TOPページへ    小説トップへ    それは、通り魔的善行から始まったのです。

 71.それは、暫定的だったのです。


「パーティ、ですか?」

 それは、カオスな現在の状況をさらに引っ掻き回すようなナパーム弾でした。
 ここはドゥームさんのマンション。居合わせているのは、私、お母さん、レイくん。そして、私についてきた(まだケガ人のはずの)トキくん。最後に、なぜか今日に限って早く帰って来たドゥームさん。これだけでも、カオスな状況だと分かってもらえると思います。
 え、誰ですか? 彼女一家+彼氏なんて言ったのは。違いますから!

「えぇと、できれば、もう少し分かりやすく言ってもらえると……。その、私、あまり会社の事情とか詳しくないのです」
「あぁ、つまり、会社で大きいプロジェクトが立ち上がってね、その景気づけの意味もこめて、関連部署を呼んでホテルでパーティーをするんだ。トキトくんも聞いてないかい?」
「うちは、そういうのに出ない部署なんで」

 うぅ、ごめんなさいトキくん! まさかこんなにドゥームさんが早く帰って来るなんて思わなかったのですよ! こんなことなら、夕食を2回も作るのを面倒がらないで、とっとと帰ってしまえばよかったのです。

 始まりは、安定期に入っても続いていた、母の家事のお手伝いでした。さすがにケガをしているトキくんに送り迎えをしてもらうわけにはいかないと思っていたら、なんと一緒に行くという謎の展開に。
 それなら、一緒に全員分を作って食べちゃえば? というお母さんの勧めに従って、4人分の夕食プラス遅くに帰宅するドゥームさんの食事をまとめて作っていたら、まさかの家長の帰宅。
 ……で、広いリビングに5人で夕食の団欒という結末になったのです。えぇ、きっと第三者の目から見れば『団欒』なのですよね。私は緊張でお箸を持つ手も震えているのですけど!

 とりあえず、お詫びも兼ねて、トキくんの小皿にレンコンとこんにゃくの煮物をちょこちょこと取り分けます。別に、間が持たなくなったわけではありません。
 ふと、そんな私をじっと見るレイくんと目が合ったので、「レイくんも食べますか?」と尋ねると、コクコクと全力で頷いてくれました。かわいいです。蛇だと知っていてもなお、癒されます。

「それで、パートナーを同伴したいんだ」
「パートナー、ですか? お母さんですよね?」

 ちらりとドゥームさんの隣に座るお母さんを見れば、ダーリンさんが話しているというのに、大根おろしの和風ハンバーグをもぐもぐと食べています。ただでさえ多かった大根の消費量が、妊娠してからさらに増えてませんかね。明日の夕食用にぶり大根を鍋に大量に用意しているのですけど、もう少し大根の量を増やすべきだったでしょうか。でも、あれ以上となると、鍋の容量が……

「ミオちゃん?」
「はいっ」

 私の思考が横道に逸れたのに気付いてか、何故かにっこりと笑みを浮かべたドゥームさんに名前を呼ばれました。
 うぅ、大丈夫ですよ。聞いているのですよ。だから、その寒気がする笑顔を向けないでいただきたいのです。

「もちろん、リコを連れていくよ? でも、どうしても仕事の付き合いで、リコと離れなくてはならないことがあるかもしれないんだ」

 返事を忘れて、思わずじっくりとドゥームさんの顔を見つめてしまいました。相変わらず、整った顔の向こうで何を考えているか分からないのです。それでも、掬い上げられる情報がないか、とじーっと見つめます。

「ミオちゃぁん? そんなにダーリン見つめたら、穴があいちゃうわよ?」

 お母さんのセリフに苦笑を浮かべるドゥームさんですが、それでも私を見つめ返してきます。もしかして、私の推測していることを分かっているのでしょうか。

「それにぃ、佐多くんも妬いちゃうわよぉ?」
「ふぁっ!?」

 思わず隣のトキくんを振り向くと、……思わず土下座したくなるような冷たい視線とぶつかりました。

「と、トキくん? これは別に(やま)しいことがあるわけではないのですよ?」
「別に。分かってる」
「ほ、本当に分かっているのですか?」
「分かってるっての」

 うぅ、昨日の二の舞は避けたいのです。
 バイト先の珍妙メニューを差し入れしまくった私は、それこそ呼吸困難になるほどの勢いで、くすぐられまくってしまったのですから。しかも、「笑うたびに胸が揺れて超エロい」という妙な言葉付きでですよ? もう、この記憶、ベトンで固めてマリアナ海溝に投げ捨てたいのです……。

