TOPページへ    小説トップへ    それは、通り魔的善行から始まったのです。

 79.それは、顔合わせだったのです。


 どうも、パーティ会場のミオさんです。
 いえ、正しくはパーティ会場と同ホテルの客室内です。開始までまだ時間があるということなので、ドゥームさんがチャージしている客室で待機しています。あ、お母さんとレイくんは今夜ここに泊まるそうです。

「ミオおねえちゃん、大丈夫?」
「大丈夫……です。たぶん」

 ソファにぐったりと寄りかかりながら言っても説得力ないですよね。心配してくれたレイくんの隣では「あれぐらいで、だらしないわねぇ、若いのに」なんてヒドいセリフを吐く実の母親がいますが、そこはスルーします。
 本番が始まる前から、これだけ疲れてしまって、大丈夫なのでしょうか。いえ、大丈夫ではありません。なんて反語表現も使いたくなるぐらいにクタクタです。

「ふふ、ミオちゃんはエステは初めてだったのかな?」
「……はい。正直、あそこまで(こす)り上げられるとは思いませんでした」
「ミオちゃんったらぁ、ちゃんと力を抜いてお任せすれば、疲れないのにぃ」
「無茶を言わないでください……」

 プロフェッショナルだって分かってますけど、見ず知らずの人に身体を預けるとか、初心者には高難度のクエストなのですよ?

「ふふ、でも、お肌すべすべもっちもちでしょぉ?」
「ソウデスネ……」

 むしろお母さんの方がツヤツヤしているような、……って、あぁ、ドゥームさんは満足なのですね、分かります。そんな甘いオーラだだ洩れでお母さんを見つめても、何も出ませんよ。

「ミオちゃんは、リコとレイと一緒にいればいいからね。あとは美味しいもの食べておいで」
「そう言われても、緊張で喉を通るか分からないのです」
「あらぁ、大丈夫よぉ。ねぇ、レイ?」
「うん、ボクがお姉ちゃんに取ってあげる」

 レイくんのエンジェルスマイルにくらり、ときました。レイくん、本当に天使なのです! そんなレイくんの隣に並ぶ自分のことを考えると……えぇ、場違い感が否めません。

「お姉ちゃんはお肉が好き? お魚が好き? それともスイーツ?」
「ふふ、私はなんでも美味しく食べられますよ、レイくん?」

 極貧生活を送ってきた私の舌を舐めないでいただきたい。栄養となる食べ物であれば何でも大丈夫なのです。……まぁ、トキくんと同居するようになってから、多少、舌は奢ったかもしれませんが。それでも、食に対しては真摯に望むのです。食べることは命を頂くということなのですから!

「ミオちゃん、もし佐多くんが恋しくなったら、途中で抜けて構わないからね」
「あら、ダーリンのお許しが出たわ♪ よかったわねぇ、ミオちゃん」

 お母さんは知らないのです。
 途中で私が姿を消すのは、決してそれだけが理由ではないことを!

 今回の作戦で、まず大事なことは、決してお母さんが隙を見せないことです。宮地さんにとってのメインターゲットはもちろんお母さんなのですから、それだけは何としても阻止しないといけません。まぁ、この辺りは、私ももちろん目を配りますが、最終的にはドゥームさんにお任せします。
 そして、逆に私は警戒しているよう装った上で、隙を見せる必要があります。お母さんに手を出す隙がなければ、次にターゲットとなるのは、間違いなく私です。次点でレイくんでしょうか。ただ、レイくんは基本的にお母さんからはぐれないように言い聞かせていますので、フリーになるのは私のみ、なのです。
 ドゥームさんと佐多さんが言うには、できるだけ法律に触れるような行動を誘発させたい、ということでした。まぁ、前回ドラッグストアで遭遇した時も、あのままホイホイ付いて行けば、未成年者略取ですからね。

 あの時のことを思い出して、ぶるり、と震えが走りました。

「あら、ミオちゃん、寒い?」
「いえ、大丈夫なのです」
「上着羽織っておいたらぁ?」
「……そうします」

 あの時、口車に乗せられて(かどわ)かされていたら、と想像しただけで腕にびっしりと鳥肌が立ってしまいました。お母さんやレイくんの目から隠すには、ボレロを早々に羽織った方が良さそうですね。

