64.それは、速報だったのです。「あらぁ、友達とお揃いのものなんて、何か『青春』って感じするわねぇ♪」 私の修学旅行お土産トークに、うんうんと頷いているのは、お母さんです。 「みんな自分の好きなようにガラスのビーズを組み合わせていたのですけど、やっぱり個性が出ておもしろいですよね。淡い色が好きとか、原色が好きとか」 「ミオちゃんは寒色が好きなの? 紫とか青とか」 突っ込んで聞いてきたのは、……その旦那さんなのです。 「クラスで一番仲良しの友達が、暖色系を集めていたので、それなら逆にしてみようかな、って思ったのですよ」 ふふふ、やっぱりドゥームさん相手だと、どうしても受け答えにも緊張してしまいますね。私の膝の上に座って「きれいだね!」と絶賛しているレイくんにも、ちゃんと警戒心を向けないといけないと分かっているのですが……だって、可愛いのです! 修学旅行の翌日、振り替え休日を利用して、私はお母さんのマンションへお土産を持参しました。昼過ぎだったので、途中から学校帰りのレイくんも参加するかな、ぐらいにしか思っていなかったのですが。 ドゥームさんもいるとは、思っていなかったです。聞けば、私の訪問に合わせて溜まっていた代休を取ったのだとか。おかしいですね。以前、トキくんから「年俸制になっている役員は有休・代休の概念がない」とかいう話を聞いたような気がするのですけれど、あれ、聞き間違いですか? まぁ、雑談の合間にころん、と出た話だったので、私の記憶間違いかもしれませんけれど。 「そういえば、ミオちゃんは初めての飛行機だったのよねぇ? どうだった?」 「あれ、初めてだったの?」 初めての飛行機、と言われて、何故か行きの空港で見たトキくんの姿がフラッシュバックしました。知らない女性から微笑まれ、キスをされている――― 「ミオちゃぁん?」 「あ、はい、初飛行機の話でしたよね」 「その様子だと、やっぱり緊張したのかしらぁ?」 「……えっと、やっぱり上昇する時と下降する時の、あの感覚は苦手だったなぁ、って」 帰りの飛行機のことを思い出して、私は苦笑いしました。帰りの飛行機は、少し天気が下り坂だったこともあって、揺れたのですよね。同じ初・飛行機仲間の高森さんの口から、下降のタイミングで「ひゃぁ」と小さい悲鳴が洩れたのは、なんだか微笑ましかったのです。 「あんなもの、慣れよぉ。ねぇ、レイ?」 「ボク、飛行機へいちゃらだよ?」 「レイはベイビーの頃から何度も乗ってるからね」 そうでした。ドゥームさんの生国に行くにはまず飛行機が不可欠ですからね。赤ちゃんの頃から何度も乗っていれば、そりゃ慣れるってものなのですよ。 残念ながら私は、海外とは無縁、パスポートなんて拝んだこともないものですから、とてもとても。 「そうだ。今度のクリスマスに皆で旅行はどうかな。せっかくだから家族旅行しようよ」 「え」 クリスマス、って冬休みを使って、ですよね。……ちょ、ちょっと待って欲しいのです。このメンバーで旅行とか、旅行とか、無理なのです! 私の胃がストレスでやられる結果しか見えないのですよ! 「やだ、ダーリンったら。クリスマスは家族でって言いたいのも分かるけどぉ、ミオちゃんの年だと、恋人と過ごすものよ?」 「ふぁっ?」 お、おおおおお母さん! 援護射撃はありがたいのですけれど、それではまるで、私とトキくんがいちゃいちゃするみたいではないのですか! 「あぁ、そうだった。でも、クリスマスじゃなくても、家族旅行はしたいよね」 「うーん、そうねぇ。ミオちゃんはどう思う?」 あ、膝の上のレイくんまで身体をひねってこちらを見てきます。これ、断れない雰囲気ですか。 「そうですね。でも、そろそろ大学受験の準備も始まりますし、うっかり気を抜いてしまわないように、そういうのはもっと後にした方がよいと思うのです」 「あら、やっぱり大学は受けることにしたのねぇ?」 「おや? ミオちゃんは大学に進学しない予定だったのかな?」 「……はい。公務員試験を受けようと思っていたのです。でも、学校の先生からも将来のことを考えて大学は出ておいた方がよいと言われましたし、奨学金を使えば何とか」 「ミオちゃん!」 「はい」 突然、ドゥームさんに名前を呼ばれて、私は慌てて言葉を切って返事をしました。名前を呼んだら返事をする、これ、もはや反射ですよね。 「奨学金なんて使わなくていいからね? 学費のことも心配いらないから。私立でも博士課程《ドクターコース》でも、なんだったら留学でもいいんだよ?」 「……えっと、その」 「ミオちゃんは、ワタシの娘なんだから」 「は……い。お言葉に甘えさせてイタダキマス」 すごい剣幕に、思わず頷いてしまいました。ドゥームさんの隣に座るお母さんも、うんうんと頷いているので、間違った行動ではないのでしょう。 「ミオちゃんは、どんな大学を目指してるの?」 「やっぱりこの先を考えると、手に職を持った方がいいのかなぁ、と思っていて」 プルルルルル! 突然の電子音に、目をぱちぱちさせてしまいました。 私のスマホではありません。電話もメールも着信音は時代劇風味ですから。目の前に座るお母さんも違うみたいです。お母さんの視線の先には、ドゥームさんがいました。 「ごめんね、ブスイな音で」 ソファから立ち上がったドゥームさんが、ポケットから取り出したスマホを片手にリビングから出ていきました。お仕事の電話だったのでしょうか。 「ミオおねえちゃん、お土産、ありがとう」 「いいえ、どういたしまして。