TOPページへ    小説トップへ    それは、通り魔的善行から始まったのです。

 70.それは、恋愛相談だったのです。


「た、玉名さん。玉名さん」

 小声で呼んだのは、こういうジャンルで頼れる友達の名前でした。
 昼休み明けの五時間目は、なんと先生の都合により自習。せっせと数Bの問題集と格闘する時間となったのです。

「なにー、ミオっち。宿題にしちゃうとメンドーだし、早く終わらせるって、いつもなら言うトコ……ん、なんか面白い顔になってる」
「玉名さーん……」

 人が困っている顔を見て、どうしてそんなに満面の笑みを浮かべるのですか! 実はエスの国の人だったのですか!

「まーまー、そーゆーワケじゃないし。……それで、何があったの?」
「その、玉名さんの意見をお聞きしたいのです」

 私はノートの端っこに、その質問をちょこちょこっと書きました。
 それを読んだ玉名さんの反応は、「え?」と声を上げて目を丸くしてこちらを見たかと思ったら、もう一度、文面を読み返して、さらに少し離れた席で腕組みしたまま寝ているトキくんを見て、最後に私をもう一度見る、というものでした。まぁ、その反応は分からなくもないのです。

「その、声に出して相談しにくいのですけど」
「ミオっち、スマホ出してー」
「え?」
「ほら出す。ほら出す」
「でも、今、自習中ですけど……」

 ごそごそとカバンの中からスマホを取り出すと、玉名さんは「あ、ミオっちってあんまし通信パケ使えないっけ?」と尋ねてきました。そういえば、プラン変更したのをまだ伝えていなかった、と思い出したのですが、私の言うことも聞かず、「じゃ、こっちのダウンロードして」とアプリを見せてきました。
 まぁ、いいか、と玉名さんのスマホに表示されたQRコードからたどってアプリをダウンロードします。

「あの、玉名さん、これって―――」
「うん、すぐに部屋作るから」

 部屋? いったい何の話なのでしょう?
 玉名さんはスマホをいじりながら、自分の席へ戻って行ってしまいました。

 と、突然、私のスマホがブルル、と震えました。入れたばかりのアプリが、「Mikaからルームのお誘いがきています」とメッセージを表示していました。
 ちらり、と玉名さんを見れば、早く早く、と急かしているようなので、メッセージに従って「入室」してみると……

『これ、距離が近い人とメッセージの遣り取りができるアプリだから、通信料かかんないよ(^◇^)』

 どうやら、そういうものらしいです。

『それで、コクられた(/ω\)イヤンってどういうこと?』
『えぇと、相手は伏せさせてもらいたいのですけど、その、恋人になって欲しいと言われて』
『えー! まぢに? そこkwsk!』

 あれー? 玉名さんも、こういうネットスラングとか使うんですね。てっきり、こういうのは恩田くんだけかと思っていたのですけれど……って、そこではないですね。

『その、詳しくも何も、それだけなのですけど』
『ミオっちのお答えは?』
『その、保留で、と』
『鬼畜!Σ(゜д゜lll)』

 え、保留って鬼畜だったのですか?
 まさか、羅刹に鬼畜行為をするとか、え、これ、死亡フラグだったりしませんか?

『でも、ミオっちがそう答えるってことは、脈あり?』
『脈?』
『嫌いじゃないってコト?』
『嫌い、では、ないです』
『じゃ、羅刹とどっちが好きなの?+(0゜・∀・) + ワクテカ +』

 思わず机に突っ伏してしまいました。
 まさか、その羅刹から改めて言われたとも言えないのです。うぅ、どう答えたらよいのでしょう。

『その、一旦、そこは置いといて、玉名さんだったら、そういうふうに意識していなかった相手から言われたとき、どう考えるか聞かせて欲しいのです』
『うーん。今のミオっちにちょっかい出すツワモノにねぇ』

 シャーペンのお尻を口元に付けて、むむむと考え込んでいる様子の玉名さんを見て、これは時間がかかるかと目の前のベクトルを睨んだ私は、予想外にすぐに震えたスマホに呼び戻されました。

『ミオっちの心次第だけど、その人と話したりするのは嫌いじゃないのよね?』
『灰』

 あ、間違えて漢字変換してしまったのです。スマホを見ていた玉名さんの肩が震えています。すみません。そんなつもりではなかったのですよ。

『ァ '`,、'`,、('∀`) '`,、'`,、ここにきて笑わすとかアリ?』
『すみません』
『ま、いいわ。手ぇつないだ?』
『はい』
『キスした?』

 すみません。さすがにそれは黙秘したいのです。
 どう返そうかと迷っていたら、次々と玉名さんからの質問攻撃が送られてきました。

『二人っきりで出かけた?』
『抱き合った?』
『舐めあった?』
『裸見せた?』
『エッチした?』

 ちょ、私のスマホ画面がとんでもない言葉を羅列しているのです。こんな画面を見られたら恥ずかしくて死んでしまうのですよ!

