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77.それは、拠り所だったのです。私は置物です。 隅っこにちょっと置いてあるだけの置物なのです。 いや、いっそ子どもの守り神な鍾馗様みたいに貫禄があれば、こんなことにはならなかったのでしょうかね。 「へー、トキさんのオンナじゃん。どうしたの、コレ?」 「ケンスケ、いいから向こう行ってろ。トキさんも来っから、そしたら殺されんぞ」 「えー? こんな間近で見たことなかったし、イイじゃん? で、なんで毛布かぶってんの?」 うぅ、このケンスケさん、かわいい顔立ちなのですよ。それこそ、肉食系のお姉さまが逆ナンしてもおかしくないほどなのです。……でもですね、一度キレるとおっかない人だと知っているのですよ。それこそ、道路標識を引っこ抜いて武器にしてしまうぐらいに。 あ、ちなみに、私、カズイさんがいつもバイクをいじっているガレージにお邪魔しています。隅に置いてあったパイプイスの上に、制服の上にコートを着て体育座りをした状態で、さらにカズイさんの仮眠用だという毛布を頭からかぶっている状態です。 「へー? どっちかつーとカワイイ系なんだね。トキさんは美人系の方が好みだと思ってたんだけど、違ったんだ?」 うぅ、だからこのトイプードル系ワンコの皮をかぶった狂犬は、いつになったら私から離れてくれるのでしょうか。 「なぁ、何とか言えよ。っつかさ、なんでお前がここにいるわけ? そりゃトキさんのオンナだってのは分かってるけどさ」 「おい、ケンスケ」 「だんまりかよ。ったくこれだからオンナってのは」 はぁ、どうして人の心がささくれだっている時に、こんな人に絡まれてしまうのでしょう。これ、私が何か悪いことでもしたのでしょうか。 ガンッ! パイプイスの隣に転がっていたオイルか何かの缶が勢いよく蹴り飛ばされました。 「シカトしてんじゃねぇぞ? あぁ?」 「おい、ケンスケ」 びっくりなのです。 何がびっくりって、確かに大きな音を立てられるとびっくりするのですけれど、全然怖いと感じないことにびっくりなのです。 あれ、この目の前で凄んでいる人、アレですよね。夏に私とトキくんが乗ったバイクを取り囲んだ挙げ句、乱闘に発展した人ですよね。文化祭では、うちの学校で暴れまくっていた人ですよね。 どうして、怖くないのでしょう? もしかして、あの蛇男のせいで危機管理意識が麻痺してしまったとか? とりあえず、目の前のケンスケさんは、まだ私に対して色々と言って来ます。 「……どうも、トキくんとカズイさんの厚意でおじゃましています」 「あぁ? 今更何言ってんだよ?」 「とりあえず、トキくんが迎えに来るまでここに居ますので、どうぞ私のことは置物か何かだと思っておいてください」 「……なー、カズイ。これオカしてみていい?」 「駄目に決まってんだろ、トキさんに殺されるわ!」 「トキさんに本気で遊んでもらえるんだろ? これオカしたら」 「今、トキさんの機嫌最悪だからやめとけ」 おおー、カズイさん。バイクのチューニングしながら、口だけでケンスケさんを押さえようとしてます。っていうか、このトイプードル、ケンカしたくて仕方がないみたいなんですけど……。 むーん。これ、私の方で自衛するべきですか? 今ならポケットから徳益さんからもらった改造スタンガンが出て来るのですよ? 「なーなー、トキさんが来るまで、ちょっと付き合えよ」 「……お断りします」 「スカしてんじゃねぇぞ、コラ。どーせトキさんにも股開いてんだろ? オンナなんてそれしか能ねぇんだし」 「騒音をまき散らすことと、ケンカするしか能のない人には言われたくないのですよ」 あー、もう、放って置いて欲しいのです。話すのも億劫なのですよ。 「へぇ? 言うじゃん。あのロンと口でやり合ったっての、ホントなんだ?」 「……ロン?」 誰のことでしょう? このトイプー系狂犬と共通の知り合いなんていないはずなのです。 