 ちなみに、今の私の服装は、下着からアクセサリーに至るまで、トキくんプロデュースとなっています。ハイネックでノースリーブなモスグリーンの膝丈ワンピースに、オフホワイトのもこもこなボレロ、ブルーストーンのピアスに、シルバーのネックレス、3センチヒールのパンプスまでトキくんチョイスだそうです。聞いてもいないのに、徳益さんが教えてくれました。

「ふふ、やっぱりこういうのは、男の人の方が色々と考えてくれるのねぇ?」
「何がですか?」
「ミオちゃんがかわいく見えるような服装のチョイスってことよぉ。やぁねぇ♪」
「……普通は、こんなチョイスはできないと思うのですけれど」
「そこは佐多くんだからよぉ? ねぇ、ミオちゃん? あれだけのイイ男なんだから、手放したらダメよぉ?」
「今のところはそんな気はないので、安心してください」

 私が手放すとか言うよりも、トキくんの方が放してくれなそうです。よく考えてみれば、最初から「オレのもんにする」って豪語していましたし。……うーん、これって、愛されているという実感なのでしょうか? それとも最初からブレないから安心しているだけですかねぇ。

「ミオちゃんは、佐多くんにちゃんと返してあげるのよぉ?」
「何をですか?」
「もちろん、ラブ的な何かに決まってるじゃない」
「……ラブ的な」

 思わずお母さんの隣に座るドゥームさんに視線を移してしまいました。

「もちろん、ワタシはリコからたくさんのラブをもらっているよ?」
「やん、ダーリンったら」
「レイだってもらっているだろう?」
「うん!」

 あぁ、何でしょう。何だかオープンに愛を語らう家族の風景に、とても混じれません。このノリには付いていけないのです。

「ミオお姉ちゃんは、ボクのこと好き?」
「もちろんなのです」
「じゃぁ、ボクもちゃんとお姉ちゃんからもらってるんだね」

 にっこぉ!と満面の笑みを浮かべたレイくんを、思わずぎゅうっと抱きしめたくなってしまいました。
 だめです。今それをやったらせっかく施してもらった化粧が崩れてしまうのです。
 頬ずりしたくなる衝動をぐっと(こら)えて、私はレイくんの頭をそっと撫でました。レイくんも髪の毛をセットしてもらっているので、崩すのはしのびないのです。だから、そっと。

「ふふふ、レイは本当にミオちゃんが好きねぇ」
「うん。だって、ボクのお姉ちゃんだもん!」
「ははは、まさかこんなにレイが懐くとは思わなかったよ。レイは恥ずかしがり屋なところがあるからな」

 ふふふ、ははは、と笑い合う夫婦の向かいで、私とレイくんも微笑み合います。さっきはあんなことを言いましたが、たまには仲良し家族の輪の中に入るのも悪くないのです。これが毎日だと、きっと辟易(へきえき)してしまうのでしょうけれど。たまにだから良いのです。

「おや、そろそろ時間だね。行こうか」
「そうね。ミオちゃん。レイ。行きましょ」

 緊張か、それとも恐れか。私の身体にぐっと力が入ります。
 だって、ほら、とうとう対決なのですよ。たとえ蛇2匹のサポートがあったとしても、私が重要な位置にいるのは変わらないのです。

「お姉ちゃん?」
「大丈夫なのです。こういうパーティは初めてなので、ちょっと緊張してしまっているのですよ」
「ボクがずっと隣にいるよ?」
「ありがとうございます。分からないことがあったら、レイくんを頼りますね」

 まかせて、と胸を張ったレイくんを、やっぱり私は頬ずりしたくなったのです。


 今回のパーティは、複数の企業が合同で立ち上げたプロジェクトのスタートを祝うものらしいです。祝う、と言っても企業ごとに色々な思惑もあるでしょうし、プロジェクトの円滑な進行のためにプロジェクトメンバー同士の顔合わせをする目的があるので、一概にお祝いというわけでもないようです。
 パーティ開始に伴い、お偉いさんの挨拶を拝聴したのですが、どこぞの大学教授が論文にしたためたものを元に、ある企業が特許を取得し、その特許を活用してお金を設けるためのプロジェクトらしいです。内容はさっぱりチンプンカンプンでした。バイオテクノロジーがどうの、ある特定の珪藻が分解する際に作られる物質がどうの、と言われても、専門的過ぎて本当にさっぱりなのです。