「そ、それはともかく、ドゥームさん。お仕事の話でお母さんとはぐれるぐらいなら、いっそのこと一人で参加するわけにはいかないのですか?」
「うーん、そうしたいのも山々なんだけどね。そろそろワタシが結婚した情報も流れ始めてるし、それならリコを一度でも公の場に出せば大人しくなるかな、と思ったんだ」
「大人しく?」

 思い出すのは、とある人の顔です。

「そうなのよぉ、聞いてよミオちゃん! ダーリンったら、職場で女の子に色目使われてるらしいのよぉ!」

 ぷんぷん、と怒り出したのは、ようやくハンバーグを飲み込んだお母さんでした。

「そりゃね、あたしが嫁に行くぐらいのいい男よ? でも、他人の男に手を出すって考えが気にくわないのよぉ」
「お母さん……」

 そんなこと言わなくても、ドゥームさんがお母さんを手放すことはありえないと思うのですけど。お腹の子と天秤にかけるような重たい執着を向けられていることをちゃんと知っていますよね?
 ……あれ。何か今、イヤな予感がしました。
 もしかして、なのですけど。あのとき、説得に失敗していたとして、それでもお母さんが子どもを望んでいたらどうなったのでしょう? まさか、他の女性をたぶらかした上で、体外受精させた卵子をその女性に託すとか……ないですよね? さすがにそんな非情なことをお母さんが許すわけもありませんが。

 ぶるるるっ、と悪寒に体を震わせていたら、トキくんが背中をさすってくれました。うぅ、人肌がありがたいのです。変な「たら」「れば」を想像しなければよかった。とっとと忘れてしまいましょう。

「そういうわけで、あたしは出席するの。レイも勿論出席よぉ?……レイも初めてじゃないもんねー」
「うん!」

 なんということでしょう。十七の私が一度も経験したことのない『パーティ』なるものを、小学生のレイくんが経験しているなんて。飛行機に続いて、レイくんに先を越されっぱなしなのです。

「だから、ミオちゃんも着飾って出席ね♪」
「え?」
「だから、ドレスで着飾って出席よ♪」

 あれ、何でしょう。まさかのお母さんからも有無を言わさぬオーラが出ている気がします。
 ちら、と隣に鎮座する羅刹像を伺えば「オレは出ねぇぞ」という返事が戻ってきました。

「オレの部署は、ほとんど外部に顔を見せない。公のパーティなんてもっての他だ。例外として隊長だけは顔を出すかもしれねぇが」
「サタも出席するよ?」
「……だってよ」

 ごくり、と私は固唾を飲み込みました。
 ドゥームさんが居て、佐多さんがいて、……おそらく、宮地さんもいるのではないでしょうか。
 そんなパーティに? 着飾って出席?
 浮かれる理由がさっぱりありません。蛇が3匹も鎌首をもたげて待ち構える中で、動きにくい服装で飛び込むなんて、それ自殺行為ですよね?

――――ただ、ひとつ、言わせてもらえるなら。

「ミオちゃんには、何色のドレスが似合うのかしらねぇ?」

 こんなふうにはしゃいで見える母親が、何も考えていない、なんていうことはないので、母の影でずっと守られていた私としては、頷くのに、そこまで抵抗はなかったりもするのです。


「……トキくん、お茶は何がよいのですか?」
「別に、なんでも?」
「あったかいので良いですか?」
「まぁ、この季節だしな」

 帰宅後、私はとりあえず落ち着こうと、いつも通りにお茶を準備しました。少しだけ悩んでチョイスしたのは、ハーブブレンドティーなのです。やはりここは、ハーブの力に頼って、何とか平常心を取り戻したいところなのです。

 お湯を沸かして、一通りの準備を終えてトレイに一式を乗せた私は、リビングで待つトキくんがぐったりとリクライニングソファに寝そべっているのを発見しました。

「やっぱり、お疲れ、ですよね」
「疲れてねぇよ」
「トキくん。やっぱり学校も休みましょう。そんなに無理をしたら、直る傷も治りません」
「小動物」
「……なんなのです」
「ちょっとこっち来いよ」

 トレイをソファテーブルに置くと、少し離れた所にあるリクライニングソファに近づきます。右半身を下にしているトキくんは、左手で手招きをしています。何がしたいのか分かりませんが、とりあえず、傷には触れないように―――

「ひゃぁっ」
「捕まえた」

 ぐいっと腕を引っ張られ、倒れるようにして私はトキくんの隣に転がってしまいました。

「ちょ、どうして……って、すみません、今、左の脇腹を」
「だから、大丈夫だっつってんだろ。こんなのよくあるケガだし」
「いやでも、ケガ―――」
「大丈夫だっての」

 ニヤリと口の端を持ち上げて笑うトキくんの表情に、痛みとかそういったものはありませんでした。信用してもよいのでしょうか?

