TOPページへ    小説トップへ    重たい執着男から逃げる方法

 18.とんだ受難(※カルル視点)


 オレの名前はカルル・バルトーヴ。
 友人の恋路の行く末に悩む新米騎士だ。
 無表情・無感動・無愛想・無口の四無しながら、その美貌と有能さと伯爵の三男という血筋で令嬢の熱い視線を集めているのが友人、クレスト・アルージェである。
 平民出のマリーツィアという黒髪の少女に対し、どう考えても執心しているクレストだが、その行動ははっきり言って重いものだった。
 十二歳の少女を金で買って、邸に住まわせて、行動を制限して、どう考えても好意的には取られないだろう。
 それでも、オレは何とか友人の恋を応援したかった。
 でなければそいつの作り出す雰囲気に、オレの胃がやられかねないからだ。美形が怒るとホントに迫力が半端なくて怖い。
 そんなわけで、カップル達のイベントである雷王祭に二人で行くように仕向けたのは、もう一年近く前のことになる。
 雷王祭では、見事に二人は目立っていた。
 ご令嬢たちの嫉妬の的になってしまって、大丈夫かな、と思うけど、まぁ、クレストのことだから、ヘマはしないだろう。
 きっと上手にマリーを守るはずだ。
 そしてご令嬢たちは、きっとクレストが難攻不落過ぎる砦だと悟るだろう。そこをオレが慰めるのも悪くない。
 そんな風に考えていたが、まさかクレストが壊れてしまうとは思わなかった。
 勤務中に微動だにしないことが増えた。寝ているのかとも思ったが、違うようだ。もちろん、オレ以外は気付いてないだろうけど、注意力も散漫になっている。
 そして、仕事中はあれほどブリザード吹き荒れる雰囲気を醸し出していたのが、何故か春の大風ぐらいには威力が落ちた。
「こんなことなら、リボンを買っておけばよかったか」
 ぼそり、と訓練中に呟かれたのには本当にビビった。
 一瞬、何を言っているのかさっぱりだったが、よくよく考えてみれば、クレストが独り言を口にするなんてマリー絡みのことしかない。
「雷王祭のことかい?」
「あぁ、マリーの方から買ってもらえばよかったと言われた。思い出の品が欲しかったらしい」
 これには首を傾げた。
 オレの知る限り、マリーはクレストに対してこれっぽっちも恋情を抱いていない。それがいつの間に両思いに? クレスト、君いったい祭で何をしたんだい?
 雷王祭でのリボンのことも、クレストが話したんだろうか。いや、それなら祭でリボンを買う流れになってもおかしくないんじゃないか?
 オレは模擬刀を振り下ろしながら、思考を巡らせた。
 クレストはゆっくり歩み寄って行こうと考えていたはずだ。でなければ強制的にリボンを押し付けているだろう。
 あれ? もしかしてマリーがリボンのことを知らないとか?
 何か別口でリボンが欲しくなって、それで祭で売ってたな、とか思い出したとか。
 まさかとは思いたいけど、あの女神様はこういう話は鈍そうだったしな。
 次に会うことがあれば、マリーに確認しておかないと。その上で、クレストに指南しなければ。
 下手な思い込みで逆にマリーに嫌われるようなことになったら、オレの胃に穴とか空きそうだし。
 そんなオレの画策も虚しく、雷王祭を過ぎて一ヶ月も経ったある日、またクレストは不機嫌オーラを放つようになってしまったのだった。
 女神様の姿が消えてしまったと、聞き出すまでもなく悟ってしまった。
 オレでさえこうなのだから、彼の邸の使用人はさぞ大変なストレスを日々積み重ねていることだろう。


 ふっと、オレは我に返った。
 愛馬に跨ったまま、つい、あの女神様のことを考えてたみたいだ。
(今頃、どこでどうしてるのやら)