『まぁ、テキトーに並べたけどさ、その人をどこまで許せるかってコト』
『許す?』
『好きでもない人とエッチしたい?』

 ぎゃー! ですから、玉名さんイチイチ直球過ぎるのですよ! もっと慎みとかオブラートとか色々包み隠してください!

『最終的に判断するのはミオっちだけどさ、好きと嫌いの二択じゃなくって、こういう判断基準もあるってコト。ま、話せるよーになったら詳しく話してよ』
『ありがとうございます。もう少し考えてみます』

 それきり、私と玉名さんとのメッセージ交換は途絶えました。というか、話は終わりとばかりに『Mikaさんが退室しました』というメッセージが出たので、私もアプリを終了させたのです。
 考えてみる、とは言ったものの、内容が内容だけに……あまり冷静に考えられないのです。


「なんだか浮かない顔ね」
「モエカ様……」

 バイトの同僚にも見抜かれてしまったのです。うぅ、そんなに思い詰めて悩んでしまっているのでしょうか。

「モエカ様は、その、殿方から告白されたことはありまして?」
「メルディリア姫の頃は、それこそ毎日のようにお客様から告白をいただいていたけれど……そういう話ではないわよね?」

 そうでした、ストーカーの気配に敏感になってしまうぐらいモテるのです。今でこそシャオリン姉様の親友役という主役から外れた場所にはいますが、色々な人からアタックされる姫様だったのですから。

「悩む気持ちはちょっと分かるわ」
「モエカ様?」
「自分がそういうふうに考えたことない人から告白されると、すごく戸惑うのよね」
「やっぱりモエカ様にはそういった経験がおありですのね」
「そうね、今のオウランのように、自分からぐいぐいと攻めていく子には無縁の話かもしれないわね」

 うぅ、確かにシンルー様一筋!のオウランは、そんなことされても一息で叩き潰しそうなのです。そういう意味では、このキャラは羨ましいです。

「あら、モエカ、オウラン。集まって、何の話?」
「シャオリン姉様」
「オウランが、告白されたのだって」
「モエカ様!」

 あら、まぁ、とシャオリン姉様が目を丸くしてこちらを見ています。うぅ、いたたまれないのです。恥を忍んで相談しているのに、まるで告白されたことを自慢している痛い子みたいではないですか。

「それで、オウランはその人と付き合うの?」
「その、迷っていて……」
「迷うぐらいなら、付き合ってしまえばいいわ」
「シャオリン姉様?」
「迷うということは、他に付き合っている人もいなければ、その人を嫌っているわけでもないのでしょう? それなら何事も経験よ。とりあえず付き合ってみて、合わないと思ったら、スッパリ別れてしまえばいいの」
「シャオリン、あなた随分と男らしいのね」
「モエカ、こういうのは勢いよ」

 ぐっと胸を張るシャオリン姉様は確かに男前なのです。

「でも、試しに付き合う、なんて、相手の人に失礼ではありませんこと?」
「オウラン、あなたは少し考え過ぎなのよ。だいたい、相手だってずっとあなたのことを好きでい続けてくれる保証なんてないわ。考えるよりまずやってみる。これが大事よ」

 あれ、なんだか、おばあちゃんに「考えるな、感じろ」と言われている気がするのです。いえ、元は映画の中のセリフなのですけれど。

「さ、そんなことより、そろそろ時間よ」
「は、はい、姉様」

 そうでした。舞台袖に集まったのも、また寸劇の時間が来たからなのです。
 今日は女子会の話です。落ち込むシャオリン姉様の相談に乗ったモエカ様が、その帰りに私とカショウが会って悪企みをしているのを目撃する、といった流れです。ますますもって、姉妹二人から思いを寄せられているはずのシンルー様が空気、いえ、きっとテコ入れがあるはずなのです。下手をすると、性格も大改造されそうな勢いだと本人が言っていましたから。

―――それで。
 無事に舞台を終えて、給仕に戻ろうとした私に、何故か慌てた様子の店長が近づいてきました。

「店長?」

 私の隣にいたカショウも、珍しい、と目を丸くしています。

「ごめん、オウラン。VIPルームに挨拶に行ってもらえないかな。劇が終わったら呼んでくれって要望と、『オウランのハラハラドキドキカフェモカ』のオーダーがあって」
「あ、はい」
「店長。カショウ(オレ)もセットで行った方が――」
「カショウは『キザハートナポリタン』が2件入ってるから、そっち優先で。よろしく」
「げ」

 隣のカショウが顔を引き攣らせました。
 そうですよね。キザハートナポリタン、なかなか人気メニューですからね。みんなキザなセリフを吐いてもらいたいのですよ。

「カショウ、頑張って」
「あぁ、うん、オウランも、な」

 魂抜けかけてますよ! 本当に大丈夫でしょうか。
 でも、私も気合いを入れなくては。割高VIPルームに来てもらえるお客様に、頑張ってリピーターになってもらうのですよ。そのためなら、お客さんにツンデレしますとも!

