TOPページへ    小説トップへ    それは、通り魔的善行から始まったのです。

 89.【番外】それは、裏取引だったのです。


「なるほどな。国立大の薬学部志望か。須屋の成績なら、K薬科大の指定校推薦枠も狙えるんだが、考えてみないか?」

 はい、お察しの通り、ただいま年末の進路相談中なミオさんです。

「K薬科、って私立ですよね? 授業料ってどのぐらいの差があるものなのでしょうか?」
「……それは普通、親御さんから聞かれるような質問なんだが」

 あ、瀬田先生がボリボリと頭を掻いて呆れてます。いやいや、1学期の終わり頃にも、こうしたお金の話をしたことありましたよね?

「お前、本当に義理の父親と仲良くできてるんだよな? 大丈夫なんだよな? なんか先生、すごく心配になってきたんだが」
「えぇと、お金については心配いらない、らしいですよ? ただ、お母さんのためにも、地方はだめだと言われました」

 正しく言葉を補えば、久々の子育てにてんやわんやしそうなお母さんを手助けするために、なのですけど。もちろん、お母さんを手伝うことに異論はありませんし、元々そのつもりだったのですが、改めて言われると、何だかイラッとくるのは不思議なのです。あと、受験生の間は、ちょっと勉強の息抜きに手伝いに行くぐらいにさせて欲しいのです。あちこち動き回るようになったら、もちろんちゃんと面倒を見に行きますとも。

「地方に行かないなら、まぁ、この3校ぐらいだな。全部受けるぐらいの気持ちでいるんだぞ」
「……受験費用もバカにならないのです」
「後は、私大の方が先に結果が出るから、国立を第一志望にするなら、私大の方に入学金を納める必要があるから、そこにも気をつけるんだぞ。須屋は妙にケチるところがあるからな」
「……」

 別にケチっているわけではないのです。国立に受かれば納める必要のないお金なのに、入金しないといけない理由が、ですね、ちょっと分からないというか。

「浪人するともっとかかるぞ」
「んぐ」
「いっそのこと私大を第一希望にすれば、そんな葛藤もなくなるだろうな」
「いやいやいや、授業料の差を考えるとですね」
「お前が払うんじゃないだろ? 義理のお父さんはいいって言ってるんだろ?」
「ぐぐぐ」

 そうなのです。むしろ、勧められてる私大の方が、設備も整っているからと、猛プッシュなのです。

「でも、どこに行っても学部が同じならそこまで違いはありませんよね?」
「どうだろうな。大学によるところはあると思うぞ? 例えば、テレビに出るような教授がいたり、実験重視だったり、卒業生に有名人がいたり」
「直接関係あるのって、2つめだけですよね、瀬田先生」
「まぁな」

 あぁ、瀬田先生もちゃんと分かってましたね。それでも言いたかったんですか。

「ちなみに、私がその私大を選ぶことのメリットは?」
「……まぁ、そこは、ほら、ちょっとグレーな話だから、な?」
「今更グレーと言われても、既にグレーだらけじゃないですか!」

 主にトキくんの扱いについてとか!

「あー……、須屋はもう佐多の話も知ってるだろうから言うんだが、大人の世界ってこんなもんだぞ?」
「ディベートとか」
「待て、待て待て。さすがに金は発生しない。ただ指定校の枠を貰ってる以上、こっちとしても真面目で将来性のある生徒を送りこまないと、枠が消えるんだ。後輩のためと思って、な?」
「別に私じゃなくても、他にも行きたいと思う人はきっといると思うのです」
「……いるから、ちょっと困ってるんだ」

 あー、それは、素行とかちょっとアレな人が指定校推薦枠を狙っているとかですか? いいじゃないですか、行きたいって言ってるなら、それで。

「そんな目で見るな。正直、このままだと推薦を取らせるために内申をちょっと底上げしないといけない生徒なんだ。あいつを行かせるぐらいなら、須屋が危なげなく行ってくれた方が―――」
「やっぱり国立大を目指すので、後ろ向きに検討します」

