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TOPページへ    小説トップへ    それは、通り魔的善行から始まったのです。

 66.それは、お見舞いだったのです。


ピーンポーン

「はいっ!」

 リビングで待機していた私は、しゅたっとインターフォンに飛びつきました。as soon as possible、疾きこと風のごとしなのです!

『今、下に到着したので降りてきてもらえますか?』
「すぐ行きますので、少々お待ちください!」

 私は大きい円柱型のスポーツバッグを肩にかけ、すぐさま玄関から出ました。ウエストポーチから鍵を取り出そうとしたところで、大事なものを忘れていたことに気付いて慌ててシューズボックスの横に立てかけていた紙袋を持ち上げます。ふー、危ない危ない。

 エレベーターで下に行くと、ガラスのドアで区切られた向こうに、見知った顔がありました。よく運転手をしてくれる、えーと、犬飼さんて方なのです。

「お待たせしました」
「いえ、こちらこそありがとうございます。徳益さんが手が放せない状況なので、ミオさんに手伝ってもらえると助かります」

 丁寧に頭まで下げてくれました。
 うぅ、年上の方に頭を下げてもらうのって、なんだか申し訳ないというか緊張するというか……

「あぁ、そうでした。急がないと」
「え? 何かあったんですか?」
「移動しながら状況を説明します。荷物はその2つですか?」
「あ、はい。……ぅわっ」

 スポーツバッグと紙袋を軽々と持ち上げた犬飼さんは、スタスタと前を歩いて行ってしまいました。
 本当に急いでいるみたいなので、私も大人しくついていきます。……あ、もちろん、見知った人だから後をついていくのであって、そうでなければ逃げますからね? そのあたりも分かっているから、自分が来られない徳益さんは何度も顔を合わせたことのある犬飼さんを向かわせてくれたのでしょう。

「―――あの、トキくんのケガって、どんな状況なのでしょうか?」
「徳益さんから聞いていませんか?」

 助手席に座ろうかとも思ったのですが、どうも隣は基本的に人を乗せないらしいので、大人しく後部座席に座っています。
 運転している犬飼さんとは、バックミラー越しにたまに目が合う程度なのですが、それでも私の様子を気にしてくれているのは分かりました。

「その、徳益さんとは、荷物を準備するように言われたときに話したきりで……、用件を伝えたらすぐに電話も切られてしまいましたし」
「まぁ、まだ事後処理がゴタついていますから。特にトキさんが離脱してしまったのが大きかったんでしょう。トキさんは実働部隊としても勿論、優秀なんですが、書類仕事も得意なんですよ。徳益さんは、作戦立案や根回しに長けていても、報告書類がどうも、その、苦手なようですんで」
「……なるほど。あ、でも、トキくんが書類仕事も得意というのは何となく頷けます。部屋も整理整頓されていてキレイですし、勉強を教えるのも上手ですし」

 ちょっと意外な情報を聞いてしまいました。
 徳益さんの得手不得手については、ミオさんの心のメモ帳にしっかり書き留めておかなくては。根回しなんかが得意というのは、お母さんとの遣り取りで納得なので今更ですが。

「トキさんのケガは、入院は必要なレベルですが、大きなものではないので心配はいらないんですよ」
「本当ですか?」
「……ただ、ちょっと気が立っているというか、その」

 バックミラーに申し訳なさそうな犬飼さんの表情が映ったので、何となく察しました。
 どういう状況だったのかは分かりませんが、ケガをしてしまったのですよね。何となくな想像なのですが、苛々して機嫌が最底辺を這っているのではないでしょうか。

「……あの、もしお答えしていただけるのであれば、確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

 思わず最上級の敬語を使って犬飼さんに問いかけてしまいました。

「もしかして、徳益さんから入院セットの配達だけではなくて、私を絶対に連れて行くように言われていたりします?」
「……その通りです」

 ほら!
 おかしいと思ったのですよ! 徳益さんも電話口で『ミオちゃんもお見舞いできるように手配しておいたから、ついでにトキの着替えを用意してくれないかな?』なんて言っていたくせに、犬飼さんは私を連れて行くのを当然という行動をとっていたのですよ?
 あぁ、以前までの雇用形態でしたら、遠慮なく出張料金を請求できたのに、今の月給制では少し請求しにくいのです! できるだけ自分のお金で大学進学を目論む身としては、少しでも稼いでおきたいというのが本音なのです。

 そんなことを考え込んでいたら、いつの間にか病院に到着していました。

「ありがとうございました」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」

 スポーツバッグと紙袋を手渡され、私は思わず温い笑みを浮かべてしまいそうになりました。「よろしく」されても困るのですよ。でも、こういう時のためのアニマルセラピーですからね、頑張りまっす!

