TOPページへ    小説トップへ    それは、通り魔的善行から始まったのです。

 88.【番外】それは、新しい家族だったのです。


※レイくん視点。育児放棄な胸糞注意報。



 ボクにはママが二人いる。
 一人は、ボクを産んだママ。写真でしか知らないその人は、ボクによく似た髪の毛の色だった。
 ナーサリースクールで、みんなにパパとママがいたから、ボクにもママが居るのかとパパに聞いたら、その時初めて写真を見せてくれた。

「この人が、ママ?」
「そうだよ」
「ママは、どこにいるの? どうしていっしょに住んでないの?」

 そのとき、パパはぜんぶ話してくれた。他の人に中途半端に説明されて、ウソを吹き込まれるのも面倒だからって。
 でも、あとで、新しくお姉ちゃんになる人とママになる人に、すごく怒られてたみたいなんだ。ボクは、ちゃんとパパがボクを信用してくれたのがうれしかった。でも、『未就学児に言ってよいことと悪いことがあると思うのですよ!』『ダーリン、情操教育っていう言葉、知ってるぅ?』とか、いろいろ言われてたみたい。ボクには難しい言葉が多くて、よく分からなかったけど。だって、「ミシューガクジ」とか「ジョーソーキョーイク」って聞いたことないし。

 ボクを産んだママは、一つの目標があった。それは、「子どもを出産すること」。ただ、ママは、お仕事が楽しくて楽しくて仕方がなくて、恋愛とかは面倒だったんだって。でも、子どもを生んでみたいし、体力のある若い方がいいから、って悩んでたって。
 パパも、恋愛とかは面倒という点で、ママと同じだったみたい。でも、跡継ぎは欲しかった。だから、ママに協力を申し出た。

 パパはすごく有能だから、ママのママやパパも喜んでたって。だから、ママも安心してボクを産むことができたんだって、パパは教えてくれた。
 パパとママは、とても仲が良かったみたい。
 だから、パパとママが離婚したときは、まわりがすごく驚いたんだって。

 パパが言うには、最初からボクが乳離れしたら離婚する予定だったって。ちょうど、パパがお仕事で日本に行くことが決まったから、そのことが理由で離婚したんだろうって、今でもまわりの人は思っているみたい。

 そういうわけで、ボクにはママの記憶がない。ボクは昼間はナーサリースクールに預けられて、朝晩は家政婦さんが作ってくれる料理を食べて育った。別に『ママ』という存在を必要とすることもなかった。

「レイ。ワタシやキミはどうやってもこの国では目立つ。だから、外見に騙される人を利用することを覚えるんだよ」

 同じ組のケイちゃんとミヨちゃんが、ボクと遊ぶ順番でケンカをするって話したら、パパはそんなことを言った。

「利用?」
「そう。外見しか見ようとしない害虫は、誘導すればよく動くからね」
「誘導?」
「自分が良いと思う方向に、他の人の背中をこっそり押すことだよ」

 思えば、パパの英才教育はもう始まっていた。求められてるのは『息子』じゃなくて『跡継ぎ』なんだって、もう教えられていたから、そういうことかと思った。
 ちなみに、この認識は後で新しい家族に上書きされる。だって、新しいママとお姉ちゃんは、ボクを息子で弟だとストレートに示してくれたから。

 パパには、たまに女の人がくっついていた。
 足が細かったり、胸が大きかったり、化粧が濃い目だったり、きれいな人が多かったと思う。

 でもね、不思議と全員、共通してたんだ。これは、パパとも答え合わせしたから、自信を持って言える。
 それは、みんなパパの方が大事だったってこと。

 パパが欲しかったのは、パパの隣に立って、跡継ぎのボクを育ててくれる人だったんだって。だから、ボクのことを二の次にしちゃう人は、ぜーんぶハネたって言ってた。
 あ、そういえばこの頃、ボクはパパに珍しく誉められた。

「レイが甘えたり不機嫌になったりするおかげで、見極めがしやすくなったよ。ありがとう」
「うん。ボクもあの人たちキライだし」
「そうだったんだね。まぁ、ワタシも嫌いだったけど、好き嫌いじゃなく、使えるかどうかでも見ようね」
「うん、わかった」

 化粧オバケは嫌い。でも、もしかしたら、化粧オバケの中にも話せる化粧オバケもいたのかもしれない。ボクはひとつ、賢くなった。
 この話をしたら、ミオお姉ちゃんは『実の息子を試金石扱いって、どれだけ蛇なのですかあの蛇はぁっ!』って怒ってた。実は、怒ったミオお姉ちゃんはちょっと怖い。こないだパパにもその話をしたら「リコ譲りだね」って変な笑い方をしてた。あんなふうに笑うパパは初めてだった。パパもママに怒られたことあるみたい。

 そんなふうに、パパはボクに1回2回合わせたら、だいたい次の違う女の人をくっつけてたから、ボクは今のママと最初に会ったときのことは覚えていない。
 でも、2回目に会ったときのことは覚えてる。

