TOPページへ    小説トップへ    重たい執着男から逃げる方法

 27.三度目のお邸生活


 そうして王都に戻って来た私は、三度目のお邸生活を始めることとなった。
 王都に戻る途中、一泊した宿屋であの人が私と同室にしようとしたり、何とか拒否すれば夜中に忍び込んで来たのをあの手この手で説得して帰したりしたのは苦い思い出だ。
 それでも馬車の旅はそう悪いものではなかった。
 色々な意味で濃い時間を過ごしたおかげで、少しだけだが彼の行動パターンが分かってきたのだ。
 彼の仕掛けて来ること全てを拒否するような態度で接するのではなく、本当に止めて欲しいことと、許容できることをきちんと分類して対処すれば、何とか常識の範囲内で話ができる。
 これが分かっただけでも十分だ。
 まぁ、それでも私の腕の魔術封じは外してくれないけどね。
 またも私付きとなったアマリエさんと、家を取り仕切るハールさんと顔を合わせるのは少し気まずかったけれど、私を救世主のような目で見る二人と、「迷惑をかけてすみません」「いえこちらこそお世話をかけます」みたいな謎の謝り合いをしたら、何となくお互いにすっきりした。
「今日は早めに戻れる」
「かしこまりました」
 朝、仕事に出掛ける彼を、ハールさん、アマリエさんと共にお見送りすると、私の自由な時間が始まる。
 自由、と言っても、やはり制限はある。
 お邸の外に出ることは禁じられているし、宝石に血を垂らして魔力を貯めることもダメだ。
 それでも読書の自由は勝ち取ったし、魔術陣の研究だって許可をもらった。
 今、店の薬草庫にも使っていた覗き見防止の陣が、私の部屋とよく行く書斎の四隅で発動中だ。血液以外の手段で魔力を貯めた宝石を核にして常に術が効いている。もちろん、定期的な補充は必要だが、魔術師ギルドから狙われるならこれぐらいは、と押し切った。
 今は、研究よりも読書など学ぶことを優先とする日々を送っている。
 ギルドのことや貴族のこと、何も知らないことだらけだと気づいたし、敵と見なすなら知っておくべきだと思ったから。
「敵を知り、己を知れば百戦危うからず、って言うし」
 お師さまの蔵書で読んだ兵法の言葉だ。
 思えば、お師さまの所蔵していた本は、古い文献は多いものの王都のことなんかが書かれたものは異常に少なかった。
 まぁ、お師さま自身がギルドにも籍を置かないくせに伝手があるという変わった人だからかもしれない。ギルドのお偉いさんに知り合いでもいるんだろうか? 機会があれば尋ねてみよう。
 そうそう、「読書など」とぼやかしたのにも理由がある。
 きっかけは運動不足を嘆いて庭の散策をアマリエさんに持ちかけた時のことだ。
「このままでは運動不足で、いざという時に動けなくなってしまいます」
「いざというとき、など、マリーツィア様が動かれなくとも、クレスト様が動いて守っていただけますよ」
 さすが私との付き合いも長い(?)アマリエさん、一蹴してくれる。
「そ、それに、せっかく作っていただいた服が着られなくなってしまうかもしれません」
「その時は仕立て屋を呼んで新しくあつらえましょう」
 スッパリと切り落とされて、私は最後の言い訳を口にした。
「今は良くても、のちのち身体のラインが崩れたら、嫌われる原因になってしまうのではないでしょうか?」
「……」
 私はあえて「誰」に嫌われるとも言ってないし、アマリエさんもそれを承知の上だろう。それでも看過できない理由だったらしい。
「それでは」
 何故か、アマリエさんはにっこりと満面の笑みを浮かべた。
「室内でもできる運動をいたしましょう」
 畳み掛けて罠に嵌めたと思ったら、逆に嵌められていたと知るのはその数刻後だった。
 アマリエさんが持ちかけてきた運動は、ダンスレッスンだったのである。
 それでも思う存分身体を動かせる解放感に、それほどイヤな気持ちはしないのだけど、いつの間にか昼食時にマナーレッスンを始められたり、王都のことがよく分からなくてハールさんに質問しに行った際に、何故か社交界の話まで延々と聞かされる羽目になったりしてから、ようやく気づいた。
 あれ、外堀埋められてない?