「お姉ちゃん?」
「ん、大丈夫ですよ」

 私はレイくんと手を繋いで、壇上でお偉いさんが話しているのを聞いています。レイくんの方が中身はちんぷんかんぷんでしょうに、退屈した様子が見られないのは……場数の差、でしょうか。

「レイくんは、話している内容は分かるのですか?」

 私は少しかがんで、こっそりレイくんの耳に質問を投げかけてみます。いや、だって、気になるじゃないですか。レイくんてば、ずっと壇上の人たちから目を離していないように見えるのですよ。
 私の質問に、小さく微笑んだレイくんは、内緒話をするように手を口元にあてました。

「あのね。ボク、あそこで話してる人たちが、カツラかどうかを、がんばって、みきわめてるんだよ」

 ……誰ですが、この天使にそんな暇の潰し方を教えた悪い大人は。思わず、噴き出してしまうところだったではないですか!
 いえ、何となく犯人は分かっているのです。えぇ、私の斜め前で壇上にいる夫を眺めている女性ですよね。びっくりするぐらいに自分の夫しか見つめていない人ですよね。どうせ問いつめたところで、「だってぇ、ヒマだと眠くなっちゃうじゃないぃ?」なんてほややんとした答えが返って来るに決まっています。

「……分かるものなのですか?」
「あいさつしたじゅんばんに、かつら、かつら、しょくもう、かつら、今の人は何もしてないと思うよ?」
「あとで、こっそり見分け方を教えてもらえますか?」
「うん!」

 応えたレイくんは満面の笑みです。眩しくて真正面から見つめていられません。こんな天使の笑顔がハゲ談義から発生したなんて思いたくありません。
 壇上では、干上がった河童のような風貌の人が、今回のプロジェクトがいかに地球に優しいかを説明しています。そんなご高説を聞き流しながら、私は会場にいる人たちをざっと見渡しました。最年少はもちろんレイくんです。上は、……うーん、あちらの落ち着いたお着物のご婦人でしょうか。社長夫人とか会長夫人とか、そんな方なのでしょうね。土臭い庶民の私とはオーラからして違う気がします。
 あ、入り口付近に立っているあれは、佐多さんです。蛇はやっぱり蛇のオーラを出しているので、すぐに見つかりますね。ということは、もう1匹の蛇も―――

「っ」

 ぞくり、と走ったのは、悪寒でした。いえ、そんな生やさしいものではないかもしれません。悪寒が(マイナス)4℃ぐらいだとしたら、これは(マイナス)20℃です。バナナで釘が打てるのではないでしょうか。
 理由なんて、分かりきっています。あの蛇が、お母さんの斜め後ろからずっと見つめているのです。私の視界にはたった今入ってきたばかりですが、ずっと見つめているのは間違いようもありません。

 事前に、あまり対象を意識するなと言われていたので、慌てて視線を引き剥がします。そうでもしないと、警戒に満ちた目線を向け続けてしまいます。まだ、我慢です。お偉いさんの挨拶が終わって、パーティのために集まった参加者たちが思い思いに動き始めるまでは我慢なのです。

「お姉ちゃん?」

 握る手に力がこもってしまったのでしょう。レイくんが心配そうに私を見上げてきました。柔らかい手のひらに、あったかいぬくもり。私は少しだけ平静を取り戻して、「何でもありません」と微笑み返すことができました。
 ぱちぱちぱち、という拍手に、ようやく壇上の人の演説が終わったことを知りました。あぁ、ようやくフリータイムが近づいてきたようです。
 プロジェクトの成功を願って乾杯したところで、私たちのところに戻ってきたドゥームさんは、早速お母さんを連れて、各所に挨拶に行くとのことでした。私とレイくんも手をつないでそれに付いて行きます。本当は娘息子まで挨拶する必要はないそうなのですが、連れ子同士でも仲が良いことをアピールしておいた方が良いと、ドゥームさんが言うのです。本当のところは、最初は警戒心バリバリだというスタイルなのでしょうけれど。

 何ちゃら会社の社長さんやら専務さんやら常務さんやら会長さんやら、ドゥームさんいわく必要最低限の挨拶を終えたところで、私はもうクタクタなのです。それでも母娘ともどもスマイルを崩さないのは、接客業に長く勤めているおかげでしょうか。あ、お母さんは保険の外交員をやっていたのです。私は、まぁ、言わずもがなですよね。
 ドゥームさんはお仕事関係の人に引っ張られて、ちょっと離れてしまったので、今はひたすらガードなのです。あの蛇に隙は見せません!