「文化祭でトキさんが潰しただろ? もう忘れたのかよ」 「あぁ、あのシロクマですか」 居ましたね、そういえば、そんな人。あの時は楽しそうに人をケルナグールするトキくんが、一番怖かったのです。 「ぶふっ! シロクマ! まー、クマっちゃクマかなぁ? カズイはどう思う?」 「ゾンビだろ」 「オレもそう思う! くっそタフいからさ、アレ。しかも懲りずに何度もトキさんにつっかかるとか」 「てめぇもだろ、ケンスケ。いい加減に引っ込め」 「えー? だってこのオンナおもしろいし。オレに怯まず言い返すとか、珍しーし?」 「トキさんのだって、分かってんだろ」 「えー? オレも欲しー。でもトキさんから奪えるかなー?」 あー……、何やら不穏な流れです。まったく、どうしてこう他人のことをモノのように扱いますかね。トキくんも、当初そうだったのですけど。 そんなことを考えていたら、ケンスケさんが、私のかぶっていた毛布をぐいっと引っ張りました。危なくパイプイスから転げ落ちるところでしたが、慌てて足で支えます。 まぁ、毛布を奪い取られてしまったのですけれど。 「何を、するのですか」 「えぇ? 遊ぼうぜ? だって、お前と遊んだら、その後でトキさんと遊べるんだろ?」 「……何だか、激しく誤解があるのですよ。別に私は……えぇと、ケンスケさんと遊ぶ気はないのですよ?」 「つれねぇな? ちょっとぐらい、イイじゃん? どうせヒマなんだろ?」 突然、ぐいっと引っ張られ、私は否応なく立たされます。 「おい、ケンスケっ」 「おー、すげー、巨乳じゃん?」 ……自分から、マンションに戻りたくないと言って、お邪魔させてもらったのに、こんなことを言うのはワガママかもしれませんが。ちょっとぐらい、ぼーっとさせてくれてもいいと思うのですよ? ようやく指先の震えが収まったというのに、今度は別の理由から手が震えます。 「マジでやめろ! オレまでトキさんにヤられるだろーが!」 「あぁ? 別にいいじゃん? トキさんと遊ぶの楽しい、しっ!?」 カァンッ! 甲高い音がガレージに響きました。あぁ、やっぱり屋内だと音が反響するのですね。 え、何の音か、ですか? ……徳益さんから頂いた護身用のグッズの音なのです。使うのは2度目ですが、まだちょっと慣れません。 とりあえず、どさりと倒れたケンスケさんの手から毛布を取り返すと、パイプイスをずるずると引きずって、ケンスケさんから距離を取ります。今度はほどよくカズイさんに近い位置取りをして、再びイスに座って毛布を被りました。 「―――なぁ、それ、ケンスケ生きてんのか?」 「よく知りませんが、大丈夫らしいですよ? これをくれた徳益さんも、変な持病でもない限り人は死なないって言ってましたから」 「うーん、ハヤトさんの言葉なら信じてもいいのか? でも、あの人もたまに適当だからな」 よっこいせ、と腰を持ち上げたカズイさんは、倒れたままのケンスケさんに近寄ると、そっと首筋に手を置きました。どうやら脈はちゃんとあるようで、一つ頷くと再びバイクのチューニングに戻ります。別に介抱する気はないみたいですね、お仲間さんなのに。 「悪ぃな、あれ、誰にでもじゃれつきたがるワンコだから」 「……お気になさらず」 私は小さく首を横に振りました。 まさかお仲間さんにまでワンコ認定されているとは思わなかったのです。確かに外見は無害なトイプードルですけど。 その時です。 とても聞き覚えのあるバイクのエンジン音が耳に入りました。 カズイさんも顔を上げて、ガレージの入り口の方に目を向けます。そういえば、カズイさんがあのバイクをチューニングしたと言ってましたっけ。 バイクのエンジン音が止まると、外から「チィッス!」「お疲れさんっす!」なんて挨拶が聞こえます。 「ようやくお迎えみたいだな」 「そうみたい、です」 私はパイプイスに腰を落ち着けたまま、カズイさんの言葉に頷きました。 