 なんだか、このお邸の使用人の二大トップのハールさんとアマリエさんが結託して、私を「奥様」に仕立てあげようとしている気がするんだけど……。
 今日も今日とてダンスで身体を酷使した後に、逃げるように書斎へとやってきたわけだけど、どうにも頭に知識が入らない。
 これは由々しき事態だと考えこんでいると、邸内がさわさわと動く気配がした。窓の外に目を向ければ日も随分と傾いている。
 あぁ、帰って来ちゃったのか。
 私はよっこらせ、と腰を持ち上げ、玄関口に足を向ける。
 正直、面倒だという思いが拭いきれないけど、お見送りとお出迎えをすることで、彼の機嫌は随分と良くなる。
「お帰りなさい」
 良くなる、はず、なんだけどなぁ。
 何故か怒気を孕んだブリザードが吹き荒れていた。
 理由はおそらく、帰って来たお邸の主の斜め後ろにいる青年だろう。
「お願いですから、考え直してください!」
「くどい」
「どうしても小隊長のお力添えが必要なんです!」
「還れ」
 うわ、今、この人「帰れ」じゃなくて「(土に)還れ」ってニュアンスで言ったよね?
「そこを何とか! 小隊長にとっても悪い話ではないと思うんです!」
「知らん」
 全ての懇願をたった一言で切り捨てているにも関わらず、その青年は泣きつかんばかりに取りすがっていた。
 まさか、お邸に帰る途中、延々とこんな感じだったのか?
 そりゃ、機嫌が悪くもなるよ!
 私は改めてまじまじと青年を観察した。丁度私と同じくらいの背丈しかない上に、どこか幼い顔立ち。焦げ茶の髪と同色の瞳は、何故だか愛玩犬を連想させる。
 一方、刻々と冷気を鋭くさせるクレスト様は、少しだけ乱した金髪を軽く撫で付けながら、青年に氷点下の視線を送るのを止めることはない。普通、ここまで凍てついた表情を浮かべた彼に一瞥されるだけでも、震え上がると思うんだけど、この青年は鈍感なのかな?
 私も含め、主人を迎えた使用人達は困惑した表情を浮かべている。いや、ハールさんだけは無表情だ。さすが。
「小隊長だって、自分ぐらいの頃は年頃の娘さんにいい所を見せたくて頑張ったんですよね? だから今の自分の気持ちだって―――あれ?」
 ようやく現状に気が付いた青年は、きょときょとと居並ぶ使用人を見回した。
「す、すみません! いつの間にかお宅にお邪魔してしまって、……って、もしかして噂の女神様ですか?」
 ちょっと待って。どうして私を指差すのですか。
「小隊長の女神様を見ると、必ず不幸が訪れるとか、あわわ……し、失礼しました」
 私を隠すように立ち位置を変えたクレスト様を真正面から見てしまったのだろう、青年の声が明らかに震えだした。
「いい加減に、諦めて、帰れ」
 怖い。
 私には背中を向けているんだけど、それでも溢れんばかりの怒気が分かる。
「いえ! 帰りません! 同僚とのくじ引きに負けたからと言っても、説得役の任を請け負ったのは自分です! それに噂の女神様を見てしまった以上、もう怖いものはありませんから!」
 うん、噂の女神様について聞きたいな。私。どういう扱いになっているのかな。というか、私を女神様なんて呼ぶ人は一人しかいない以上、あの人が噂の発信源ということでいいのかな!