「あ、すみません、これなんですけど!」

 運転席に戻ろうとした犬飼さんに、私は慌てて声をかけました。

「その、職場にどれぐらいの人数がいるのか分からなかったので、全員にいきわたらないかもなのですが」

 紙袋から取り出したのは、お土産として典型的な『地名の入った商品名の焼き菓子』です。ちなみに選んでくれたのは津久見さんです。『まーさんサブレ』とどちらか迷ったのですが、地名が入っていた方が分かりやすいということでこの『なはなはクッキー』になりました。あ、どうでもよい話ですが、『まーさん』って沖縄の方言で「おいしい」っていう意味だって売店のおばさんが教えてくれたのです。

「修学旅行、沖縄でしたか。でも、いいんですか?」
「はい。私がお母さんのところに行くときにも、何度か送ってもらいましたし、日頃お世話になってますので」
「あー、うん、ありがとう。こっちも隊長とかトキさんとかお世話になってるからいいんですけどね」
「トキくんのお世話は私の仕事ですから。……でも、隊長ってトキくんのお父さんのことですよね。そちらについては、そのぅ……」
「はい、苦手だって話は聞いていますから心配なさらず。とはいえ、私も止められる立場ではないので、すいません」
「いえいえ、さすがにそこまではご迷惑をかけられませんから」

 車止めに止めてさらりと別れるはずだったのが、何故か謎の謝罪合戦になってしまいました。

「えっと、それじゃ、行きますね」
「はい。トキさんによろしくお願いします」

 犬飼さんととっても友好的に別れた私は、ぐっと両足に力を込めると、勢いよく歩き出しました。病室はF棟の10階だそうなので、案内板で確認するのです!
 うぅ、機嫌が悪いトキくんと顔を合わせるのはちょっとドキドキしますが、頑張るのですよ!


コンコン

 きっちり閉まったドアに、遠慮がちにノックをしてみると、何故か自動で開きました。まさか病室にも自動ドアが導入?……なんて、あるわけないデスヨネー。
 なんだか遠い目になってしまうのも仕方がないのです。不経済な一人部屋の病室だというのに、入り口に立つ私とベッドに上半身を起こしたトキくんの間には分厚い壁が2枚も聳え立っているのですから。バスケが得意だったら、こんな2枚のディフェンスぐらい抜けたり、華麗なパス回しで着替えをトキくんに届けられたり―――は、しないのです。

「やぁ、こんにちは。ミオさん。着替えありがとうね」
「イエ、トンデモナイデス」

 どうして部下である徳益さんではなく、この人がドアを開けるなんて下っ端な行動をしでかしてくれやがっているのでしょうか。おかげで物理的に距離が近いのです。
 まぁ、トキくんのお見舞いというのであれば、実の父親のこの人がいるのも納得ですし、トキくんのお世話役みたいな徳益さんがいるのも違和感はないのですけれど、時間指定された上にお迎えまで寄越された身としては……徳益さん、また謀りましたね。

「ミオの顔見て気が済んだだろ、とっとと帰れ、オッサン」
「だ、そうですよ。隊長?」

 っと、そうでした。トキくんのケガは……って、ピンピンしているようにも見えます。
 とりあえず、この目の前の蛇を避けてトキくんの傍に行きたいのですけれど、どうして目の前からどいてくれないのでしょうか。トキくんのお父さんは。

「ミオさん。トキが実の父親に向かって暴言を吐くんだけど、貴女からも何か言ってもらえないかな?」
「えぇと、私のお仕事の範囲外ですので、難しいと思います」

 近い近い!
 ちょ、寄ってこないで欲しいのですよ!

 あ、そうでした。こんな時のための紙袋なのです。

「あ、あの、佐多さん」
「ん? 何かな?」

 私はできるだけ視線を外さないように気をつけながら、紙袋からちょっと重たいその箱を取り出しました。

「修学旅行のお土産です。よろしければどうぞ」
「おや、ありがとう」

 片手がそのお土産で塞がり、視線がお土産のパッケージに向いた瞬間を狙って、私は、ほんの数歩の距離を駆け抜けました。
 徳益さんを挟むようにして距離を取り、なおかつ後ろにはトキくんという場所に陣取れたことで、ようやく少しだけ肩の力が抜けたのです。

「ミオちゃん。君ねぇ……」
「あ、徳益さんにもお土産ありますよ? いりますか? 先ほど犬飼さんにも焼き菓子を渡したのですけど」
「そうだね、もらおうか」

 私は徳益さんに手のひらサイズのそれを手渡しました。

「こりゃまた、随分と可愛らしい……」
「でも、中身は、佐多さんに渡したのと一緒ですよ、よよよっ?」

 後ろからにょきっと伸びて来た手が、私の腰に回ったかと思うと、引っ張られるままに私はトキくんの寝ているベッドに腰掛ける形となっていました。ついでに、重しのようにトキくんの顎が私の頭の上に乗ってます。いつもの抱え込み変形スタイルですね。もう慣れました……。

「ミオ。オレには?」
「もちろん、ありますよ?」

 ありますし、ちゃんと渡しますから、頭の天辺を顎でぐりぐりするのはやめてください。

「ねぇミオさん。これ、本当に貴女が買って来たのかな?」
「もちろんなのです」
「……わたしの目には聞き酒セットに見えるんだけどね?」
「はい、はぶ酒や果実酒のセットですよ?」

 小さな箱には5本のビンが並んでいます。マンゴー酒だったりパイン酒だったりはぶ酒だったり、見た目にも可愛くて楽しいと思うのですよ?