そうしてガチャリ、とドアを開けて、姿を見せたのは、予想通り、トキくんです。 「ミオ、大丈夫か」 「……はい」 「カズイ、手間かけさせたな」 「いえ、とんでもないっす」 ずんずんと歩いて来た私の目の前で、トキくんが止まります。 「帰るぞ」 「は……いぃぃ?」 かぶった毛布の中から手を伸ばした私は、そのままひょいっと持ち上げられてしまいました。あれ、また小脇に抱えられるパターンなのですか? 「あ、トキくん、カバンが―――」 「あぁ。……ん? ケンスケはなんでノびてんだ?」 そこはツッコまないでください。きっと不幸な事故です。私が口を閉ざして、カズイさんも口を開かなければ、きっと真実は闇の中です。トキくんにバレてしまえば、私は危ないことをするなと怒られてしまうでしょうし、カズイさんも手綱を握りきれなかったと叱られてしまうのでしょう。だから、私たちは何もしゃべらないのです。 「ま、いいか。じゃ、カズイ」 「はい、お気をつけて」 私を小脇に抱えて、のっしのっしと歩く羅刹の先には、何人もの舎弟さんがいます。ついでにモーゼの十戒のごとく二つに割れて道を作っています。なんでしょう、この既視感。学校でも似たようなことがあった気がします。違うのは二つに割れた人の顔、でしょうか。学校では恐怖一色だったのに対し、ここでは、そこに憧憬が加わっています。……トキくん、尊敬されているのですか? 「しっかり掴まってろよ」 「は、はい」 バイクの後ろに乗せられた私は、しっかりスカートを足と座席の間に挟みこみます。そうでもないと、とんだ大惨事を引き起こしてしまいますからね。それは避けたいのです。 ブォン、とエンジンを唸らせること十分。私はマンションに到着していました。 いつものようにエントランスのコンシェルジュさんに頭を下げ、いつものようにエレベーターに乗り、いつものように玄関ドアを開けて……そこまででした。 靴を脱いだことで、何かのスイッチが切れてしまったのでしょうか。私の全身から力が抜けて、床にぺたりと座りこむ醜態をさらしてしまったのです。 「おい、大丈夫か?」 「大丈夫……だと、思いたかったのですけど」 どう考えても大丈夫ではないですね。ここまで明らかなので、強がっても仕方がないのです。 私が立てない状態なのを悟ってくれたのか、トキくんはひょいっと私を持ち上げて、いつものソファまで運んでくれました。 「お手数をおかけするのです……」 「別にいい」 ほらよ、とトキくんが自分のコートのポケットから取り出して渡してくれたものは、ミルクティーの缶でした。 「あったかいのです」 「あぁ、カイロ代わりに出掛けに仕込んだ。アンタ、甘いもんの方が好きだろ」 そう言って、反対側のコートから取り出した缶コーヒーをぷしゅ、と開けて隣に座ります。 「顔がちょっと白いな。寒いか?」 「そうですか? トキくんの後ろにいたので、風は直接当たっていないはずなのですけど」 丁度人肌ぐらいに冷めていたミルクティーを自分も飲もうとして、プルタブに指を引っ掛けます。 カショッと間抜けな音が響きました。うぅ、指を引っ掛けるのに失敗するとか、まるで子どもみたいなのです。 また、カショッという音がして、プルタブから指が外れます。これは困りました。缶が開けられません。 「オレがやる」 隣から大きな手が缶を奪い取ると、あっけなく缶が開きました。 「こぼすなよ」 「あ、はい。分かってます」 慎重に缶を受け取ると、私はずずっとミルクティーを口に含みました。甘くてあったかいのです。思わず、ほぅっと息を吐くと、何故か缶を取り上げられてしまいました。 「まだ飲むのですよ、トキく……ん?」 抗議の声を上げたのに、トキくんは私を持ち上げると、自分の膝の上に座らせます。……さすがに向かい合って、なんて恥ずかし過ぎるので、慌てて顔を逸らします。いやだって、至近距離なのですよ? 羅刹の眼光は人を殺せるレベルなのですよ? 「ミオ」 「……」 「オレを見ろ、ミオ」 のろのろと視線を向けると、トキくんの大きな手が、私の頬に添えられました。