「ミオちゃぁん、ちょっと自信ないから教えてくれるぅ?」
「はい、何なのですか?」

 お母さんが自信ないことを、私が教えられるとは思わないのですけれど。こういった場所のマナーなんて知りませんし。

「佐多くんのお父さんって、あの人よねぇ?」
「え? あ、はい、そうですけど……って、お母さん?」

 止める間もなく、すたすたと佐多さんの方に向かうお母さんを慌てて追いかけます。
 一応、私、極秘ミッション中なので、関係者とむやみに接触したくないのですよ? 想定外の行動をとらないでください!

「こんばんわ。たぶん、初めまして?」
「今晩は。何か私に御用でしょうか?」

 ふ、余所行き用の佐多さんの口調に鳥肌が立つのです。以前、ドゥームさんと話しているのを見た時にも思いましたが、どうにも嘘くさい笑みを浮かべているので、逆に怖いのですよ。

「お宅の息子さんと、うちの娘が交際していると聞きまして、ご挨拶を」
「ちょ、ちょっと、お母さん!?」

 どうしてそんなプライベートなことをこんな公式の場で始めるのですか! そもそも、お付き合いしているだけで親が挨拶するなんて、聞いたことがないのですよ!

「これはどうもご丁寧に。ミオさんはうちの愚息には過ぎた娘さんですので、正直もったいないと思っているのですが……」
「あらぁ、そんなご謙遜を。トキトくんだって、すっごくいい子じゃないですかぁ」

 何ですか、この褒めあい合戦。いたたまれないので、離れたいのですが、ここで離れるわけにはいかないのです。

「お嬢さんと同じで、人を見る目のある方なんですね。……ところで、ドゥーム氏の再婚相手だそうですね。よろしければ、馴れ初めを伺っても?」
「ふふふ、御社に保険のおばちゃんとして伺っていたときに、出会ったんです。ちょうどしつこい人に絡まれたところを助けてもらったのがきっかけで、うふふ」

 はい、デレデレしないでください。実の母親の惚気話なんて聞きたくないのです。そもそもドゥームさんとの出会いから同居・結婚に至るまで、リアルタイムで報告受けていた身としては、もう耳にタコができているのですよ。

「おやおや、出会いはどんなところに転がっているか分からないものですね。うちのトキトとミオさんの出会いも、最初に意識し合ったのは、駅近くの公園と聞いていますし」

 どうして佐多さんが知っているのですか、って徳益さんから報告でも上がっていたのでしょうか。だとしたら、トキくんがかなり不憫なのです。

「そうですわねぇ。それでは、今後とも、よろしくお願いいたしますぅ」
「えぇ、こちらこそ、末永くお付き合いできることを願っていますよ」

 何でしょう。この会話、なんだか結婚前の両親の顔合わせみたいになっていませんか? お互いに片親なので、この二人が会うってことは、顔合わせと同じですよね。え、これ、外堀を埋められているとかいうことですか?

 呆然としたまま、離れていく佐多さんを見送っていたら、お母さんが私ににっこりと満面の笑みを浮かべていました。

「ミオちゃぁん。ちょっとお花摘みに付き合って?」
「……はいはい」

 頷いた私の隣にいたレイくんも付いて来ました。さ、さすがに小学生はもう女子トイレに入れない、ですよね?
 それ以前に、この流れでお花摘みって、イヤな予感しかしないのですが。
 例えば、お母さんが、佐多さんについて、私に何か言いたいことがあるんじゃないのか、とか。
 佐多さんと話したことで、宮地さんの嫉妬の炎が燃え上がって大変なことになってないかとか。

 いろいろと思い悩むことはありますが、とりあえずは引かれるままにお花摘み、なのです。

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