことが気になってたんだ。本当は2年に上がったら、すぐに、その、話そうと思ってたんだけど、今年に入ってから、なんか大変そうで話しかけるタイミングなくてね」

 そういえば、一学期はお母さんからの仕送りが途絶えたこともあって、バイト三昧だったのです。今思えば、過酷な高校生活だったのですよ。今の衣食住に恵まれた状況が夢のようなのです。たまに分不相応だと感じてしまうほどに。

「羅刹と付き合ってるって話も聞いたけど、タクミに聞いたら単なる噂だって言うし、……もしよければ、僕と付き合ってください」
「ごめんなさい」

 自分でもびっくりするぐらいにノータイムでお断りしてしまいました。視界の端で恩田くんが「わっちゃぁ」って顔をしているのが見えています。なんかすみません。

「今は自分のことで手一杯で、誰とも付き合う気がないのです。賀来くんだったら、もっとよい人が見つかると思います。だから、その、お気持ちだけ、もらっておきますね?」

 お断りするときは、キッパリ断りなさい、というのがお母さんからの貴重な教えの一つです。キープなどという言葉は論外。そのキープがいつ蛇に変貌するか分からないのですから!

「でも、息抜きとかしたいときに、一緒に出かけられたらいいなって思うんだけど、それでもだめかな」
「はい。今のところ勉強とバイトだけで手一杯なので、とても交友関係を広げられる余裕もありませんし、その必要も感じていないのです。本当にごめんなさい」

 ぺこり、と頭を下げます。
 賀来くんは「困ったなぁ」と言うように頬を人差し指で掻くと、眉を下げたまま口元だけ笑ってくれました。

「うん、そこまでサッパリ言われるとね、引くしかないね。……ちゃんと答えてくれてありがとう、須屋さん。変に構えないで、廊下で会ったら挨拶ぐらいしてくれると嬉しい、かな」
「はい。もちろんです」

 その後のことは恩田くんに任せて、慌てて売店に戻って合流したのですけど、どこまで見られていたのでしょうか。

「ミオっちは、何気にモテるタイプだと思うのよ」
「とんだ買い被りなのです」
「顔もフツーにかわいいし? おムネ様はあるし? 気配りもできるし?」
「あー、分かる。須屋さんは、細かいところによく気がつくよね。そういうところは、見習わないとって思うよ」

 うぅ、朝地さんまでノって来たのです。何なのですか、この誉め殺しプレイは。

「修学旅行は、やっぱり色々と二割増しになるしー、ミオっちは呼び出されてコクられたのかな、って」

 うぅ、玉名さんの慧眼が怖すぎるのです。どこまで見通しているのですか。

「ね、ミオっち?」
「……えぇと、相手は内緒ですけど、その通りなのです」
「えー、やっぱり?」
「ほら、言ったじゃん、ハナ。あとでジュース奢ってよ」
「かーっ、負けた。悔しいっ!」

 どうして賭け事に発展していたのでしょうか。問い質したいところですが、下手に藪をつつくと蛇が出そうで怖いのです。いいえ、沖縄ならハブが出てくるのでしょうか。

「それで、須屋さんはどうしたの?」
「……高森さんまで」

 羅刹観賞し隊の良識派、高森さんまでノってきてしまったら、完全に四面楚歌ではないですか!

「お断りしました」
「やっぱり、佐多くんの方がいい?」
「でーすーかーらー! 別にトキくんと付き合ってるわけでは」
「え、『トキくん』?」
「『トキくん』?」
「ミオっち、今、『トキくん』って言った?」

 しまったのです! できるだけクラスメイトの前では名前呼びをしないように気をつけていたのに、つい、慣れた呼称が口を突いて出てしまったのです。

「えぇと、佐多くんと付き合っているわけではありませんので、お断りしたのは、私の方の事情で」
「そこじゃない! ミオっち、今、羅刹のこと名前呼びしたでしょ?」
「やっぱり付き合ってるんじゃないの?」

 きゃーっ!
 玉名さん津久見さんのタッグが! このタッグは危険極まりないのです!

