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 6.牽牛織女の恋物語


七夕小話です。
主人公カップルが無自覚にいちゃついているので「甘い空気だだ漏れにさせてんなよリア充め」という方はブラウザバック推奨です。


「―――そっか、こういう話だったんだ」

 書斎で本をめくっていた私は、ほぅ、とため息をついた。
 手にしていたのは、東方伝来の本。協会に属さないはぐれ魔術師は、辻占や占星術で稼ぐこともある、という話をしたら、「頑張って読んでみる?」と辞書とセットでカルルにいさまが貸してくれたものだ。
 もちろん、今更私が辻占をするわけではないけれど、折角だからと常に時間をもてあまし気味の私は借りることにした。
 東洋の卜占は、私の知る占星術と大きく違うし、知らない言語で書かれたものだから、なかなか読み進まない。けれど、星を詠むという点においては共通していて、興味深い。

 今日、頑張って訳していたのは、牽牛と織女と呼ばれる夫婦星についての逸話だった。夏に夜空に輝くこの星は、天の川を挟んで並んでいる。
 読み進めていくうちに、なんだか聞いたことがあると思ったんだ。修行中に、夜空を紗幕にお師さまと二人、寝転んだときに教えてもらったエピソードだと気付いたのは、全て読み終わった後だった。

「ふふ……っ」

 当時のことを思い出して、小さく笑いがこぼれた。パタンと本を閉じて顔を上げると―――こちらを見つめる緑の瞳があることに気付いた。

「―――楽しそうだな」
「クレスト様。もうお客様は帰ったんですか?」
「あぁ」

 今日は休日。
 いつもならべったりくっついて離れないクレスト様だけど、急な来客で席を外していたのだ。

「何の本だ?」
「にいさまからお借りした本です。東洋の占いの本なんですよ」

 もちろん、はぐれ魔術師が辻占を云々という話は割愛して説明する。だてにクレスト様と付き合いが長いわけじゃない。どんな時だって地雷は回避するに限る。

「そんなに面白いものか?」
「はい。今日、読み進めていた部分は、ある夫婦星のエピソードだったんです」

 私はかいつまんでクレスト様に説明する。

―――織女は天の神様の娘で、天の川の東岸に住み、父の言いつけで昼夜問わず雲錦と呼ばれる七色に輝く布を織っていました。雲錦を織るのは非常に手間のかかるもので、とても綺麗な布を織る織女は、髪を結い上げることもなく化粧も知らないままでした。
 そんな娘を不憫に思った神様は、川の西岸に住む牽牛という勤勉な牛飼いの青年と引き合わせます。二人は一目で惹かれあい、互いに愛を語らい、二人はいつしか自らの仕事を忘れて逢い引きを繰り返すようになりました。
 そんな二人に怒った神様は、娘を川の東岸へと連れ戻し、会うことを禁じてしまいます。悲しみの涙に暮れる二人は反省し、再び自らの仕事を全うするようになりました。そこでようやく二人を許した神様は、それでも羽目を外さぬようにと1年に1度だけ会うことを許しました。
 その日は神様の命を受けた鵲が羽根を広げ、天の川に掛かる橋となってくれます。しかし、やむをえない事情により、数年に一度はその逢瀬すらできません。そんなときは、天の川の両岸に互いを見とめて立ち尽くす二人の涙が雨となって地上に降り注ぐのです。

「……っていう話なんです」

 語り終えた私は、クレスト様の眉間に一筋だけ皺が寄っているのを見つける。

「あの、クレスト様? 退屈でした?」
「君の話す声を聞くのが退屈だなどと、あるわけがない。―――だが、随分と弱腰な男だな」

 なるほど、そういう感想を持つのか。
 前半をまるっと聞き流した私は、同じ話でも、感想は随分と異なるものになるもんだと得心する。

「俺なら、相手が神であろうが奪い返すがな」

 さらに続いた重い言葉に、口元がひくりと引き攣った。この人は本当にやりそうだから怖いんだ。

「でも、お仕事をさぼるのはいけないと思いますよ?」

 お師さまは言っていた。

『色恋に溺れるな、とは言わないけど、職務さえ放棄するのもどうかと思うよね』

 クレスト様は神様に逆らわない男に着目し、お師さまは生活を支える仕事を重視した。
 同じ『男性』の括りに入るのに、こうも感想が違うなんて面白い。

「マリー? 何を考えている?」

 私の思考が自分ではないところに逸れたのを察知したのか、その目が真っ直ぐに私を射貫く。どうしてこういうところは鋭いんだろう、といつもながら不思議に思う。

「今夜は晴れそうですし、二人はちゃんと会えるかなぁ、って」

 あ、クレスト様の顔が「どうでもいい」って顔になってる。
 まぁ、ヨソのカップルがどうなろうと気にしない人だから、当然か。

「クレスト様、今夜、晴れそうですし、一緒に星を見ませんか?」

 何となく、久々に星詠みをしたい気分だった。


 うん、どうしてこうなった。
 違うか。どうしてこうなることを予測できなかった、が正しい。
 ちょっと考えれば分かることじゃないか!