「普通、修学旅行生にお酒は売らないんじゃないかな。後で通販で買ったとか?」

 あぁ、なるほど。そこに目をつけたのですか。
 それならば、語ってしんぜましょう。トキくんが後ろを守っているおかげで、私も平静を保てるところをちゃんと見せないと! すみません。虎の威をかるなんとやら、です。

「それを売ってくれたのは、大通りから一つ小道に逸れたところのお土産やさんだったのですけれど、買って持ち帰るのではなく、自宅に発送なら、という条件で売ってくれたのです」
「……非常にグレーゾーンな解釈だね」
「ついでに、徳益さんに渡した方のお土産は、そこのご主人さんの手縫いなんだそうです。ハブとマングースの2種類があったのですけれど、マングースはあまりに可愛らしかったので、男性向けではないと」
「いや、このハブも十分かわいらしいと思うけど」

 徳益さんに渡したのは、一見するとお手玉サイズのハブの頭を模したぬいぐるみです。シャーと口を大きく開けて牙を剥き出しにしているのですが、そこはそれ、デフォルメされて可愛らしいフォルムです。
 実は、中に佐多さんに渡したのと同じサイズの小瓶が入っているのです。ちなみに内容ははぶ酒です。

「底の部分がボタンになってまして、サイズが合えば他の小瓶を入れても大丈夫みたいですよ? オフィスにこっそりお酒を持ち込みたい人にオススメって言ってました」
「あー……、それ、他の誰かに飲まれそうだよ。ミオちゃん」

 そうですね。他の人が気付いたら、確かに終わりです。
 というか、職場でのお酒を咎める人はいないのでしょうか?

「ふ、ふふふっ、ありがとうね、ミオさん」
「どういたしまして、です」

 まさか、直に渡すことになろうとは思いませんでしたが、結果オーライというやつでしょうか。
 さっき、犬飼さんに預けなくてよかったのです。

「それじゃ、お土産ももらったことだし、今日は帰ろうか」
「はい、隊長」

 お土産作戦が功を奏したみたいで、二人は病室から出ていきました。
 扉が閉まり、足音が遠ざかるのをちゃんと聞いてから、ふぅ、と大きく息を吐きます。
 ゆっくり顔を上げれば、トキくんの顔がすぐ近くに見えました。機嫌が最底辺……でもないですね。まだまだ底辺レベルですよ。

「おかえりなさい、です」
「おう」

 わしわしと頭を乱暴に撫でられました。髪の毛が乱れまくってますが、いつものことなので、別に構いません。

 私は、よっ、と声を掛けて立ち上がると、来客用のイスに座りなおしました。……あれ、トキくんの目が怖いです。

「なんでそっちに座るんだ」
「トキくんをちゃんと見たいから、です」

 おそらく小動物が離れたことで機嫌が低下したのでしょうけれど、私にだってトキくんを見せてもらってもバチは当たらないと思うのですよ。

 左腕を吊っていますが、それ以外の外傷はないでしょうか? 足もギブスを付けているような感じではありません。

「トキくんのケガは、左腕だけなのですか?」
「いや、横っ腹とあと太股もだな。左側に集中してるが―――見たいか?」
「包帯を、ですか? 場所さえ分かればよいのです。別に内臓とかは大丈夫なのですよね?」
「……そうじゃねぇ。ま、うわっかの傷だけだな。正直、入院するレベルじゃねぇと思うんだが」

 あれ、なんだかトキくんが、「直にって意味は伝わんねぇのか?」とか何とか言っています。何のことでしょう?

「だめなのです。ちゃんと塞がるまで安静にしていないと。うっかり開いたり雑菌が入ったりしたら大変なのですよ」
「アンタならそう言うんだろうな」
「?」
「正直、とっととマンションに戻りてぇ」
「安静なのですよ? 万が一のときのために、病院にいた方が安心ではないですか」
「―――病院は嫌いだ」
「好きな人なんていませんよ」
「アンタの作ったメシが食いてぇ」
「うーん? どのぐらい入院するのかは知りませんが、言ってもらえれば差し入れぐらいはしますよ? 食事制限はないのですよね」
「小動物を思う存分撫でくりまわしてぇんだが」
「……えぇと、ほどほどに?」

 入院すると、人って我侭になるのでしょうか?
 上半身を少し倒してトキくんの方に顔を寄せると、何故か髪がぐしゃぐしゃになるほどに撫で回されました。

 何にしても、大したケガではなかったようで、何よりなのです。

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