「やっぱりレイくん可愛い! ねぇ、ドゥームさん、あたしレイくんが欲しいわ! ドゥームさんの奥さんにならなくていいから、レイくんのお母さんになりたい!」

 ボクは首を傾げちゃったんだ。だって、言っていることが、本当に分からなかったんだもん。
 でも、そうしたら、余計にヒートアップして、ボクのことをぎゅっと抱きしめてきた。今までボクにそんなことをする人は、それこそ見知らぬ変質者しかいなかった。だから、びっくりして、思わずパパの方を見た。そしたら、パパは困ったようにこっちを見てた。そんなパパも初めてだった。

「リコ。レイがびっくりしてるよ。レイを可愛がってくれるのは嬉しいけど、もう少し抑えてくれないかな」
「いやぁん。ごめんなさい! ごめんね、レイくん。苦しくなかった?」

 ボクを覗き込むその人は、へにょりと眉をハの字にしていた。他の女の人みたいに、化粧の匂いはほとんどしなかった。

 最終的に、その女の人が新しいママになったんだけど、実は色々とママに言えないことがある。
 ひとつは、ママに子どもがいることを、パパもボクも知っていたってこと。3度目にママに会う前には、ボクも事情をぜんぶ聞かせてもらってた。でも、ママが自分から言ってくれるまでは、ってパパと二人で内緒にすることを決めたんだ。
 もうひとつは、パパがママに甘やかされるボクを睨むようになったってこと。ママが帰った後は「リコはワタシのものなので、ほどほどにしなさい」なんて言うのが当たり前だった。

 結局、ボクが初めて「お姉ちゃん」に会えたのは、ママがパパと結婚して、半年以上もしてからだった。

『あ、もしもし、ダーリン?』

 ママはおばあちゃんのお墓参りに行っていて、そこで「お姉ちゃん」と会うんだって。でも、ママに付き纏う男の人の目を避けるために、ボクとパパは、ママからの電話をマンションで待ってた。

「今ねぇ、お墓参り終わって、お父さんの家にいるの。留守番させちゃって、ゴメンね、ダーリン♪」

 にこにこと笑うママの後ろは、見慣れない部屋だった。パパが「古きよき日本家屋だね」って言うのを、ボクはドキドキしながら聞いていた。
 だって、お姉ちゃんだよ?
 ママと同じように、ボクをちゃんと見てくれるか分からない。ママは「いい子」って言うけど、同じ「いい子」って言われるボクは、本当はいい子じゃないもん。
 だから、すごく胸がドキドキしてた。
 お姉ちゃんが、他の女の人みたいに、ボクの外見しか見ない人ならどうしよう。
 ボクがママを取っちゃったから、ボクのこと嫌いになってるかもしれない。だって、ボクがパパとママと3人で笑ってるとき、このお姉ちゃんは一人ぼっちだったかもしれないんだから。

「初めまして、ジェフリー・ドゥームです」
『あ、こちらこそ初めましてっっ。須屋ミオです』

 少し慌てた様子のお姉ちゃんの声に、ボクの体が震えちゃった。恥ずかしい。パパが珍しく「敬語」っていうのを使っててびっくりしたのもあるけど。

「お母さんを独り占めしちゃって、ごめんね。でもようやく会えた」
『いえいえ、こんな母でよかったら、熨斗つけて進呈しますので』

 のし?
 割り箸についてる袋のことだったっけ? セロハンテープとかでつけるのかな。でも、どうしてママにあんなゴミをつけるの? お姉ちゃんはママがいらないのかな?

『ちょ、ちょっとミオちゃん?』

 ほら、ママの声が慌ててる。ママもゴミをつけられたくないよね?

「ふふふ、聞いていた通りの子だね。―――レイ」

 パパに背中を支えられて、ボクはテーブルに立てかけたスマホの前に寄った。画面に映ってたのは、ママによく似た、優しそうなお姉ちゃんだった。

「ミオ、おねえちゃん?」
『そうですよー』

 あ、にっこり笑って手を振ってくれた。ナーサリースクールでお世話になった先生と同じことするんだ。この国では、子どもを相手にする時は、手を振るのが普通なのかな。
 ボクはそんなことを思いながら、事前にパパと話し合っていた「お誘い」を口にする。

「あのね、今度、遊びに来てくれる?」
『あー、えーと……』

 困った様子で目をあちこちに向けたお姉ちゃんは、隣に座っているママを見た。
 やっぱり、ママを取っちゃったパパやボクが嫌いなのかな。会いたくないのかな。なんだか不安になる。

「ダメ?」

 優しいお姉ちゃんかな、って思ったけど、やっぱり無理なのかな。そんなことを思いながら、もう一度尋ねてみると、どうしてかお姉ちゃんは真っ赤になって口元を押さえた。

『だ、大丈夫! 何とか都合つけて遊びにいきます! 絶対に行きますから……っ!』
「ホント? やったぁ!」

 隣のパパを見ると、「よくできました」と頭を撫でてくれた。
 ミオお姉ちゃんは、とっても優しそうな人で、やっぱりママによく似てた。
 ママはパパのものだけど、ミオお姉ちゃんは、ボクだけのものになってくれるかな。
 夏休みが終わった頃に、会いに来てくれることになったのが、ボクはとても楽しみだった。

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