 私はあれこれぶつぶつとセリフを考えているカショウを置いて、キッチンから受け取ったカフェモカをトレイに乗せて、VIPルームの方へと向かいました。

コンコン

「失礼いたしますわ」

 高慢に、高慢に、とオウランの仮面を被るときに必ず唱える呪文を胸に、そっとVIPルームの扉を開けます。
 オウランを指定してくるほどのお客様なのです。きっとツンデレのツンが大好きな人なのです。頑張って、ツンツン―――

 思考が真っ白になりました。

 6人掛けのテーブルを、悠々と一人で占領しているVIP客は、目元を隠すような長い黒髪の隙間から、まっすぐにこちらを見ていたのです。
 長い手足、黒いジーンズにモノクロ写真プリントのカットソー。彼は、私を見るとニヤリと人を食ったような笑みを浮かべました。本当に人を食べていたとしても驚きませんよ。なんたって、……羅刹、ですから。

「ど―――」

 どうして、ここに、という疑問の言葉を、私は慌てて飲み込みました。今は仕事中なのです。ついでに私はオウラン。女優なのです。壊れやすいガラスの仮面ではなく、防弾ガラスの仮面をかぶるのです。

「おまたせいたしましたわ、オウランのハラハラドキドキカフェモカです」

 何なのですか、これ。どんな羞恥プレイなのですか。
 どうしてトキくん相手にこんなセリフを言わなくてはならないのですか!

「べ、べつに媚薬なんて入れてませんから、安心して飲んでくれていいんですのよ?」

 やだ、もうこれ、恥ずかしくて死ねます!
 本当はVIPルームのお客様へのサービスということで、寸劇の感想を尋ねたりとか、ちょっとしたお喋りをするのですけど、早々に撤退するのです!
 え? さっきまでリピーターがどうとか言ってたのはどうしたのか、ですか?
 ごめんなさい、忘れてください!

「それでは、失礼いたしますわ、ね?」

 あれれ、どうして私、腕引っ張られてるんですか。あと、お客様の隣に座るとか、有り得ないですから。

「は、離してくださいませんこと?」
「ずいぶんな対応だな、小動物のくせに」
「な、何のことをおっしゃっているのか、分かりませんわ。キャストに触れるのは、写真を撮る時を除いてお断り―――」
「その割りに、アンタの言うキャスト同士は、随分と接近するんだな?」
「か、カショウのことを言っていますの? わたくしがカショウごときに触れられるとでも思いまして?」
「へぇ? じゃぁ、アンタが好いてるあの男とは、もっと接近するんだ?」
「すみません、お願いですからやめてください、トキくん!」

 私のガラスの仮面は、やっぱり単なるガラスでした。
 獰猛な牙を見せて笑うオオカミを必死で止めると、ようやく殺気めいた冷たい空気を引っ込めてくれたのです。

「どうしていきなりこっちに来たのですか!」
「暇だったから」

 暇!
 言うに事欠いて暇とか言いますか!

「閉店までここにいるから、適当に覗きに来いよ」
「閉店まで……って、VIPルームはタイムチャージ制なのですよ?」
「知ってる。もう前払いも済んでるしな」

 くらり、と眩暈がしました。VIPルームはその名の通り、お値段もVIPなのです。いったい、なんて無駄遣いをしているのですか。

「適当に覗きに、なんてできるわけがないのです。こちらは仕事で」
「オウラン、つったか、アンタのメニュー頼むから、サボりに来い」
「……」

 それ、サボるって言うのでしょうか。うぅ、店長からしてみれば、VIPチャージ料金だけでなく、フードメニューまで頼んでくれるいいお客さんになるのでしょうけど、これは―――

「それが『仕事』なんだろ?」

 ニヤニヤと浮かべる笑みが憎らしいのです。
 ですが、ハプニングがあろうとも、これは仕事。そして、ここで働くのはミオさんではなく『オウラン』なのです。

「えぇ、おっしゃる通り、完璧に給仕してさしあげてよ。後悔なさっても遅いんですから!」

 予備動作なしで勢いよく立ち上がった私は、トキくんに向けて、ピッと指を突き刺しました。
 こうなったら、『名状しがたいコーヒーのようなもの』を筆頭に、私のツケで微妙or珍妙な味のメニューを差し入れてあげるのです! それはもう、二度と来たいと思わないぐらいに!
 VIPルームを素早く出た私は、いつも以上に珍妙な味を作ってくれるように、厨房担当のJさんに頼みに行くのでした。

―――もちろん、数々の差し入れに、帰宅後トキくんからお仕置きという名目で「膝の上に乗せてくすぐる」刑をされてしまったのは苦い思い出なのです。
 もう二度としません。くすん。

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