 今度は置き手紙もなく消えてしまったマリーだが、オレは自らの足で出て行ったと確信している。
 口の軽そうな若いメイドに、ちょっと聞いてみたところ、事前に高価なアクセサリーを手元に置いたり、刺繍の見本にするからと硬貨をねだっていたようだ。
 どう贔屓目に見たって、周到に準備した結果だ。
 まぁ、クレストがどう考えているのかは、残念ながら分からないけどさ。あいつは多くを語らない。というか何も声に出さない。
「ま、知ぃらね、っと」
 馬の背に揺られながら、オレはようやく見えて来た町の門にホッと息をついた。
 貴重な休日だというのに、オレが王都から離れたこんな町まで来たのには理由がある。
 姉の命令だ。
 商人気質の血を濃く受け継いだのか、姉はやたらと流行に敏感だ。貴族の間で流行りそうなものをいち早くキャッチすることに血道を上げている。
 今回のそれは『皿』だった。
 この町で売られている皿で、とても鮮やかなブルーのものがあるんだという。出回っている数も非常に少なく、それでも陶器好きの貴族の間でひっそりと流行になっているんだとか。
 正直、ひっそりとした流行と言われても、それ流行じゃないよな。大々的に広がってこそ流行だろ。
 そんな正直なオレの感想に、姉は手にした扇で返して来た。オレは、ちゃんと騎士として訓練積んでるはずなのに、何故か避けられない。
 そんな憂鬱な道行きで、オレが女神様のことを思い出したのは、ちゃんと理由がある。
 かつて女神様が名前を偽って働いていたウォルドストウと山一つ隔てたのが、ここデヴェンティオだ。
 ま、残念ながらウォルドストウと同じく、何の名産もないような場所だけどね。
 とにかく、話に聞く行商の皿売りを探そうと町の大通りを馬から下りて歩き出したところ、何だか不穏な気配に気が付いた。
 裏通りから出て来たご婦人二人組が、ひそひそと何かを恐れるように話している。
「ねぇ、ゲインさんか誰か呼んだ方がいいんじゃないの?」
「でも、王都の人たちに、どうしたら……」
 何か厄介事が裏通りで起きたみたいだ。
 ま、オレには関係ないけどね。先に姉上様のご用事を終えないことには、せっかくの休日がお遣いだけで潰れちゃうし。
「ここまで足を運んだというのに、ふざけるな!」
「……」
 あーあ、なんだかヒートアップしてんなぁ。残念ながら、相手方の声までは聞き取れないけれど、いや、通りを一本挟んだ向こうの声が聞こえるって、それ、どれだけ大声なのさ。
「我々の足元を見るつもりか! 幻の藍に高値がつくと知って!」
 オレは小さく肩を落とした。
 残念ながら、この渦中に飛び込む用事が出来てしまったようだ。
 『幻の藍』というのは、十中八九、姉上様のご要望のものに違いない。一足先に来た商人が揉めているといったところだろう。
(めんどくせー)
 人垣というほどではないが、何人かが少し遠巻きに足を止めてその遣り取りを眺めていた。
「だから偶然に出来たものだと言っただろう。製法など元々ないんだ」
 ボサボサの髪をした男が、先ほどからギャンギャン喚いている恰幅の良いおっさん二人を相手に説明をしている。
 おっさんらが、妙に上質な服を着ているのに対し、ボサボサ髪の方は、マントだかローブだか、やたらとズルズルした服を着ているのが微妙に際立って目立っていた。
「えぇい、ここで話しても埒が明かん! 店内で話をさせてもらおうか」
「そうだ。腰を据えて話そうじゃないか」
 あぁ、さすがにギャラリーには気付いてるのか。おっさんたち。
 でもな、君らの大声が一番の客寄せになってるからな。行商のためによく通る声は必須だろうけど、使いどころはちゃんと考えて欲しいもんだ。
「客でもない貴方と話すことはない。お引き取りを」
 店?