あったかくて、ごつごつしていて、ちょっと皮手袋の匂いがします。 「オレがここにいる。大丈夫だ」 「……ふ、ぇ」 「よく、一人で踏ん張ったな」 「ふえぇぇぇ……っ!」 ダム決壊です。 もともとヒビが入っていたので仕方がなかったのです。 怖かったのです。 私の目の前に立ちながら、そのくせ私のことを「リコの娘」としか見ていないあの男の目が怖かったのです。 本当にレイくんが誘拐されていたらと思うと、怖かったのです。 カズイさんしか近くにいなくて、どれだけ頼れるかも分からなくて怖かったのです。 ついでにケンスケさんに絡まれたのも怖かったのです。 「おい、ミオ……?」 「うあぁぁぁん!」 すみません。本当に申し訳ないのです。 でも、涙も、声も、止まらないのです。 仕方ねぇな、と呟いたトキくんの手が、私の背中を優しく撫でてくれました。……どうして、こういうときは、ちゃんと優しいのでしょう。羅刹なのに。 ![]() 「……落ち着いたか」 「はひ、すびばぜん」 トキくんの膝の上で、ボックスティッシュを抱える私。何でしょう、この絵面。 「宮地との話は全部聞いてた」 「……はい」 「オッサンにも、ドゥームにも聞かせた」 「……は、い?」 ちょ、ちょっと待って欲しいのです。え? え? どうして、佐多さんとドゥームさんまで聞いているのですか? 「あの時じゃねぇ、録音データを聞かせた」 「え、と、……とりあえず、いいです。それで……?」 トキくんは、じっと私を見つめてきます。その、目も腫れているし、ひどい顔になっていると思うので、できれば見ないで欲しいのです。 「これ以上、あいつを飼っておくことは危険という判断が下された。宮地は会社からも切り離す」 そういえば、国外追放ルートも用意しておくと言っていましたっけ。トキくんやドゥームさんの勤める会社は、グローバルな展開をしているので、海外支社もあると聞いています。 「会社から切り離し、社会的にも抹殺する。最終的にはドゥームが承認している。レイにも手を出すような発言をしたことが、決め手になった。あいつの執着する須屋リコとその血族だけでなく、周囲の人間まで巻き込もうとする態度は危険だという判断を下したらしい」 「それは、つまり……?」 「アンタが最終的なコマになる」 どくり、と心臓が跳ねました。 それは、つまり、例の囮作戦を、やり遂げなければならないということに他なりません。 「……佐多さん、と、ドゥームさん、の、共同作戦、なのですよね?」 自分でも、喉がカラカラになっているのが分かります。 だって、それは、私が再びあの蛇男と直接、相対することが、決定したわけなのですから。 「―――ミオ、やれるか?」 「やり、ます」 不思議と躊躇はありません。 怖いです。もちろん、怖いのです。 それでも、あの蛇男さえどうにかすれば、私とお母さんは、ようやく安心できるのです。大きく深呼吸ができるのです。 「本音を言えば、アンタにそんな役をやらせたくない。それでも、やるのか」 「……当たり前、なのです。私は、あの蛇を、排除するチャンスがあるのなら」 ぶるり、と体が大きく震えます。 恐怖でしょうか。それとも武者震いというやつでしょうか。残念ながら経験貧弱な私には区別がつきません。 「それに、トキくんを、信じているのですよ」 「―――そうか」 トキくんの顔が、珍しくふわりと微笑みました。 有り得ません。だって、羅刹は笑顔も極悪度百倍増しなのですよ。こんな柔らかい笑顔は初めて見たのです。 「アンタがそう言うなら、オレは全力でアンタを支援する」 「……信頼、しているのですよ?」 「あぁ」 私の言葉に力強く頷くトキくん。うん、頼もしいのです。 全ては、20日のパーティの日。 ―――決戦!なのです! | |
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