 あ、先生ががっくりと項垂れました。

「お前も佐多ぐらいに分かりやすければ良かったんだけどな。あぁ、ある意味分かりやすいか」
「ト……佐多くんが、ですか?」

 もしかして、トキくんも何か瀬田先生に持ちかけられたのでしょうか。まぁ、出席日数をごまかしている以上、そんなに強くは出られないですよね。

「須屋にも関係あることだから、一応、話しておくか。―――須屋、お前、来年も佐多と同じクラスだからな」
「……はい?」

 うぇいと。うぇいともーめんと、ぷりーづ。

「先生、確認させてもらえますか?」
「なんだ?」
「3年のクラスは、理系コース、国立文系コース、私立文系コースの3つに分かれるのですよね?」
「そうだな。それぞれ、2、3、2の7クラスに分かれる予定だ」
「最終的にコースの決定をするのは、年明け1月のアンケートが終わってからなのですよね?」
「おぉ、ちゃんとホームルームの説明聞いてたんだな。偉いぞ」
「いやいやいや、どうしてもう同じクラスって決まってるんですか! そりゃ、数学ⅢCや物理を受けないから理系コースではなくて国立文系コースに行くというのは決めてますけど、直前で別の進路に変わる可能性だってゼロではないのですよ?」

 瀬田先生は「まぁ、落ち着け」と手をひらひらと振っています。そして、声のトーンを一段落とすと、とんでもない発言を投げてきたのです。

「佐多からな、来年も須屋と同じクラスにして欲しいという要望っつーか要求?があってな、受ける大学を増やすことで手を打った」
「……はい?」

 えぇと、「先生」という役職は「聖職」なのだと聞いたことがありますが、あれって、真っ赤な嘘ですよね? 人の知らない間になんて取引をしているのですか!

「まぁ、学校としても、須屋とセットで居てもらった方が、扱いやすいんじゃないかって話もあってな?」
「あってな?って、私は事後承諾なのですか?」
「事後承諾も何も、こうして話さなければ、来年同じクラスになっても、偶然って思っただろ?」
「……それなら、どうして話したのですか」

 そうです。事情をこうして説明されなければ、3年のクラス分けの表を見て「あれ、今年もなのですね」って思うだけだったと自分でも思います。
 それなのに、どうしてわざわざ私に事情をバラすなんてことをするのでしょう。

「いや、事前に言っておいた方が、須屋も心構えができるだろ? 2学期は、ちょっと色々あっただろうし」
「色々って」
「恩田と諏訪からな、ちょっと相談受けたんだ」

 ……それは、アレですか。
 私と仲良く話すことで、トキくんに睨まれるということについて、担任に相談したということなのですか?

「赤信号、みんなで渡れば怖くないだろ?って言ったら、納得してくれたぞ? だから佐多の欠席している日に、須屋と一緒に昼メシ食ってるんだ。あれ、先生の入れ知恵だからな?」
「それは、確かに、嬉しかったのですけど、そもそも『赤信号~』の話は、単なるコントのネタではなかったでしょうか? 別に格言とかではないのですよ?」
「まぁ、あいつらがそれで納得したからいいんじゃないか?」
「……それは、まぁ、そうかもしれないのですけど」

 恩田くんと諏訪くんが、お昼を一緒に食べるようになったのは嬉しいのですが、その裏事情を知ってしまうと、なんだか釈然としないものを感じるのです。

「って、そこではないのです! トキくんが受ける大学を増やすっていうのは」
「あ、センター受験だけな。あれなら出願だけで済むし、時間のない佐多でも大丈夫だ」
「そういうことではなくて、どうしてそんなことを」
「ほら、うちも進学校だから、合格実績って重要なわけだ。だから、たとえセンター受験だろうが、たとえ1人で十校も受けていようが、数字としては増えるって寸法」
「……」

 学校だってボランティアではないことぐらい分かっています。でも、ちょっと汚い手段ではないのですか?
 そんな思いを込めて睨めば、瀬田先生は「まぁまぁ」と私に資料を押し付けてきたのです。

「もともと、佐多はそういう目的でうちの学校に来てもらってるんだし、ちょっと取引事項が増えただけだって。それに、あくまで佐多の話なんだから、須屋にはそれほど関係ないだろ?」
「それは、そうなのですけど」
「じゃ、この資料持って、はい、回れ右。次の瀬尾を呼んできてくれ」
「うー……、はい、失礼します」