「マリー? どうかしたか?」

 どうもこうもない。
 どうして、私はクレスト様の膝の間に座って、頭をクレスト様の胸に預けて夜空を見上げているのか。しかも、肌寒いだろうから、とクレスト様のマントに一緒にくるまった状態で!

「その、ちょっと、東側の空を見たいかなーって」
「あぁ、そういうことか」

 解放してくれるかと思いきや、クレスト様は私を抱きこんだまま身体の向きを変えた。
 ……もう諦めろってことなのかな。これ。

「昼に話していた星は?」
「あ、はい」

 私は東から北にかけて流れる天の川を指差した。

「あのあたり、星が集まって白っぽく見えるのが、天の川です」

 私は、目を凝らして、まずは天の川の中にある十字の星を探す。そこから牽牛・織女の星を探した方がいいとお師さまにも教わっているからだ。

「クレスト様、天の川に十字の形みたいな星があるの分かりますか?」
「十字? あれか?」
「一番輝いている星が下になっている十字です」

 クレスト様が見つけた星を指差す。方向は合っているから大丈夫そうだ。

「その星から上に行くと、いくつか星が集まっていますよね。その中で一番輝いているのが織女の星です」
「……あぁ、あれか。それで、もう一つは?」
「そこからもう少し東の方にいって、天の川を渡りきるかどうか、というところに縦に3つほど星が並んでいるの、分かりますか?」
「んん? どれだ?」

 牽牛を見つけられずに、クレスト様の指が彷徨う。うぅ、星の位置を教えるのは、同じ場所を見ているかどうか分からないからもどかしい。

「えっと、……んー、ちょっと失礼します」

 私はよじよじと体勢を変えて、クレスト様の胸にもたれていた頭を、ぐぐっと持ち上げて身体ごと上にいく。クレスト様に体重がかかってしまって申し訳ないが、他によい方法が思いつかなかった。

「マリー……?」

 困惑したようなクレスト様の頬に自分の頬を寄せて、彼の腕に手を添えた。

「最初に話した十字の星があそこ、ですよね」
「あ、あぁ……」
「そこから、こっちに……っと、この方向です」

 視点を合わせれば、誘導もしやすい。お師さまは、私を抱き上げて目線を合わせてくれたけど、とてもクレスト様にそんな真似はできない。……『身体強化』の陣を使えば物理的に可能だけれども、精神的にはどう考えても無理だ。

「見えました?」
「あ、あぁ、縦に並ぶ星は分かった」
「その中の一番明るい星が、牽牛です」

 よし、無事に星の位置を教えることには成功した。あとは久々の星詠みに戻るべく、視線を天狼星に戻し―――

「く、クレスト、様……っ!?」

 頬に口付けられた私の顔は、ポンと音を立てるほどに真っ赤に染まった。

「マリーツィア。君がそんなに愛らしいのがいけない」

 なぜか、腰に手を回され、頬を摺り寄せられた……って先に頬を合わせたのは私の方か!
 いや、あれは星の位置を手っ取り早く教えようと思って―――って心の中で弁解している隙に、クレスト様の唇が私の口を塞ぐ。

「ん、んんっ?」

 触れ合うだけのキスならともかく、ぺろり、と舐められて思わずクレスト様の腕を跳ね除けようと力を込めたはずなのに、気付けば彼の胸に顔を押し当てるような形でぎゅうぎゅう抱きしめられていた。
 いや、顔から遠ざかっただけでも良しとしなければ。

「マリーツィア。君は俺を試しているのか?」
「試す、ですか?」

 質問の意図が掴めず聞き返すと、何故か大きなため息が落とされた。吐息が耳をかすめてこそばゆい。

「君が先を望まないなら、まぁ耐えてもいい。だが、俺もそこまで忍耐力があるわけではない」
「クレスト様が忍耐力を持ってないなんて、嘘ですよ。そうでなければ、中隊長なんて責任ある立場とか、騎士団で十指に入る剣捌きとか持ち得るわけがありません」
「……分かって言ってるのか?」

 おかしいな。ちゃんと誉め言葉を選んだはずなのに、どことなくクレスト様の声が冷たい。

「まぁ、いい。正式に婚儀を結ぶまでは我慢してやる」
「我慢、ですか?」

 後頭部に添えられた手を逃れ、そっと見上げると、稀有なことに「僅かに」ではなくちゃんと笑みを浮かべたクレスト様と目が合った。
 滅多にない明確な表情に、落ち着いたはずの頬がまた火照る。

「マリー。その日までに覚悟を決めておけ」
「? はい」

 分からないままに承諾して、それが何を示すものだったのかをちゃんと思い知るのは、婚儀を結んだ夜のことだとは、この時の私は知るべくもなかった。

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