「なぁ」
「はい」
「しばらく小動物補給させろよ」
「……補給って、具体的に何をするのですか?」
「こうする」

 頭をわしわしと撫でられました。これ、補給なのでしょうか。
 まぁ、いつも前に抱え込みスタイルで、頭の上に顎を乗せられていることを思えば、多少髪の毛が乱れるぐらいどうってことはないのです。
 とりあえず、トキくんの気がおさまるまでは、好きにさせることにしましょう。

 なんて思っていたら、ちょっと力加減を間違ったトキくんに後頭部を押され、勢いのままゴツンと胸板に鼻をぶつけてしまいました。

「トキくん、もうちょっと力の加減を覚えて欲しいのです」
「悪ぃ」

 はぁ、とため息をつくと、胸板に当たって自分に戻ってきました。上を見上げる体勢になるのも面倒なので、そのままトキくんの黒いカットソーを見つめることにします。

 あ、そうでした。
 トキくんに話したいことがあったのでした。顔も見れない絶好のチャンスですし、とっとと言ってしまいましょう。

「トキくん」
「あ?」
「そのままでいいので、ちょっと聞いてもらえますか?」
「あぁ」

 あ、本当にそのまま撫で続けるのですね。ちょっとだけ、止めてもらえないかと期待したのですが。

「一昨日の、話なのですけど」

 ぴたり、とトキくんの手が止まりました。

「保留だなんて言ってしまってすみません。とりあえず―――」

 うぅ、この先を言うのは、ちょっと緊張するのです。
 でも、ちゃんと考えたのですよ。返事は遅くなれば遅くなるほど相手に失礼だと、学校でもバイト先でも言われたのです。

「結婚を前提としない、高校生らしい健全なお付き合いでしたら、えと、その、喜んで?」

 あれ。オーケーの返事をするのって、『喜んで』でよいのでしたっけ。なんだか「はい、喜んでー」なんて居酒屋の店員みたいで気になってしまいました。でも、英語にすると「Yes, my pleasure!」って軍隊みたいですね。

 のんきに思考を横道に逸らしていたら、ぐいっと顎を掴まれました。強制的に見上げる体勢になったその先には、人一人どころか二、三人はぶっころ、いえ、ころころしちゃったような羅刹の眼差しがあります。
 えぇと、お怒りでいらっしゃるとか?

「アンタ、本気か?」
「えぇと、トキくんにとっては不本意な条件かもしれませんが、そもそも高校生のお付き合いって、そういうものですよね?」
「『高校生のお付き合い』?」
「えぇと、一緒に下校したりとか、休日に映画館とかショッピングモールとかでデートしたりとか、遊園地とか動物園とか水族館に足を運んだりとか、……そういう?」
「……もう一度聞く。アンタ、本気で言ってんだな?」
「はい」

 一応、色々と考えてみたのですよ。
 でも、結局行き着くのは、「私、まだ高校生ですよね」っていうところなのです。社会的にも責任を取りきれない、経済的な基盤もない、ついでに飲酒も喫煙も許されず、選挙権もない未成年なのです。

「トキくんのこと、嫌いじゃないと言いましたよね?」
「あぁ」
「でも、別に今、誰かに片思いしているわけでもありませんし、とりあえずお試しで付き合ってみるのがいいと思うのです」
「……お試し」

 あぁ、この言葉は失敗でした。なんだか、ちゃんと空調が効いているのに、2度ほど室温が下がった気がするのです。

「と、とととと、とりあえず、彼氏彼女からよろしくお願いします」
「あぁ、よろしくな」

 ぐい、と腰に腕が巻きついたと思ったら、少し上の方にずりあげられて―――唇にあったかいものが触れました。

「ぷふ?」

 あぁ、我ながら、なんて間抜けな声なんでしょう。でも、予告なしでしてくる方が悪いのです。

「このぐらいなら、問題ねぇだろ?」
「も、問題あるのです! そ、そそそ、そりゃ、その、お付き合いするとは言いましたけど、けど! せめて、事前にちょこっと言ってもらえば」
「じゃぁ、キスするぞ」
「へ」

 目を見開いたままの私の唇を、羅刹改め狼さんがぺろりぱくりと食べてしまったのです。
 もちろん抗議しましたよ。次からは許可を取って欲しいと。
 残念ながら、確約はさせられませんでしたけど!

 うぅ、早まってしまったのでしょうか。

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