 とりあえず本題よりも別の所に興味を持った私は、話に口を挟むことに決めた。
「あの、クレスト様? 経緯は分からないのですが、頼まれているのはそんなに難しいことなんでしょうか?」
 私の言葉に「女神様!」と変な悲鳴を上げる愛玩犬。
「お前には関係のないことだ」
「えぇ、騎士団のお仕事のことは分かりませんが、こうしてお邸まで付いて来るほどの熱意の理由が気になりまして」
「引き受けるつもりもないことを、お前が気にする理由はない」
 背を向けられたまま、取り付く島もない。
「分かりました。クレスト様はどうぞお部屋にお戻りください。私は個人的にこの方の頼みごとに興味がありますので、ここでお話を伺いたいと」
 ようやくこちらを振り向いた彼の目は、予想通り苛立ちで埋められていた。
 正直怖い。
 怖いけど、「噂の女神様」発言の方が気になる。
 それに何度もこの怒りの眼差しを受けた経験があるし、そろそろ慣れて……、うん、怖い。
「マリーツィア」
 居並ぶ使用人たちがハラハラと見守る中、私は懐柔策を試みた。
 両手を胸の前に組み、少しだけ上目遣いでクレスト様に視線を合わせる。
「すみません、クレスト様。でも、私、クレスト様のお仕事の様子を知りませんし、こうしてクレスト様を頼っていらっしゃる方がいるなら、この機会に是非クレスト様のお話を伺いたいと思ったんです」
 ここでポイント。「お願い」の姿勢を取ること。日頃あまり口にしない彼の名前を連呼すること。
「だめ、でしょうか?」
 小さく首を傾げて見せてダメ押しをする。
 この小技を教えてくれたお隣のリリィさんは元気だろうか。
 現実逃避の果てにそんなことを考えた。だって目の前の人の目つきが怖いから。
「……御三方とも、続きはサロンでお話されてはいかがでしょうか」
 さすがに使用人の目とかを考えたのか、それともこれが家令として真っ当な行動なのか。とりあえずハールさんの言葉に従い、私たちはサロンへと移動することにした。まぁ、積極的に乗ったのが私で、私に引きずられるように頷いたのが青年、そして私の勢いに負けたのがクレスト様だった。


 青年はフィン・マクラウドと言い、騎士見習いをしていてクレスト様率いる小隊の更に下に属しているのだそうだ。騎士の世界は不勉強でよく分からないが、騎士見習いはいくつかの小隊に一人二人つけられ、雑用をこなしながら騎士の役目を学んでいくのだとか。
「今度、自分たち騎士見習いの闘技大会があるんです。その結果次第で配属先も変わると言っても過言ではありませんし、何より観客が来るんです」
「観客ですか?」
「観客から多少の寄付金を募り、それを騎士団運営の雑費に充てている。試合の運び如何では王宮警備の近衛から引き抜きもある」
 私の質問になぜかすぐに答えるクレスト様。いや、理由は想像つくよ? どうせ、私とフィンさんが言葉を交わす回数を少しでも減らそうという魂胆でしょう?
 というか、近くありませんか?