 長々と話してクラスメイトに迷惑をかけるわけにはいきません。私はモヤモヤしたものを抱えながら、資料を手に教室を出ていきました。


「トキくん、今日、瀬田先生から聞いたのです」
「何をだ?」
「来年の、クラス分けの、話なのです!」

 思わず、がん、と音を立ててお皿を置いてしまいました。
 今日のメインはチャーハンです。徳益さんからカツオをドドンと頂いてしまったので、醤油に漬けておいたものを卵と葱と炒めて、塩コショウで味を調えています。勿体無いと思うかもしれませんが、実は私、刺身があまり得意ではないのですよ。どうしても生臭さが気になってしまうというか……。

「美味そうだな」
「味見はしているので大丈夫なのです。……ってそうではありません!」

 パリッと焼いた厚揚げに大根おろしを添えたお皿を出しながら、つい声を荒げてしまいました。

「私だって、トキくんと同じクラスになるのがイヤなわけではありませんが、無理やりそうさせるのは、何か違うと思うのですよ!」

 蕪の味噌汁を添えて、白菜とグレープフルーツのサラダにドレッシングをかけます。

「あー、それか」
「それか、ではないのです」
「イヤじゃねぇんだろ?」
「イヤではないのですけど、クラス分けって、何かこう、あるではないですか!」

 お箸をお互いの前に置いて「いただきます」と手を合わせると、トキくんはぱくぱくと料理を口に運んでいきます。いつ見ても気持ちのよい食べっぷりなのです。

「ただ単に、アンタと同じクラスの方がいいと思ったから、交渉しただけなんだが」
「交渉……」

 おかしいのです。クラス分けというのは、ワクワクしながら待つものであって、『交渉』という言葉とミスマッチなはずなのです。

「向こうがオレに出せる条件があって、オレも向こうに有利な条件が出せる。だから交渉が成立した。それだけだろ?」

 どうしてなのでしょう。
 自信満々に言い切られてしまうと、なんだか私の方が間違っているような気がしてならないのです。

「放っておくと、アンタの周りに野郎どもが集まりそうだしな」
「ふぁっ? 何を言っているのですか? ずっと恋愛事と無縁だった私に対する挑戦なのですね?」
「それはアンタの自覚が足りねぇからだろ」

 揚げ出し豆腐を口の中に放り込んだトキくんは、手にした箸をぴたり、と私に向けました。

「がらい」

 ……ガライ? 吟遊詩人でしたっけ? 確か有名なゲームに出てくると聞いたことがあるような、ないような。

「分かってねぇな。いや、もう忘れてんのか」
「えぇと、すみません。トキくん、もうちょっとヒントをください。私、ゲームにはちょっと疎くて」
「……ここまで眼中にないと、いっそ哀れだな」
「へぁ?」

 ちょ、どうしてトキくんがそんなに呆れたような顔して溜め息なんてついているのですか!

「コクられたんだろ? 修学旅行で」
「……」

 ちょっと待って欲しいのです。
 味噌汁の具にした蕪を、ちゃんと噛んでから飲み込んで、それからさらに記憶を辿ります。

「……」

 1日目は移動と、あと全体行動で首里城に行ってという感じだったので、そんなことはなくて、あぁ、朝地さんがホテルで告白されてましたっけ。やっぱりさっぱりして付き合いやすい性格もあって、男女問わずに好かれるのですよね。

「……」

 2日目は水族館に行って、あぁ、水族館のお土産はレイくんにとても喜ばれたのですよね。やっぱり男の子はああいったかっこいい動物が大好きなのだと再確認したのです。その後は、国際通りで沖縄ガラスのストラップを作って……

「トキくん。告白されたのは、一緒に行動していた朝地さんであって、私ではないのですよ?」
「……マジか」

 あれ、トキくんが何だかショックを受けているのです。あぁ、アレですね。自分が参加していない修学旅行での出来事をどうやってかリサーチしたのに、その情報が間違っていることに衝撃を受けているのですね。

「とにかく、私なんかがモテるわけがないのですから、そんな心配は無用なのですよ!」
「オレは別の意味で心配になってきた」

 あれ、どうしてそんなに暗いのですか?
 どうして「興味ないにも程がある」なんて呟いているのですか?
 トキくーん?



ミオが修学旅行でコクられたかどうかは、「63.それは、魔法だったのです」をご確認ください。
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