 オレは初めて、それがこぢんまりとした店先であることに気が付いた。こんな裏通りで、何の店をやっているのだろう。
「兄さん?」
 ひょこり、と心配そうに店先からカワイイ女の子が顔を出した。深く帽子を被っているが、綺麗な白い肌をしているのが見えた。
「マリー。店の中にいろ」
「でも……」
 あぁ、兄妹で何か商売をしてるのか。
 いいなぁ、かわいい妹で。オレもあんな怖い姉でなく、こんな可憐な妹ちゃんが欲しかった。
 お兄ちゃん、と呼ばれる妄想に浸ってしまったからか、オレの行動が遅れた。
「きゃっ!」
 おっさんの連れていた護衛が、戸口にいた妹ちゃんを力ずくで引きずり出したのだ。
「マリー!」
「製法がない? 使いきった? ならばもう一度作れ!」
 おっさんの言葉に、オレはさすがにイラッと来た。
 地方だからって好き勝手してくれて、どこの商家の者だ。商いをするなら、まず信頼が大事だってのに。
 非番のオレはもちろん帯剣していないが、護衛一人を相手に立ち回れないとは思わない。
 ただ、ここで荒事に走るより、このおっさん二人の身元を洗ってキツいお灸を据えた方が後々を考えてもいいだろう。
 そう考えてオレはこの場を適当に納めようと―――
「げっ」
―――したところでぎょっとした。
 妹を人質に取られた形のお兄ちゃんが、めちゃくちゃ怒ってないか? 下手な宥め方だと、オレも敵の一味に数えられかねない。
 さて、どう割り込むべきか。
「―――妹を放せ」
「製法が先だ。全く、金で応じていればこのような真似はせずとも済んだものを」
「妹を、放せと言っているんだ」
「は、ひょろっとした薬師風情が、睨んだところで―――」
 次の瞬間、目の前で起きたことに、オレは自分の目を疑ったね。
 たった一歩で、妹ちゃんを捕まえている護衛の目の前に行ったと思ったら、掌底でアゴをぶち上げたんだ。
 あれ、三、四歩はある間合いだったような気がするんだけどな。おかしいな。どれだけ素早い動きなんだろう。
 でも、護衛もさすがだ。
 意識を手放してもおかしくない衝撃の中、伸ばした手は妹ちゃんの髪を掴んでいた。
 巻き込まれた妹ちゃんが痛がる悲鳴が響くかと思い、オレは身構えた。
「っ!」
 たぶん、驚いたのはオレだけじゃなかったはずだ。
 護衛が掴んだ髪は、引っ張られるがままに、ずるりとずれて、帽子と一緒に妹ちゃんの頭から落ちた。
「マリー!」
 お兄ちゃんが、妹ちゃんを抱き寄せて、自分の上衣の中に彼女の頭を突っ込んだ。
「これをかぶって、家の中に」
 ズルズルのローブで妹ちゃんを隠すと、店の中に押しやる。露わになったお兄ちゃんの身体は、お世辞にも良い体格とは言えなかった。
「くそっ!」
 逆上したおっさん二人が、お兄ちゃんに襲い掛かる。
 幸いなことに、護衛は軽い脳震盪を起こしているのか、腰を落として地面にへたりこんでいた。
 やべ、さすがに対格差のあるおっさん二人相手じゃ、このひょろりとしたお兄ちゃんには荷が重い。
 そう考えたオレだったが、予想はあっさり裏切られた。
「んぐぁぁぁっ」
「目、目がっ!」
 おっさん二人は、顔を押さえて地面に転がり、悶絶した。
「お騒がせして申し訳ありませんでした」
 お兄ちゃんは、集まっていた野次馬にぺこり、と頭を下げる。
「に、ニコルさん、その二人は……」
 やたらと肉感的な少女が、恐る恐る呻いて転がる二人を指差した。
「トロンタンさんから教わった除虫剤を顔にかけただけです」
 その言葉に、何故か周囲から「あぁ、そりゃ痛ぇわ」「唐辛子たっぷりだもんな」などと声が上がる。
「あ、あの、マリーは」
 少女は護衛の落とした髪の毛と帽子を拾い、お兄ちゃんに渡した。
「ありがとう。おそらくマリーは、……今日は寝込むだろう。」
「そう、ですか」
「明日には体調も戻ると思うから、そんなに心配しないでくれ」
 お兄ちゃんは少女に小さく頭を下げると、店の中に入って行った。
 え、まさか、おっさん二人と護衛はこのまま放置?
 それがオレを含むギャラリーの共通した意見だったろう。
 だが、それはあっさりと裏切られた。
 店の中から再び顔を出したお兄ちゃんは、白い麻の布を持っていたのだ。
 野次馬の見守る中、黙々と布で三人を縛り上げたお兄ちゃんは、こともなく男達を持ち上げると、ひょいひょいっと店の中に放り入れた。見かけによらず、力持ちである。
 そのまま店の扉にかかっていた札をくるりとひっくり返し「閉店」を表にすると、そのままバタリ、と扉を閉めた。
 野次馬たちは誰ともなく顔を見合わせて、やがて一人、また一人とその場を離れて行った。
 正直に言えば、オレも何も見なかったフリを決めたかった。
 それでも留まったのは、このまま手ぶらで帰ると姉が怖いのと、おっさんたちの素性が気になっていたからだ。
 まぁ、おっさんたちの末路も気になっているけれど。
(えぇい、男は度胸! って言うとステキって、この間のレディが話してたし)
 オレは覚悟を決めて、たった今閉じたばかりの店の扉を叩いた。
「申し訳ないが、今日はもう」
 顔を覗かせたお兄ちゃんが、何故か硬直した。
「……カルル様?」
 ごめん、オレ、こんな怖い男の知り合いはいないはずだ。
 って、アレ?
 なんだか声、違くない?

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