 片側のソファには私とクレスト様が並んで座っていて、クレスト様の丁度向かい側にフィンさんが座っている。
 何故かフィンさんが私を視界に入れないようにと、斜め四十五度ぐらいそっぽを向いている状態だ。
 一方、クレスト様はフィンさんの横目からも私をガードするように、ソファに浅く座って私とフィンさんの間に割り込んでいた。
 ……大人げないとツッコミを入れたいのは私だけではないようで、給仕という貧乏くじを買って出てくれたアマリアさんも、妙な顔をしていた。まぁ、さすがプロと言うべきか、すぐにいつもの顔を取り戻していたけれど。
「それだけじゃありません。自分たちにとっては、色々なご令嬢の目に留まるチャンスでもあるんです。小隊長みたいに飛び抜けて優秀でも美形でもない自分たちには、数少ない機会なんです!」
 そういえば、騎士団には家を継がない貴族の次男・三男が多いと聞いた。例外はカルルさんぐらい。あの人は元々生涯騎士を続ける気がないのだから良いのだろうけど。
「さきほど、クレスト様にも利益のあることと伺いましたけど―――」
「それはですねっ!」
 よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、こちらを真っ直ぐ向いたフィンさんだが、慌ててまたそっぽを向いてしまった。よほど私の隣の人がすごい形相で睨んだのに違いない。
「それはですね、自分たちが活躍すれば、所属する小隊の名誉にもなりますから! ひいては小隊長の有能さを示すことにも繋がります!」
 もはや、給仕で控えているアマリアさんに向けて説明しているのではないかというぐらいに、こっちを向かないフィンの言葉に、私はなるほど、と頷いた。
「そのためにも、ぜひとも自分たちに小隊長自ら稽古をつけていただきたいと思いましてっ!」
 と、この懇願に行き着くわけだ。
「付け焼刃の稽古など必要ない」
 で、こう切り捨てられる、と。
 目に見えてしょぼん、と落ち込んだフィンさんには悪いが、手助けするメリットはない。とりあえず、気になることだけ聞いたら帰ってもらうことにしよう。
「その、フィン様はさきほど同僚とのくじ引きとおっしゃいましたけれど、クレスト様の下に何人も見習いの方がいらっしゃるんですか?」
「い、いえ、小隊長の下には自分ともう一人だけです! ですが、カルル小隊長の下にいる同僚と合わせ、三人の稽古をお願いしたいと思っております」
 ……聞きたかった名前が出てきた。
 私は、確信を込めて尋ねる。
「先ほどから『女神様』という言葉が気になっていたのですけれど、いったいどなたが―――」
「はい! カルル小隊長がクレスト小隊長の機嫌の良し悪しを握るのは女神様だと! ついでに自分たちが女神様を目にしたら、不幸が訪れるとおっしゃっておいででした!」
 ふふふ、後で意趣返しをしよう。あの人はいい加減に私の扱いを考えてもいいんじゃなかろうか。ニコルとの交渉ではこちらが不利だったけれど、こう『女神様』という妙な呼称を広げられるのは、自分とは関係ない場所とはいえ不愉快だ。
「何度も言っているように付け焼刃の稽古など無用だ」
「ですが小隊長! 自分やアルジェントはどうしても勝ち残りたいんです!」
 再び二人の平行線の論争が始まる。
 私はと言えば、聞き出したいことも聞けたので適当なところで切り上げるべく考えを巡らせる。
「あの、……闘技大会の観戦は、私でもできるのでしょうか?」
「駄目だ」
 外出のきっかけにと思ったのだけど、あっさり拒絶されてしった。
 でもメゲない。こんなの日常茶飯事だもんね。
「そうなんですか。騎士のお仕事をされているクレスト様を見てみたいと思ったのですけれど……」
 まぁ、護衛道中を見たことはあるんだけどね。このフィンさんが言うには、気になる子にはカッコイイところを見せたいものみたいだし、クレスト様もその程度には私のことを思っていたりするんじゃないかな、という探りでもある。
 残念そうに顔を伏せた私に何を思ったのか、フィンさんがぐぐいっと身を乗り出すのが目の端に映った。
「それなら、開放日に見学にいらっしゃればいいんですよ!」
 開放日?
「小隊長が自分たちに稽古を付けて下さる日と開放日を合わせれば、女神様も小隊長のカッコイイ所を見られますし、闘技大会ほど人出も多くありませんから、周囲の目をそれほど気にする必要もありませんし!」
 勢い良くまくしたてるフィンさんの言葉の意味を飲み込んだ私は、ちらり、と顔を上げてクレスト様を見つめた。
「……」
「……だめ、でしょうか?」
 何を思っているのか分からない無表情のまま、クレスト様は私の顔を見つめる。
「そんなに見たいのか?」
「はい、(外に出て)みたいです」
 二対一の攻防の果てに、クレスト様はようやく承諾をしてくれた。

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