「えぇと、私のことはどうでもいいですから、早く作り終えてしまいましょう! 他のところ回る時間がなくなってしまうのですよ!」
「えー?」
「えー……?」
「いいわ、ミオっち、今夜は寝かさないからね!」

 本当に、勘弁して欲しいのです……。


「ただいま、なのです」

 出発から3日目。言いようのない疲労感を抱えたまま、私はマンションに帰宅しました。もちろん、「おかえり」なんて言ってくれる人はいません。まだトキくんも出張中でしょうし。

「つか、れたー」

 荷物を置いて、ぼふん、とベッドに倒れこみました。
 主に精神的に疲れたのです。
 玉名さんと津久見さんのタッグは「混ぜるな危険」です。二人ともきっと、塩素系漂白剤に違いありません。

 ブーンとスマホが震えたので、手を伸ばすと、お母さんからメールの返信が来ていました。明日はお休みなので、お土産を届けに行くというメールを、帰りの電車の中で送っておいたので、その返信でしょう。

『お帰り♪ 沖縄は楽しんで来たかしら? 明日はゆっくり聞かせてちょうだいね。レイも待ってるわ』

 明日の準備、しておかないと。
 もそもそと起き上がると、旅行カバンから洗濯物とお土産を取り出しました。
 あちらに持って行くのは、クッキーと、水族館で買ったタオルです。レイくんにはメガマウス、お母さんにはクマノミ、ドゥームさんには――本当に迷ったのですけれど――ちんあなごのプリントされたタオルを選びました。気に入らない絵柄だったとしても、タオルなんて消耗品なのですから、最後には雑巾にしてくれればよいのです。

「トキくんには、小さいシーサーの置物で、おじいちゃんはこっそり店から送ったハブ酒・果実酒飲み比べセットがあるからよくて、ゾンダーリングに持っていくクッキーは……」

 テーブルに並べたところで、あぁ、と気付きました。
 万が一のことを考えて、買ってしまったのですよね。あの人にもお土産を。生菓子ではありませんし、賞味期限も2ヶ月近く先なので、あとで言付けておくことにしましょう。

 私は手のひらサイズのシーサーの入った箱を持つと、そろり、と部屋を出ました。誰もいないのですから、音を消して歩く必要なんてないと分かっています。でも、何となく本人のいない間に部屋に入るのは、ちょっと後ろめたいですよね。

「失礼しまーす」

 トキくんの部屋は、モノトーンの家具で統一されているシックな部屋です。色味がまったくと言っていいほどにないので、どこか素っ気無い印象なのですが、ある意味トキくんらしいです。
 そんなトキくんの机に、箱から取り出したシーサーを乗せました。モノクロの空間に、赤茶のシーサーが少し浮いてしまうかもしれませんが、イヤならしまえばよいのです。小さいものですから、それほど場所も取らないでしょうし。
 狛犬のように二匹セットになっていたので、2体をお店でディスプレイされていたようにそのまま並べると、なんだかかわいらしくて笑いがこぼれます。

「もし、文句を言われたら、私が引き取りますからね」

 物言わぬシーサーにそう言い聞かせると、私はトキくんの部屋からそっと出ていきました。

「さて、洗濯しますか」

 あと、今日の夕食は手抜きをしましょう。確かまだ袋ラーメンが残っていたはずです。冷蔵庫に残っていた使いかけの野菜も乗せて、在庫処分ラーメンにしましょう。

 二泊三日の修学旅行、楽しかったのですけれど、何故かコイバナに終始してしまったようにも思えます。そんなに恋愛事って大事なのでしょうか。
 そうだ。あとで、進学先をもう一度調べておかないと、ですね。学費はドゥームさんが出すと言って聞かないでしょうから、それ以外の費用がどのぐらいかかるのか、ちゃんと見積もっておかないと。あとは、私の脳みそ次第でしょうか。私のなけなしの灰色脳細胞は、もっとちゃんと働かないといけないのです。

<< >>


TOPページへ    小説トップへ    それは、通り魔的善行から始まったのです。