このサメは嫌いじゃなかったですか?」 「うん! かっこいいよ!」 恩田くんにお任せしたチョイスですが、気に入ってもらえたようで何よりなのです。 「本当は、このメガマウスっていうサメと、ハンマーヘッドっていうサメと迷ったのですよ。クラスの男子に意見を聞いて、こっちにしたのですけれど」 「ハンマーヘッド?」 こてん、と首を傾げるレイくんに合わせて、ふわふわの金髪が横に流れました。く、つむじが可愛いのです。 「はい。シュモクザメとも言って、トンカチみたいな頭をしているのですよ。トンカチの鉄の部分の両端に目があって、なんと、周囲をぜんぶ見渡せるのです」 「すごいねぇ!」 単眼視なので、距離感は視覚で掴めないそうですが……ってこのウンチクは小学生にはまだ早いでしょう。 「レイくんは、海の生き物だったら、何が好きですか?」 「んー……、サメも好きだけど、シャチも好き、あとは―――」 あぁ、この流れはイルカさんが出てくるのですね。それなら、イルカのエコーロケーションの話や、脳みそのシワの多さについて説明すれば、きっと食いついてくれるでしょう。 「ウツボ!」 予想の斜め上の回答が来ました。 「う、つぼ、なのですか。えぇと、確か、海のギャングって呼ばれているのですよね」 「うん、そうなの!」 サメ、シャチ、……そしてウツボ。なんだか凶暴なイメージのある魚ばかりなのですけれど、男の子ってこういうものなのでしょうか。それとも、レイくんは、実は肉食系なのですか? こんなふわっふわで、くりっくりの外見なのに? 「レイはかっこいい動物が好きなのよねぇ?」 「うん!」 あの、お母さん。ウツボをかっこいい動物に含むのは、ちょっと少数派なのではないでしょうか。 いやいや、ミオさん。頑張るのです。ちょっと特殊な感性なのかもしれませんが、陸上の動物だったらまた違う結果が出るのかもしれません。 「レイくん。動物は、何が一番好きなのですか?」 「うーん。いちばん? いちばんって、いちばんって……」 あぁ、「いちばん」を絞れなくてあわあわするレイくんを見ていると、心が癒されます。……えぇと、この姿、以前トキくんが言っていた「あざという行動」ではないですよね? 「ゾウ、かな、でもライオンも!」 「レイくんは強い動物が好きなのですか?」 「うん! 強いのかっこいいの!」 強い=かっこいい、というとてもシンプルな図式に、なんだかほっこりします。やっぱりこのあたりは小学生男子なのですよねぇ。 「それなら、過去の偉人も、強い人が好きなのですか?」 「いじん?」 「偉い人とか、有名な人のことです」 やっぱり、ここで出て来るのは、源義経とかでしょうか? それとも、「強い」枠ではないですけれど、偉人ではメジャーなエジソンとかでしょうか。 わくわくしながら、レイくんの答えを待っていると――― 「シモ・ヘイヘ!」 内角に抉るような変化球が投げられてしまったのです。 「最近、よくこの名前言うのよぉ。ミオちゃんは知ってる人?」 「……えぇと、詳しい話までは覚えていないのですけれど、北欧あたりの、凄腕スナイパー、だった、ような?」 「スナイパーって、ゴ○ゴみたいなぁ?」 「間違ってないと思います……」 おかしいですね。私、小学生の男の子に好きな偉人の名前を聞いたはずなのですけれど。 「えっと、他には誰かいないのですか?」 「うーんと、ルーデル大佐―!」 聞いたことはない名前なのですが、大佐、と言っているので、やっぱり軍属の方、なのでしょう。 「レイくんは、その大佐さんのことを、どこで知ったのですか?」 「クラスのリョーくんが、戦車とか銃とかすっごく詳しくて、色々教えてくれるんだ!」 クラスメイトの影響なのですね。自分から調べてどうこう、というわけではなさそうなので、少し安心したのです。あとでルー……なんとか大佐のことは調べておきましょう。もし、問題のある人なら、もっと別の人に意識を向けさせるように、少しぐらい誘導してもいい、ですよね? ガチャリ ちょうど電話を終えたらしい、ドゥームさんが部屋に戻ってきました。ドゥームさんは、さっきのレイくんのセリフにどう判断を下すのでしょう。せっかくなので尋ねて――― 「ミオちゃん」 私に呼びかけるその表情は、とても真剣なものでした。お母さんもびっくりしたようにドゥームさんを見ています。 「ワタシの言うことを、落ち着いて聞いてくれるかな」 「は、はい」 その瞳は、まっすぐに私に向けられています。なんだか、ぞくり、と悪寒が走りました。いつもの蛇に睨まれたカエルではありません。なんだか、とてもイヤな予感がするのです。 「サタから連絡があった。出張先でトキトくんが負傷したから、先に帰投させる、と」 「え―――」 聞き間違いかと思ったのですが、心配そうに私を見るお母さんとレイくんの表情を見る限り、そうでもないようです。 「負傷って、どのぐらいの、か、分かりますか?」 「軽傷だと言っていたけれど、サタの部署の『軽傷』は、一般的な『軽傷』と違うから、何とも言えない。命に関わるようなものでも、後遺症が残るようなものでもない、としか言えない」 いつの間にか、息を止めていたみたいで、思ったより大きな息が口からこぼれ落ちました。 「わかり、ました」 心臓は、まだ、ばくばくと激しく脈を打っていましたが、何とかその言葉だけは搾り出せたのです。 | |
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